暑い一日でした。 長患いをしていた伯父が亡くなり、県内ではありますがちょっと遠いところまで葬儀に行きました。 わたしが育った家は母の実家で、五人きょうだいの真ん中である母がいろいろななりゆきで両親−つまり祖父母と暮らすことになった家でした。長いこと東北に住んでいた伯母たち(今回亡くなった伯父はそのつれあいです)が、毎夏になるとうちに遊びに来て一週間ほど滞在していく、そんな習慣が大学生になる前くらいまで続きました。
東北出身の伯父は、大学で勉強するため関東に出てきて伯母と知り合ったのだといいます。野球と写真と音楽が好きで、漁でやけた黒いというよりあかい顔でいつもにこにこして、わたしとは東京弁で話しましたが、なぜかなつかしいような響きの独特の抑揚のある話し方をしていました。すごく本格的な、とても立派なカメラを持っていたなあというのが今も残る印象です。
病に倒れ、漁師も廃業し、家を畳んで娘たちのいる関東に越してきたのが今から六年前。[病人]ではあったのですがそこまで弱っているとは誰も思っていなくて、このまま寝つくか・・・・・・と思うまもなくふいっと、いなくなってしまいました。病院に行く支度をしていた伯母がふと目をやると、もう息をしていなかったそうです。この数日の、まだ夢のようなまぼろしのようなできごとを喪主あいさつでとつとつと伯母が話すのを聞きながら、やはり涙が出ました。今月十二日、伯母の誕生日。伯母自身も雑事にまぎれて忘れていたのですが、朝はっきりとおおきな声で伯父が 誕生日、おめでとう。 と声をかけてくれた、そういう思い出がとても、なんというかかわいく、いとしく思えました。
火葬のあと、お膳を囲みながら聞いたこと。 終戦の年、伯父は二十五歳。空軍で特攻隊に配属されたそうです。 [明日は出撃だ] と言われそのつもりでいたら、当日になってなぜか[ちょっと待て]になり、その翌日が玉音放送、つまり昭和天皇による敗戦のことばが流れた八月十五日だったとのこと。
帰り道、スーパーと書店に寄りました。 なるしまゆり『原獣文書』8巻(次で終わりだな)、うつろあきこ『さんべんまわって恋をして』1巻、『大使閣下の料理人』文庫版3巻を買いました。
長い道中、やましいことなんかもいろいろ考えたけどまあそれは、後日。
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