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2006年07月15日(土)
多分人生で最大の飛鳥ブーム
今日明日は26時間テレビですね〜。チャンネルつけたらミリオネアで十七条憲法とか聖徳太子とか言っていて心臓止まるかと思いました。今かなり敏感ですから・・・!(笑) 昨日の午後はレポート書く為に五時間くらい図書館に篭っていたのですが、一通りレポート用資料を集め終えた後にどうせだからと聖徳太子について色々と調べてしまいました。 特に伝説を集めた「聖徳太子伝暦」というのが面白かったです。 前世覚えてたんですって。前世は中国にいたんですって。 それで小野妹子を隋に派遣した際ついでに前世に持っていた法華経を持ち帰らせたのですが、でも妹子が持ち帰ったお経は別の人のもので、その後に誰かが間違えた経を返して太子前生の経を持ってったらしい。後にそれを妹子が太子に報告すると、太子は黙したまま何も答えなかったらしい。 どうやら自分で取りに行ったようです(その場合空飛んで・・・?) その時妹子はこう思ったに違いない。 自分で行けるなら最初から自分で取りに行けよ!(笑) ていうか妹子完全にパシリですね。日本史史上最初のパシリだと思っております(笑) 上の逸話は伝説なので史実ではないですが、それとは別に妹子関連で一つ気になったことがあります。 妹子が隋から帰る途中、隋の返書を百済の盗賊に盗まれて紛失するという大変な失敗を犯し危うく流刑になるところだったのですが、どうやら「盗まれた」というのは嘘っぽい。 わざと失くしたか隠し持っていたという説がありまして、隋の返事があまり良くないもので太子には見せられなかったということらしいです。もしくはこっそり見せた。 中には「推古天皇と馬子には見せたけど太子には見せなかった」という説もありまして、妹子は太子の命令だけではなく天皇の密命も受けていたとか云々。それ読んだ瞬間「妹子・・・お、お前・・・っ!」と思いました。天皇・馬子と太子の間にはその頃から結構な溝があったみたいですよ・・・。 馬子さんは前から怖い怖いと思っておりましたが、推古天皇も中々怖そうです。推古天皇に対するイメージが変わりました。 他にも色々ありますが、とりあえず複雑すぎる血縁関係をちょっとは理解できたような気がします。いや、もう本当、近親相姦ありまくりでしかも一夫多妻だから系図を見てもわけわからんのですよ。太子の両親も異母兄妹ですし。 あ、太子の父上の用明天皇が何となく好きです。 用明天皇が崩御した時、太子は馬子さんの首に縋って大泣きして、気を失っては正気に戻るというのを繰り返したらしいですよ(『伝暦』) 『首に縋って』って・・・!(ごめんなさい馬太も好きなんです) ・・・って、長々と語って申し訳ありません(滝汗) 調べていると楽しくて仕方ないのですよ。はっきりした史実が解明されていないからこそ色んな憶測が飛び交っていてそれが余計に面白い。更に伝説も沢山あってそれがありえなさすぎて面白いです。 今が人生で一番飛鳥時代に興味もってる時期でしょうね(笑) えーっと、やっとこさアンケート設置しました。 ご協力頂ければ嬉しいです。 質問や不備がありましたらお知らせ下さいませ〜。 **拍手お返事** >雀さん わー、雀さん!お祝いのお言葉有難う御座います! 記念アンケ心待ちにして頂けて有難う御座います。やっとこさ設置できましたので宜しければポチリと押したって下さいませ〜。 そしてリンクを貼って頂けて・・・!?あわわわ・・・有難う御座います・・・!ていうかこちらからも貼らせて頂いているのに御報告せずにいて申し訳ないですっ。無断リンクですみませ・・・っ; ではでは、こちらこそこんな奴で御座いますがこれからも宜しくお願いします(ぺこり) |