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危機不感症 - 2004年11月05日(金)

先日、イラク人質のKさんがテロリスト集団に殺害されてしまったことに対して、
ちょっとした議論になりました。

ここからはあくまで個人的な感想なんですが、
Kさんが亡くなったのは日本政府のせいでもないし、
アメリカのせいでもないと思っています。
いくつかある選択肢の中で彼が選んだものが、
死に至る道程だっただけ、という気がします。
ただ、酷い言い方をしてしまえば、
その行動はあまりにも軽率で、
周囲のことを何ら考えていなかったのではないか?
と思えるのです。

円光少女が「誰にも迷惑かけてないんだから」とか言いますが、
個人の行動の結果は、その個人に帰結するのではなく、
個人が関わる集団すべてに影響します。
小さな単位で言えば、家族・親類・友人などです。
そして今回の場合、それは国家単位にまで膨れ上がりました。
具体的に言うと、Kさんの死は「日本の民間人が殺された」
という事実を作ってしまったのです。
これによって我が国は「戦争に参加する大義名分」を、
さらに強固にしてしまいました。
アメリカにとってみればうれしくて仕方ないでしょう。
「オマエのところの民間人殺されたじゃん?
 このまま見過ごしてていいのかよ? 
 やられたらやりかえせよ!」
とか言われたらどうするんでしょうか。

もちろん「Kさんだけが悪い」というわけではありません。
今回の一連の報道を見ていた驚いたのは、日本政府の無能さです。
人質情報のほとんどがアメリカ政府経由で伝わっていたことで、
日本は独自ルートで情報を仕入れてなかったフシが見受けられます。
(やってても金額の提示くらいか?)
相手が国家ではなく、少数によって構成されていたテロリスト集団だった
という不利な点はあるにせよ、現地に1年近くもいながら、
アクティブな回線が開けていなかったのです。
彼らはイレギュラーな事態を想定していたのでしょうか。
仮に想定していたとしても、
それは実行力のあるものとして機能したのでしょうか。

ようするに僕が何を言いたいかというと、
Kさんも政府も、そして我々国民全員が、
そこにある危険に対して鈍感すぎるということです。
イラク問題だけではなく、北朝鮮問題、東海大地震、
年金問題、国力の低下に関しても、
「見て見ぬふりをしよう」「知らないことにしておこう」
というような風潮が根付いているような気がします。
この「危機に対するモラトリアム感覚」とも言うべき状況は、
どうして生まれてしまったのでしょうか。

アニメ映画「機動警察パトレイバー2」の中で、
竹中直人演ずる公安筋の人間が、こんなことを語っています。
うる覚えですがこんな内容でした。

 我々の平和は多くの戦地に自国の製品を
 輸出することでなりたっている。
 この国は、戦争の後方に過ぎないのだ。
 だが、多くの人々はその事実から目をそらし、
 戦争をブラウン管の中に押し込め、
 血塗られた平和を享受している。
 この平和にどんな意味があるんだ?


...




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