華のエレヂィ。〜elegy of various women 〜
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2005年11月06日(日)

秘密営業。 〜sympathy〜
<前号より続く>



ミラーの奥には、看護師の白衣を着た綾乃がいた。


幾分か痩せた彼女。
良く言えば大人になった・・・しかし�爐笋弔譴討い覘瓩箸いι集修諒�が似合う。


物憂げな表情を浮かべながら、一通り服を脱ぎ捨てていく。
ブラを外し、一回り小振りになった乳房を見せた。
ショーツを下ろす。股を開き、綾乃自身をはっきり見せた。

しかし視線は遠くをトロンと見つめている。
生気が感じられない。


一連の所作のストリップ。
見慣れていたはずの俺も、ただただじっと見つめていた。


時間終了後。
俺はすぐに個室を出て、その足で受付に向かった。

受付で料金を出して注文した。


「綾乃ちゃんの全裸コースで」


どうしても、帰る気がしなかった。
綾乃ともう一度、話がしたい。
どうにも退けない。


準備が出来、俺は受付横の個室へと招かれた。
ドアをノックし、ノブを手にとって開いた。


「やあ、1年ぶりぃ。覚えてる?」


わざと明るく声を掛ける。
部屋の中央で座り込んでいた綾乃は、力の無い視線で俺の顔を見た。

反応が無い。
忘れているのか?


 「平良、さん・・・?」


綾乃は立ち上がり、真っ直ぐに俺に抱きついてきた。

拒絶めいた態度で接されても不思議ではなかった。
しかし全くの予想外の出来事に、俺が戸惑う。

 「私、随分久しぶりに出勤したの…よく分かったね」
「俺も本当に久しぶりに来たんだよ。何かありそうな予感がしてね」

 「信じられない…私も今日は気が向いたから、さ」
「そう…それに君が今朝夢に出てきてね。会いたくなっちゃった」
 
 「嘘・・・」
「嘘じゃないよ」

 「だって、こないだの私の夢にも平良さん出てきたよ・・・」


互いに予感、そして綾乃の夢に俺が・・・意外な言葉が続いた。


「本当?」
 「嘘じゃない・・・私、覚えてるもん」

「俺がねぇ。やっぱりスケベだった?」
 「ううん、優しい笑顔でずっと泣いてる私を慰めてくれたの」


繰り出す言葉にも力がない。
薄暗い部屋の中。
薄明かりでも、1年前の綾乃よりも草臥れているのが分かった。


「疲れてるみたいだね・・・表情が冴えなかったから」
 「ううん、それだけじゃない・・・」


実は店の客は監視カメラで見えるようになっており、綾乃は俺の入店を知っていたのだ。


綾乃は単に無気力だったのではない。
複雑な思いを抱いたまま、のぞきコースに突入していった。
だから動揺を押し隠そうと、余計無愛想に振舞ってしまったという。


「嫌われて辛かったけど、夢にも出てきたし、もう時効かなって」
 「時効だなんて・・・そんなつもりじゃなかったよ」

「でも気分悪かったよね・・・あまり突っ込んだ事を聞いちゃったから」
 「そんな事、どうでもいいの・・・」



綾乃はこんな話をしてくれた。

他の客との秘密営業の際に、アクシデントが綾乃を襲った。
気を許した客にゴムを付けないまま挿入され、中で出されたのだ。


薄い照明での暗闇の中、気付いたのは全てが終わった後。

しかし綾乃が合意した下での秘密営業であり、店には一切訴えられない。
脇の甘さを悔い、綾乃は一人で泣いた。


その後、生理が停まり、体調を崩す。


妊娠したのだ。


問題はさらに混迷する。

自らの子宮に宿った小さな生命は、彼との子なのか、その客との子なのか。
自らの子宮に宿った小さな生命は、愛の結晶なのか、愚かさの代償なのか。

愛する彼は他人様の家庭の夫。
店の愚客は名前すら知らぬ男。


どちらにせよ綾乃にとって「喜べぬ妊娠」に違いない。


正直に相談し、彼に認知してもらおうとも考えた。
しかしこんな事を告げたら、彼の温もりを失う事になろう。


迷うばかりでは月日が過ぎてしまう。
決断は引き伸ばせない。


綾乃は結論を誰にも告げずに風俗嬢御用達の産婦人科へ赴き、独りで処置した。

堕胎の同意書には、彼の名を内緒で書いたという。


人知れず悩みを抱えていたのは、俺との関係がこじれたあの頃だった。


 「バカな事だって分かってたのに、振り向いてもらいたくて…」
「その彼、魅力があるんだね」

 「彼・・・優しいから、さ」
「きっと綾乃からみれば、凄く優しい人なんだろうね」

 「・・・」


綾乃は黙ってしまった。
俺は綾乃に話し掛けた。


「例え相手が妻子持ちでも、その人の魅力は変わらないもんね。
 そこに惚れたんだから、綾乃は悪いこと無いんじゃない?
 それに何も自分をそこまで傷付けなくてもいいんだよ。
 綾乃は優しすぎるから、辛くても誰にも迷惑掛けないように振舞って、
 結局は自分自身を傷付けちゃうんだね。
 本当に、君はいい娘だよ」



『いい人』ほど内心は傷付き、疲れているものだ。


人間は心の刃を外側へと向ける者と、内に向ける者がいる。

他者を傷付ける事で、貧弱な自分を守る者。
自分を傷付ける事で、他者を守らんとする者。


綾乃は自分が傷付くことで、愛する彼を、その募る想いを守ろうとしていた。


綾乃が会社に隠れてこの仕事を始めたのは、彼に対する�猊�讐�瓩世箸い辰拭�
しかし、愛する男に何を訴え恨んでも、所詮は責め切れない。

求めても、恨んでも、他人の夫である。
全ては妻子持ちに惚れた、綾乃の『落ち度』だ。

この仕事…風俗、それも店の規定違反である『秘密営業』をも行った。
金の為ではない、もっと彼女にとって大切なものを見つめ直すための所業。

気に掛けて欲しくで、自分を貶める。
そして誰に気付かれる事も無く、たった独りでズタズタに傷付いている。



店への内緒の違法営業でも、彼への密かな復讐心でもない。

本当の『秘密』とは、自らの心の傷に対してのものだったのだろう。



本当に可愛すぎるほど、愚かな女だ。



綾乃を抱き寄せ、髪を撫でながら慰めた。

「疲れちゃったね…」


綾乃は俺の胸に額を乗せ、初めて甘える仕草を見せた。
そして、堰を切ったように口走り出す。


 「疲れちゃった…本当に疲れちゃった…
  何でいつも私だけ(辛い思いをするの)?ってずっと思ってた。
  でも…誰にも言えなかった…ずっと…本当は気付いて欲しかった…」

「でも気付かれないように、いっぱい頑張ってたんだよね?
 みんな心配させないように、元気に振舞って演技してたんだよね?
 一生懸命、ほころびを繕って繕って…優し過ぎて、いっぱい我慢したから
 疲れちゃったんだよね。今日は何もしないから…俺は構わないから…」


俺の前で、壊れちゃえよ…俺は細い肩を抱いて、そう囁いた。


綾乃は突然、俺に抱きついてきた。
そして彼女はありったけの力で俺に抱き付いてきた。

苦しい。
とても細身の女の力とは思えない。

小振りな乳房も完全に潰れるほどの抱擁。
しかし、綾乃は決して力を緩めない。

そして俺の左肩に顎を乗せ、きっと誰にも晒せなかっただろう嗚咽を漏らし始めた。


俺もやせ細った綾乃を抱き締めた。
そして、決して手触りの良くない、痛んだ髪を撫でた。


形になった気持ちが、まだ言葉にならない綾乃。
うわ言のように何かを呟きながら、静かに泣いている。

俺は何も出来ず、ただ綾乃の身体を受け止め、抱き締めていた。







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壊れる事を恐れるよりも、壊れて周囲の人が迷惑するのが怖かったのだろう。

俺には綾乃が誰よりも可愛い女に思えた。

気が付けば、俺も潤んでいた。
これもまた、シンパシー…そのようなものだろう。


電子ベルの音が鳴る。
その無機質な音にようやく我を取り戻した綾乃は、俺から離れた。
彼女の胸元がわずかに汗ばみ、赤みが滲んでいる。


 「ごめんなさいね、取り乱しちゃって」
「いいんだよ、俺は…また会えて良かった」

 「また来てくれる?…こんな私で良ければ」
「何言ってるの、俺の台詞だよ」

 「だって、何も出来ない女だから…」
「じゃ、また秘密営業しよっか?(笑)」


泣き顔に、ふっと微笑が浮かんだ。

着替えが終わり、部屋を出る前、綾乃は俺を呼び止めた。


 「本当にまた来てくれる?」
「ああ、約束する」

 「あのね、平良さん…一度だけじゃないの」


本当は俺は綾乃の夢に何度もお邪魔したという。
その時、俺はいつも綾乃に微笑んでいたそうだ。
そして、くよくよと悩む綾乃の頭を撫で、慰めていたそうだ。
無意識に、俺の存在を求めてくれていたのか。

しかし俺は綾乃を女として求め、抱いていた。


男と女…両者の根本的な性(さが)の違いを垣間見た気がする。


店を出る前、綾乃の連絡先は聞かなかった。
一度は過去に聞いたのだ。
再度聞くことで、また彼女の負担になってしまうと思い、店での再会を選んだ。


しばらくして、店に綾乃の出勤確認の電話を入れた。

呼び出し音が鳴るものの、誰も出ない。
数日間、何度か電話を掛けてみたが、もう繋がらなかった。

店のあったマンションに出向いてみた。
部屋の扉には、閉店を意図する文章の貼り紙。

奇跡的に引き寄せあった運命の糸。
しかしこの後は、途切れてしまった。

綾乃との約束は果たせないままになってしまった。


綾乃はもう俺の夢にも出てこない。
俺は彼女の夢にお邪魔しているのだろうか…俺にはもう知る由もない。



 ☆毎度のご訪問&ご高覧ありがとうございます。
  今年も本業が多忙なため、エレヂィを紡ぐ余裕がありませんでした。  
  更新頻度も落ちる中、変わらぬご支援とご訪問をいただける事を感謝しております。

  また連載途中でも休載し、ご心配をおかけしました。

  次回は特別編をお送りする予定です。

  今後とも「華のエレヂィ。」をどうぞ宜しくお願いします。
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  皆様、良い年をお迎え下さい。



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