一色達夫の日記

2002年10月14日(月) 「祭りに参加させないで」 とのFAX

「祭りに参加させないで」とのFAXが入る。
午前中に電話をかけていただいたようだが、こちらが出られなかったのでFAXでの連絡としたようだ。
文面は、「○○は80才にもなりこの頃足下もおぼつかないから今年の祭りには参加させないでほしい」というもの。
ご当人は、ここ数年、私が運転する太鼓台伴走用の軽トラの助手席に分乗し、何くれとなくお世話事を手伝ってくれていた方だ。
何時も、私の車に分乗して祭りに参加している処から、今回のFAX連絡になったようだ。
FAXには通信者の記入が無かったが、家族が当人の身体を心配しての行為だろうと想像している。
こちらから電話して、事情を聞いてみようかとも思ったが、止めた。
80になっても好きで祭りに参加したいと思い、太鼓台に付いて方々を回りたいと思っている当人の気持ちが良く分かるからだ。
家族としたら太鼓台運行の責任ある者が、何で足下の悪くなった者の参加を止めないんだ。無責任な と思う事だろう。
しかし、私は、何が起ころうとも当人が祭りに参加したいと思うのであれば、たとえ80才になっていても、止めることはできないと思った。
この方は、若い時からお世話好きで、私なども子供会の時分から色々とお世話になった思い出がある。また自治会のお世話も長く務め、最近でも部落の集会などにも欠かさず顔を見せてくれている。
そのような、人の中での行動が好きな方を、もう年をとったから、危ないからと言って、行動を制限する事を電話口で家族に約束する事が出来なかったのだ。

人は必ず老いる。老いればどうなるか、それを若者は分からない。
私にも今年95才になる父と80才になる母が健在でいるが、父母の老いを受け入れる事が出来るようになるには時間がかかった。
私にとっての絶対権力者であった父母が、何時のまにか小さくなり、全ての行動が子供に帰っていく。
それが解からず、声を荒らげて向かっていく事も度々あった。
そんな時、あるお寺の門前にある掲示板の文章に頭を打たれた。

僕のおむつ代える顔笑っている。僕ひとつ。
僕のおむつ代える顔怒っている。僕80。
同じ人間なのに。

その父も介護度4と認定され、介護保険のお世話になりながらも、このところは安定した状態で暮らし、母も家族だけでは消費しきれない野菜類をせっせと世話している毎日だ。
私の経験からすれば、老人の行動を制限すれば、それは決して良い方には行かない。むしろ好きなことを自由にやらせる事が、当人の健康を保つことになると思う。
だが、その家族にすれば、世間に迷惑を掛けると心配なのだろう。
高齢化社会の現状のなか、社会福祉の充実が求められるが、個々人一人一人についての幸せを追求する場合、家族のその時の要求が全てではないように思えてならない。

一日。農業機械の整備や納屋の片づけに費やす。
世間はお祭りモード。
そんな中、一枚のFAXから、明日からのあの方への対応を どうしたものか と思い悩む。


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