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2005年08月03日(水)
「皆、勝手に騙されてた」
「くそ・・・ルックの傍にいるのにアツイ・・・」果たして彼がそこにいたのはいつからだったか、随分と長い時間隣に座り込んでいたユエが不意に零した言葉にルックは不機嫌そうに眉を寄せた。 「勝手にやって来て勝手に居座って勝手なこと言わないでくれる?そんなに涼みたければそこらへんの岩壁にでも引っ付いてればいいんだよ」 「いっつも涼しい顔してるからルックの隣は涼しいかと思ったんだけどなー」 「それは君の勝手な思い込みでしょ」 その勝手な思い込みで勝手に失望されても不愉快だとルックは更に眉間に皺を寄せる。ユエは力なく石板に背を凭れ、どこかぼんやりと小さな部屋の壁を見つめていた。だらりと落ちた腕はピクリとも動かない。 「・・・アツイ」 ルックの不機嫌さを気にも留めずユエは独り言のように何度も呟いた。アツイアツイとすぐ傍で何度も連呼されてはルックも流石に苛立ってくる。だから次の言葉にわざと多少の棘を含ませた。 「大体さ、君が何で此処でのんびりしてるわけ?軍主様はご多忙なんじゃありませんでしたっけ?」 「アツイんだよ。こんなんでやってられるか。そこの風使い、ちょいと風送ってくんねぇ?」 「何でそんなことに僕の魔力を消費しなくちゃいけないのさ」 「やっぱ駄目か・・・ちょっとはマシになると思ったんだけど・・・な・・・」 「・・・ユエ?」 ふとユエの声に違和感を感じてルックはユエに視線を向けた。見下ろすと、鮮やかな藍色の瞳は少し長い前髪に隠れて見えなくなっている。僅かに俯いた顔は、注意深く見れば微かな朱色を差していた。 最初はただ暑さにバテているだけかと思った。だけど良く考えてみれば、冷たい石壁に囲まれた部屋は外よりは多少は涼しくて、バテるほどの暑さではない筈で。 不意にユエの手がルックの手を掴んだ。手袋をしていない素肌は、ルックには少し熱かった。 一瞬ルックの思考が止まった。これは、もしかして。 「何でお前の手ってそんな冷たいんだ?子供の体温は熱いっていうのは嘘か?」 「僕の手が冷たいんじゃなくて君の手が熱いんだよ阿呆!」 掴まれた手はそのままに、膝を折って反対側の手でユエの額に軽く触れる。そしてその熱さに絶句した。 「あー・・・気持ちいい・・・」 「・・・君・・・っ・・・熱あるじゃないか!」 「・・・・・・うそぉ」 数秒の沈黙の後の、あまりにも間抜けな声。ピキリ、とルックの顔が引き攣った。 「あーもう!馬鹿だ馬鹿だとは思ってたけどここまで馬鹿だとは思わなかった!体調管理ができないどころか自分の体のことさえわからないのかい!お付きがいないと何もできないのか君は!?」 「お前さぁ、仮にも病人に対しての労りとか心配とかないわけ?」 「君に関しては一切ないね。とにかく誰か呼んで来るから此処に・・・」 「いらねぇ」 そう言って腰を浮かしかけたルックだったが、掴まれたままの手を強く引かれて止められる。何なんだよと訝しげに眉を顰めたルックに、ユエは握る手に力を入れたままあくまでも強気に、それでも少しだるそうに口の端を吊り上げて笑ってみせた。 「ほっときゃ治るから、このままでいい」 「放っておいて治るわけないだろ」 「いいんだよ、俺は」 何がいいのかルックには理解できなかったが、手を掴む力の強さにそれ以上の反論ができなかった。悪化したら自業自得だと心の中で納得して、浮かした腰をその場に下ろす。するとユエが小さな声で「サンキュ」と言ったのが聞こえた。 「・・・僕に伝染(うつ)さないでよ」 「保証はできないな」 不本意そうに告げたルックにもう一度だけ笑って、ユエは小さく息を吐き出す。熱を自覚したら余計にあつくなったような気がした。 「情けねぇな、俺。こんなんじゃ守れるもんも守れなくて当然だ・・・」 今になってやっと思い知ったよ。 何気なく零された言葉はユエにしてみれば珍しい弱音だったのだろう。ルックはただ繋いだ手の熱さを感じながら、らしくないな、などと考えた。ユエも、自分も、らしくない。 強い奴だと思っていた。傷付かない人間なんだと思っていた。今まで決して涙を見せなかったから。それまでと変わらず、ずっと強気な態度を崩さなかったから。 そうだと勝手に思い込んでいた愚かさは、一体どこからきたのだろう。弱さのない人間なんていないのに。彼が自分を責めない筈がないのに。 それはソニエール監獄でグレミオを失って数日後のことだった。 ---------------------------------------------------------------------- ユエとルック。解放戦争時代。 弱っているユエを書くのは楽しかったです。 いくらユエでも家族同然の人が死ねば弱りますよという話。 テオやテッドの時はどうなるんだろうと思いました。 |