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空想妄想いろいろ日記
青木カナ
MAIL

2005年01月17日(月)
映画にする意味(18日-19日に書きました)

 ちょっと仕事がたてこんでるのにせっかく鑑賞券&試写会当たったから! と、朝二時間ほどがんばってからでかけました。

 見たのは『シルヴィア』と『オペラ座の怪人』です。
 十二時すぎに渋谷のBunkamuraでyちゃんと待ち合わせ、まず『シルヴィア』入場券に整理番号をスタンプしてもらいました。yちゃんを待ってるあいだに一階にある花屋さんとスワロフスキーの店をちらちら見て、ひさしぶりにネックレス買おうかなあ、無理に宝石じゃなくたってもっと懐に優しいのあるじゃん、と考えていました。キャンディカラーのガラスをいろいろ組み合わせた動きのある感じのとかも出てるし。

 昼はすぐ近くの沖縄料理店で。ランチをはじめたのが最近なのか、地下にあるから入りにくいのか、900円のランチ食べて200円のランチ値引き券をもらいました。こっちは得だけど。

『シルヴィア』は1963年に三十才で自殺した詩人シルヴィア・プラスの伝記的映画です。そのチラシを見るとピンクが基本カラーで、輝く金髪のグウィネス・パルトロウ扮するシルヴィアが夫のテッドに向かってほほえみかけているスウィートなイメージ。コピーは

ぼくは君を愛せていただろうか
  きみは純粋な少女のまま命を閉じた
  その美しい詩はいま光をたたえて人々を照らす

というものです。
 裏には”グウィネスが着こなす清楚な50年代ファッション”とか、おしゃれ感をかもしだそうとしています。チラシだけ読んでいると女・妻・母と詩人との折り合いに苦しみ、夫との関係に苦しみ、すこしずつ追い込まれていったのか? というイメージができると思うんですが、

 でもね、プラスの詩は美しいけれどもおそろしい美しさ、戦慄的というか痙攣的というか・・・・・・なんだよ〜!

 代表作のひとつ「父さん」Daddyのすべりだしは

"You do not do, you do not do
Any more, black shoe
In which I have lived like a foot
For thirty years, poor and white,
Barely daring to breathe or Achoo."
 あなたはだめ もう
 だめなの 黒い靴
 そのなかでわたしは三十年のあいだ
 足のように生きてきたあわれな青白い子、
 息もくしゃみする勇気もほとんどなく。

"Daddy, I have had to kill you.
You died before I had time---"
父さん、わたしはあなたを殺さなきゃならなかった、
そのときが来る前にあなたは死んでしまった。

・・・・
そして最後は
"Daddy, daddy, you bastard, I'm through."
 父さん、父さんあんたはろくでなし、わたしはやりとげたの。

 だもんね。ほかにも映画を見ていると作品の断片が引用されています。
 愛と生活と芸術に引き裂かれて・・・・・・というのは嘘じゃないと思うけど、テッドとの関係もものすごいスピードで始まり急速に深化し一緒に暮らしはじめテッドが出世し女たちの影がさらに濃くなりシルヴィアは焦燥し作品は認められず・・・・・・苦悩の日々。そこがあまりに強くて、そしてテッドと出会う前から自殺願望(自殺未遂もしている)を抱えていたシルヴィアがバランスを崩していく追い込まれていくのを見ていく胸苦しさは、あのチラシや宣伝とはかなりずれたものではないかと思いました。それは作品の罪ではないと思うけど売り方はどうかなあ。

 移動のついでにyちゃんが買い物。ハンカチとかお菓子を買うのにつきあいました。チョコ好きのyちゃんはとっくにチェック済みのイタリア直輸入のチョコレート屋さんBabboでプレミアムアイスクリーム(コーンに二フレーバー乗って700円くらい!)を食べました。ピスタチオとフィグ(ざくろ)。おいしかった〜、でもこの値段はどうかな。

 それから書店に寄り、買いそびれていた桑田乃梨子『豪放ライラック』1巻、東村アキコ『ゑびす銀座天国』(ヤングユー連載がコミックスにまとまった)、河惣益巳『風の城砦』2巻を買いました。

 そして中野へ。『オペラ座の怪人』の試写会です。なかのZEROホールは大きいなあ。
 さて、本年度アカデミー作品賞有力とか言われて絶賛だそうですがわたしはちょっと・・・・・・。というわけで、鑑賞を予定してらっしゃるかたはどうぞこちらで読むのをおやめください。一応反転します。

 ミュージカルを以前見たyちゃんによるとかなり同じ感じだそうで、この世界をすでに愛しどっぷりつかってるひとには
「あっあの歌、こういううたいかたもあるのか。いいな」とか、
「シャンデリア落下でほんとうに壊すって迫力」とか
そんな楽しみかたがあると思うのですが、それは映画そのものの力ではない気がしました。せっかく違うメディアにするんだから、そして独立した作品にするんだからそれだけで見ることができるのにしないと。
 あとでチラシやフライヤーを見ると、称賛のことばを寄せているひとびとはみんな
”あのミュージカルの世界がこんなにすばらしい映画に”
的、つまりすでにミュージカルが心のなかに刻まれているからこそ反応できるんじゃないかな、という感じ。

 もちろんくりかえされる音楽には力があったと思うし、美しいシーンもあるんだけど、なんというかとくに主人公の女性の気持ちが「どうしてそうなるの?」とか、「そういう気持ちならばちゃんと行動で示せばいいのに」という感じで。舞台だと演じる役者の肉体や声の存在がそういうことはかき消してただ楽しめばいい、ただ酔えばいいという境地にしてくれるかもしれないんだけどなあ。

 
 映画のあとは中野で軽くごはん。月曜・火曜日は日本酒が半額だというのでひさしぶりに久保田の萬寿を飲みました。今の好みだともっと辛口でもいいくらい、でも充実感ある華やかなお酒。
 帰宅は十一時半すぎでした。なんとか『風の城砦』は読んで寝ました。