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2006年01月12日(木)
「それを問うことが愚かだと」
「貴方は一体何なんですか?」「あ?」 カチャリ、と陶器の擦れる音が小さく鳴る。 その取っ手に掛かる指先。手首の角度。肘から上の滑らかな動き。 そのどれをとっても完璧だ。 足を卓上で組むという行儀の悪ささえなければの話だが。 「どうして此処にいるんですか?」 邪魔なんですけどという意味を言外に含み、イザヤは書面に目を通す。 ざっと読んだだけのそれにサインをすると、間も置かずに次へ。 残りあと二枚。これさえ終えれば今日のお勤めは終わりだ。 だが、最後の一枚に名前を書こうとしたところで手の中のペンを奪われる。 見上げれば鮮やかな藍色の瞳とかち合った。 「お前・・・それを今更俺に言うか?」 「返して下さい」 嫌だ、と言いたげに組んでいた足を下ろして顔の横でクルリとペンを回す。 インクが飛ばなかったのは幸いか、イザヤは少しだけ眉を寄せた。 「そうだな・・・敢えて言うなら『機を窺っている』」 「どんな機会を窺っているのか知りませんけど、仕事の邪魔しないで下さい」 ほら、早く。そう言って手を差し出した。 その声も表情も変わらないが、どことなく苛立っているようにも見える。 ユエはその手を見て少し考えたようだが、軽く肩を竦めると素直にペンを渡した。 「・・・珍しく」 大人しいですね。そう言いかけたイザヤの考えは数瞬後に裏切られた。 ペンを掴んだと思った手は逆に相手に捕らえられ、ぐいと引き寄せられる。 そして手の甲に落とされる口付け。 それはまるで主に忠誠を誓う騎士のように。 もしくは貴婦人への愛の告白のように。 「俺以外の奴の前で隙を作るなよ?」 「・・・あなたの前でも作るつもりはありません」 素っ気無く手を振り解くと、そのまま最後の仕事を終える。 顔色も変えずに素早く書類を纏め、束ねたそれを脇に抱えてイザヤは足早に部屋を出て行った。 閉じた扉の向こうでユエが口元を弧に描いていることは容易に想像できた。 「まだ・・・大丈夫・・・」 触れた手を意識しないように一度だけ目を伏せた。 大丈夫。今はまだ彼は境界の向こう側だ。 だけど油断はできない。 気を許せば、いとも簡単に心臓を抉られる。 ---------------------------------------------------------------------- ユエイザ。まだユエの一方通行な時期で。 |