今朝の夢。
私、山古志村にいた。田んぼのあぜ道を歩いていたら、地元の被災民のお爺さんと小父さんが足早に、半壊した何かの施設に向かって歩いていた。
「おじさん、どこいくん? そこ立ち入り禁止区域やろ?」 「うん、牛舎や。家の牛、次々死んでいっとる。せめて生きとる牛にだけでもエサやらんとな。うちらの大事な大事な牛なんや」
あっという間に二人の姿は遠く小さくなった。 たてつづけに、作業服の年輩の男性がやってきた。
「この前の余震で、工場の屋根が落ちてしもうた。もう何もかも使い物にならん。余震が危のうて後片付けもできんのや」 「やがてまた、同じ仕事で再開されるんですか?」 「再開したいけど、この余震がある限り、いつになるか、全然めどは立たん」
というや否や、足元から強い揺れを感じた。そこで私が地震を体験したのは初めてだったので、思わず足がすくんでしまった。揺れが収まるまで無意識の内に声にならないような悲鳴をあげていた。
余震というのは今度いつくるか予想などつかない。 ずっと迎えくる揺れに対して、腹をくくって覚悟をしておかないといけない。一瞬たりとも気を抜いてはいけない。
今まで「安全という名の生活」にあぐらいをかいて暮らしていた身には、いつ降りかかる危険を、ドキドキはらはらロシアンルーレットのように覚悟しないといけないのは、相当な精神力を必要とする。
私がそこにいただけでも、何度も余震を感じた。かなり揺れを強く感じるのも、ぐらぐらっとかすかに感じるだけのも。じっと耐えなければならない、拷問のようなつらさであった。
避難生活をしている人々のところには行かなかったけど、家を失い、職場を失った人々は、どんな思いでこの揺れと戦っているのだろう。 自分の想像力の限りで思いをめぐらせてみた。 こんな柔な私の精神力などはるか及びもしないに違いない。 一瞬先の未来が怖くなって、その場でただひたすら涙が出てきた。 * * * * * * * * *
この夢を思い出したのは、寝起きではなく、お昼近くになってから。
朝からだるくて、なんだか心臓に負担のかかるつらさだなぁとは思っていたんだけど、ふと思い出した。そういえば、こんな夢を見たって。
それにしても、妙にリアルで村の細部まで記憶にある。 揺れの強さ、怖さまで。 夢の中でよっぽど精神的に強いストレスを感じていたのかもしれない。
私、夢の中で幽体分離して、山古志村に行ってたのかもね。
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