2006年09月11日(月)  マタニティオレンジ6 予定日過ぎても踊れます 

女の子だったらと用意していた名前のひとつが「舞子」だった。見つけた人が舞い上がって喜ぶ舞茸のように、あなたが来てくれてすごくうれしいよ、の気持ちを込めて。そして、出産直前まで続けたマタニティビクスでわたしと一緒に踊っていたことにちなんで。

幼い頃にかじった日本舞踊にはじまり、中学時代はジャズダンス、高校時代は器械体操、大学時代はチアリーディング、就職してからはエアロビクス……と何かと踊ってきたのだけど、社会人二年目に仕事が忙しくなってフィットネスクラブを辞めてからは、踊ることからも体を動かすことからも遠ざかっていた。フリーになって時間を融通しやすくなったので、そろそろ何かスポーツをと思っていた矢先での妊娠。「これを機に、マタニティビクス!」と思いついたのは自然な流れだった。

週2回のマタニティビクスと週1回のマタニティヨガをやっているスクールをネットで見つけ、妊娠16週になった3月の中旬から通い始めた。おかげで運動不足は解消できたし、安産のための体づくりと心構えもできたし、励ましあう仲間もできた。出産という決戦に向けてトレーニングに励む同志というノリで、互いの安産を祈りあい、喜びあい、産んだ後は「そっちはどう?」と情報交換しあっている。

収穫だったのは、毎回のレッスンの前に行われる問診。「○○さん。○週目ですね。変わったところはありませんか」とインストラクターが問いかけ、生徒が「ソケイ部(=足の付け根)が痛いです」「寝不足です」「便秘です」などと訴えると、インストラクターが自らの経験を踏まえてアドバイスする。「20週になると、こんなトラブルがあるのか」と数週間先、数か月先の自分のシミュレーションすることができたし、「足が攣ったら、つま先を体側に倒せばいいのか」「背筋痛には猫のポーズが効くのか」とフムフム聞いていたことが、後で同じトラブルに見舞われたときに役立った。

マタニティビクス初日に驚いたのは、妊娠32週は「いちばん体を動かせる時期」であり、臨月(36週以降)になってもレッスンを受けられること。「ズンズンと振動を与えると陣痛が来やすい」とかで、予定日を過ぎた人も来ていた。おなかが大きくなると安静にしていなくてはいけないものだと思っていたわたしは、「産むぎりぎりまで動き回れるんだ!」と目の前が明るくなった。週数が経つにつれ体は重くなったけど、レッスンのたびに動きも気持ちも軽くなっていった。そして、予定日の翌日、61回目のレッスンを受けた8時間後に陣痛を迎えた。

統計的に20回以上レッスンを受けた人には安産傾向が顕著に見られるらしく、わたしもお産はラク(もちろん産んでる最中は必死だけど)だった。でも、ビクス&ヨガが威力を発揮するのは、出産よりも産後。体調の戻りは驚くほど早いし、体力勝負の育児にもへこたれない。年齢的には「高齢出産」だったけど、この半年間で体力年齢は若返った気がする。

2005年09月11日(日)  ZAKUROの2階のZAM ZAM
2004年09月11日(土)  感動の涙が止まらない映画『虹をつかむステージ』
2003年09月11日(木)  9.11に『戦場のピアニスト』を観る

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