先週末、来客があったので、慌てて薔薇の花束を買ってきた。
私のポリシーとして、来客の際には、最低限冷えたビール同様、リビングになにがしかの生花を用意しないと気がすまない。
大ぶりの白いすりガラスの花瓶に、何気なく投げ入れてある赤い薔薇。 今、艶やかに開ききっている。今回は本当にきれいに咲いた。 中くらいの花なのかとおもったら、咲くと意外に存在感がある。
サイドボードに飾った花瓶の上の壁には、ドイツの田舎の風景画。 淡緑色の麦畑に点在するポピーの赤色が印象的。
一応この絵画にマッチするようにいつも赤色系の生花を用意している。
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それから、ワルシャワに来てからの、薔薇にまつわる小さな思い出。
2年前。夏の始まりのとある晩。 ブリストルホテルのフレンチレストラン「マリノヴァ」で、二組の夫婦(子抜きで)で食事をしたことがある。
ちょっとおしゃれして。4人でキャンドル囲んで。シャンパン飲んで。
高級感のあるテイストとサービスとワインにすっかり酔った頃、そこの支配人らしき男性から、私たちマダムたちに、大輪の真紅の薔薇を一輪ずつプレゼントされた。
大きくてとても立派な薔薇だった。 花びらもビロードみたいに深い艶を持っていて。 ついついそっと触ってみたくなるような。
その薔薇、家で一輪挿しに活けておいたんだけど、リビングのテーブルの上で、そのあと、なんと二週間ぐらい私の眼を楽しませてくれた。 そして、一輪挿しの中できれいに開いた状態でドライフラワーになった。
一輪の花として美しい生涯の終り方であった。 あの時の、大輪の薔薇を眺めていたときのリビングの空間。 枯れることなく私を楽しませてくれた穏やかな時間。 今でも私の胸に鮮やかな記憶として残っているんだな……。
そりゃぁ、ブリストルでのディナーの後の昂揚感はあったけど、あの薔薇の美しさのインパクトは生涯の思い出にも匹敵するの、私にとって。
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私もいつのまにか40歳。 今は現実的な生活に翻弄されながら暮らしている。すごくもどかしい。
でも、私は常に視点をずっと遠い先において生きている。 自分なりの将来図もちゃんと描いている。 私、このまま歳を重ねても、華やかで誰からも愛される存在でありたい。 凛としたあの薔薇のように。
花瓶にいけて、二日後に頭を垂れる普通の薔薇なんかじゃないの。 最後の最後まできれいに咲き続ける薔薇の花。
しかも、小ぶりの花なんかじゃなくて人目を惹く大輪の薔薇でありたい。
そう、私、やがて一人でも存在感のある大輪の薔薇になる。 そして、最後まで魅力的で、華やかな薔薇に。
ふふふ。 私はね、そうなるように、もう自分の運命を設定しちゃったの。 後は自然に任せて時間が過ぎるのを待つのみなのよ。
PS あ、でも、薔薇には棘があるのに……と思った人、いる? もしかしたら、心に何かトラウマでもある? 私の薔薇には棘なんかないの。だから大丈夫。
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