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ロックンロールは振り返り、そして前を向いて歩いていく - 2004年11月16日(火)

ジョン・レノンの「ロックンロール(リマスター盤)」
を購入してないことを思いだした。
仕方がないので、久々に以前のバーションのCDを引っ張り出して聞いた。
そして、あることを思い出した。

オリジナル「ロックンロール」は、
珠玉のロックンロール・カバー集になる予定だった。
ところが、本作共同プロデューサーであるフィル・スペクターが、
精神衰弱状態になり、録音中のマスターテープを持って逃亡。
ジョンは1人でレコーディングを再開したが、
プロジェクトは一時的に頓挫することになってしまう。
それはフィルが50年代から活躍するロックンロールの生き字引であり、
本プロジェクトの指針であったのだから当然の結果だ。
その後、ジョンはレコード会社との契約を遂行するために、
「心の壁、愛の橋」(74年)というゴージャスなわりには、
どこか急場しのぎ的なアルバムを制作。
その年の秋から本格的に「ロックンロール」プロジェクトの録音に戻る。
作品は75年に一応の完成を見ることになるが、
本アルバムに2曲追加されたアルバム「ルーツ」が
海賊版で出回るなどのトラブルが発生した。
さらに今回発売されたリマスター盤も、
いちファンの立場から言わせればふに落ちない内容臭い。
別にジョンとフィルの構想を再現しろとまでは言わないが、
全部で20曲以上録っていたはずなのに追加収録曲は、実質2曲。
ジョンの「ロックンロール」は、どの時代になっても、
なんだかすっきりしないアルバムなのだ。
でも、決して駄作とは言わない。
「ロックンロール」は他のアルバムと並べて聞くことによって、
新たな光を発するのである。

「ロックンロール」がリリースされた75年には、
同趣向のカバーアルバムがたくさんリリースされている。
まず、ディオン「ボーン・トゥ・ビー・ウィズ・ユー」。
これは先のマスターテープ持ち出し事件の直後に、
フィル・スペクターが手がけたアルバムだ。
そしてジョンと同じくイギリスで生まれたデイヴ・エドモンズが、
フィル・スペクターのサウンドを一人で再現・録音したカバー集、
「ひとりぼっちのスタジオ」。これもこの年の発売である。
(ちなみにディオンとデイブはこれらのアルバムで、
 同じ曲を取り上げているのがまた興味深い)
翌76年には、オールディーズのカバーを多数収録した、
ビーチボーイズ「15ビッグ・ワン」がリリース。
リーダーのブライアン・ウィルソンのフェイバリットアーティストが、
フィル・スペクターであることは有名な話だ。
また、カバーアルバムではないものの、
ブルース・スプリングスティーン「ボーン・トゥ・ラン」(75年)は、
彼がフィル&ディオンの録音セッションを見学し、
そこから学んだ技術を生かしていることも付け加えたい。

これらの共時性から、70年代中期に、
フィル・スペクターを中心としたロックンロール・リバイバルな状況が
あったことは間違いない。
録音時期から見て、その先頭を走っていたのが、
ジョンの「ロックンロール」なのである。

しかし、なぜこの時期、多くのアーティストが、
ロックンロールのカバー集という手法に走ったのだろうか。
それは単にロックンロール誕生20周年を祝ったものだったのかもしれない。
ベトナム戦争が終結したことが引き金となり、
「古き良き時代の“何か”を取り戻してみたい」
という懐古趣味的・楽観的な意志があったのかもしれない。
ただここで忘れてならないのが、
この翌年・翌々年にニューヨークやロンドンで、
パンクが勃興するということである。
パンクはロックの原点回帰的な役割を担った、という解釈が一般的だが、
その同時期、ロック界の大物アーティストたちが己の原点を探っていた、
というのが非常に興味深いのだ。
パンクとロックンロール・リバイバルは、
通低している現象なのかもしれない。

ここ数年、何かとカバーアルバムが話題に上る。
ことあるごとに己のルーツを晒していたポール・ウェラーが、
本格的なカバー・アルバムを制作したというのも、
何か因縁めいたものを感じる。

ロックンロールは倒れそうになると、
己を振り返り、見つめなおし、
そしてまた前を向いて歩いていく。
そういう音楽なのだろうと思う。


...




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