クラピカ陛下に一週間遅れて(血液型は同じです)、誕生日を迎えました。Chさんがさっそく掲示板にメッセージをくださってたり、mしゃんをはじめとするおともだちにメールもらったり、電話いただいたり、ひとの情けが身に沁みる一日でした。ありがとう!
今日は雨です。花散らしの雨。今年も月曜日は家での仕事に決めていて、それなりに進めていたら、たまたま休みになった弟が夕食に誘ってくれたのでみんなででかけてきました。
ごちそうしてくれるということなのでそんなに負担にならない程度で、あまり遠くなくて、初めて行ってみようかな? という場所。二軒考えてみました。
1)フランス地方料理の店。 2)ピザを中心としたトラットリア(イタリア食堂)。
まずは1)へ行ってみたけど夜七時すぎてるのに無人・・・・・・ちょっと微妙? 2)へ行ってみよう。→閉まってましただ。 じゃあどこへ? と代案を立てるまえにとりあえず書店へ。夏にまたイタリアに行く弟たちにあげようと思ってクレアのフィレンツェ特集、伊藤理佐『チューネン娘。』2巻(完結)を買いました。飲み屋街のなかの本屋さんで、お店の三分の一くらいがアダルトコーナーであったのことよ。
ついでに弟がガイドブックで見た予算同じくらいのフレンチを探してさまよう。見つからなかったー。
と、いうわけで一番のフレンチに入りました。結局最後までほかのお客さんは来なかったですよ・・・・・・。ビジネス街にあるのでたぶんお昼はにぎわうと思うんだけど。 調度品はいなかのおうちの食堂に入れてもらった感じで悪くない、でもまんなかに安い造花(色あせてませんか)を置くのはやめてー。というよにちょっと不安なすべりだしでしたが、おいしかったです。特に母が頼んだブッフ・ブルギニョン(牛肉の赤ワイン煮込み)、とろけるように柔らかくてもちろんお味も。つけあわせの野菜も緑あくまでもみずみずしく、とりあわせもいいし。また来ようかー。と言って帰宅しました。
あ、ジャンプも買いました。キルアの戦い続くです。
今日のトリビア(つまり自分用覚書) みなさんの小学校(とか中学校エトセトラ)には、薪を背負って歩きつつ読書をしている二宮金次郎の銅像はありましたか? わたしは自分の出身校では見たことないですが、弟の中学にはあったそうです。
で、二宮金次郎(長じて二宮尊徳)っていったいいつの時代のひと? そしてなにをしたひと? それがちょっともわかってなかった(あるいは忘れてた)のです。あ、読書エピソードはもうひとつ覚えてるや。菜種油で行灯の火をとり読書した。間違ってるかな。
じつは母が先日成人学級の遠足で二宮尊徳ゆかりの地めぐりをしたのですが、その後話したときに教えてくれたのが 「身長180センチもあったんだって!」 ということで、それしか覚えていなかったみたいで、じゃあ調べようかという気になりました。
『コンサイス 日本人名事典』より 「江戸後期の農政家(1787-1856)。 貧農の長男に生まれ、没落した一家の再興のため荒地を開拓し、田畑を集め、足柄上郡きっての地主となる。農村の救済をはかり、さらに小田原藩主大久保家の家老(略)家の家政改革、(略)、以後豊富な農業知識をもととして関東各地の自力更生につとめ、その晩年には日光神領のたて直し仕法の名をうけ、1856年のその業半ばで没した」
・・・・・・そうだったのかー。 ついでのついでですが、ネットで調べてみたら 「身長六尺一寸(183センチ)、体重24貫(90キロ)」だったそうです。 今でさえ大男なのに、時代を考えるとすごいねー。
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