今度の親父も本気である。 - 2005年09月28日(水) 親父がまた走り始めた。 「リーンの翼」 http://www.rean-wings.net/ http://www.mainichi-msn.co.jp/entertainment/game/gamenews/news/20050927org00m300076000c.html 1983年に放映された「聖戦士ダンバイン」から派生した、 バイストンウェル物語の最新アニメである。 親父はブレンでの復活後、ターンA、キンゲ、 劇場版Zと烈火の如き勢いで仕事をしている。 Zの「�供廖岫掘廚蓮△泙生�開されていない。 だというのに新作に着手したのだ。 すでに60代の肉体である。 正直、大丈夫なのだろうか、と余計な心配もしてみたのだが、 親父の言葉をもう一度、反芻していたら、 今回バイストンウェルに手をつけた理由が、 ほんの少しだけ理解できたような気がした。 このままでは終わりたくないのだ。 親父はガンダムを通過後の作品、イデオンやダンバインで、 ほとんどの登場人物が死にいたるという、 ロボットアニメには有得ない展開を描いた。 その激しさ・リアルさは話題となり、 「皆殺しの富野」という称号を得た。 だが、イデオンの場合は敵味方すべての魂が業を超え、許しあい、 最終的には新しい惑星の滋養となるという希望が描かれている。 ある種のハッピーエンドといえよう。 ところが、ダンバインはそうではない。 あの戦闘に関わって生き残ったのは、妖精チャム・ファウだけであり、 本当の意味での「皆殺しの富野」はここから始まったのだ。 復帰後の親父は事ある毎に、 「映像とはエンターテイメントである」 「エンターテイメントとは、つまりお楽しみである」と発言している。 その方向性はブレン、ターンA、そしてキンゲに明確に現れていた。 主人公が精神崩壊するエンディングがPUNK的だと評価されたZも、 劇場版では悲劇的な結末を迎えない、と示唆している。 親父は「皆殺しの富野」を返上したいのだ。 ならば「次はバイストンウェルの物語も救わなければならない」と、 考えるのは当然。 己の時間軸の総量を意識すれば、なおさらだ。 また、親父にとってのダンバイン=バイストンウェルとは、 作家性の発現を手に入れられる場所でもある。 それは「リーンの翼」(全6巻。新作とは同名異作)、 「ファウ・ファウ物語」(全2巻)、 「オーラバトラー戦記」(全11巻)、 「ガーゼィの翼」(全5巻)などの小説、 前述の作品のOVAアニメ版「ガーゼィの翼」などの 続編の量でもわかるだろう。 親父がしつこく追い続けていたのはガンダムではない。 間違いなくバイストンウェルである。 バイストンウェルの物語は基本、ファンタジーである。 「お楽しみ」を提供するには一番有効な手段だ。 その目線の先には宿敵ともいえる、 ある人物の顔が浮かんでいるに違いない。 ファンタジーで大成功した、あの男の顔だ。 公式ホームページには、こんなキャッチフレーズが掲載されていた。 「ハリウッド大作よ、刮目しろ! 本物のエンターテイメント作品がここにある!」 すげえ本気なのである。 ...
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