キリ番狙ってる某所で、4747を踏みました。これでもいいかな・・・・・・。しなしな・・・・・・。mしゃんに話したら、 「しなしなしたのを描いていただけばいいのです!」と。 エロース漂うのをリクエストしたいのじゃよ! しなしなはきみんちのクロロじゃよ。
めでたく踏ませていただいた別の場所ではサイトマスターさまから「エロースも可」というメッセージをいただきました(と、日記を読んでわたしあてと勝手に確信)。 じつは昨夜など、四十八手説明サイトをぼんやり眺めて萌えな体位とか探していました、ただいま脳内ぴんく祭中のようです。メール書こ!
とてもお世話になっていた某サーチエンジンさまが「削除」されてから半月。悲しい気持ちで跡地? を再訪したら、管理人さまのメッセージがありました。サーバのメンテナンスによって情報が削除されてしまったとのこと、残念です。でも復活してくださるのかな? 信じて待ちます。 そして、こういうかたに日頃とてもお世話になっておきながらきちんとお礼を言うことがあまりにもすくないので思い立ってメールしました。
仕事の帰路、のりもののなかで聞こえてきた会話から。心理学の専門家のかたたちの話のようでした。
・「超高齢者」は八十歳〜 あるいは八十五歳から。まだはっきりとして線引きの合意はない。 ・「児童心理学」などを語るときには、発達障害などのないいわゆる「健常児」を基本にして考える。数としてこちらが優勢だし。超どころか超超高齢者(百歳越えとか)になると、数としては「健常」なかたのほうがすくないのだがやはりこちらを基準にして語る。 ・東京二十三区内だけでも百歳以上のかたは二千人はいる。百五歳以上となるとがくりと少なくなるが、この域に達するとすでに死亡率なども予測とは違ってくる。ここまで生き延びると「長持ちする」ようになる。
・阪神淡路大震災で家族をすべて亡くし、孤独になってしまった八十〜九十歳のお年寄りのケアを考えたときのこと。人生の最後にいたってこの悲劇に直面したかたたちはさぞ力を落し、生きる活力も失っているのではないかと専門家も考えていた。 しかし、そのかたたちに「人生でショックだったこと」などを答えてもらうと、この震災に言及するひとはほとんどいない。「戦争で夫が戦死したこと」や「こどものころ腸カタルで死にかけたこと」などの回答が目立つ。 これは専門家にとっても意外なことだった。 聞いてみると、「もうあの世とこの世をいったりきたりしてるみたいなもんだから」という返事があったり。 つまり、この年齢になるとすでに死生観がまったく違うものになっているのではないかと。
以上面白かったので、乗り物をおりてすぐに煩悩ノートにメモしてしまいました。 ついでに地下鉄のなかで考えたこと。
クラピカにとってはもちろんクルタ虐殺は衝撃であり、一生の方向性を決めてしまったできごと。推定十二歳だったし。クルタの家族のありかたなどはもちろんわからないのだけど、「仲間」を大切にする気持ちなどからある程度は現在のわたしたちと共通するものだと思える。
でもネテロ会長などどうなんだろう。 今回のミッションでは犠牲者が出ずにはすまされまい、ということだけど、たとえば自分以外のすべてのスタッフが死んだとしてもやはり「そうか」くらいのことなのかなあ。 いや、”じいさん”はそれこそ生涯現役だから、気のもちようも違うんだろうなあ。 コピー本の原稿はまだまだです。 でもネタはちょこちょこ。pさんも小ネタ連発でいくというお話でしたが、わたしも1ページ連作でいけたらいいな。クロクラ夫婦とこどものお話です。 先日入稿したオフセット本はできあがったそうです。印刷所から「イベント会場にはこういう送り状でだします」というファクスが届きました。
買った本:『のだめカンタービレ』9巻。全部kissで読んだつもりなんだけど、ちょこちょこ描きたしがあるみたい? 吉野朔実『お母さんは赤毛のアンが大好き』。本読みエッセイ漫画です。途中で「わたしはこの本を読破した」自慢についての話題があったんだけど。わたしの場合はなんなのかなあ。うーんうーん。専門以外で考えるべきでしょ?
候補 ・ネロ・ウルフものが好きになって、日本語訳されていない小説を特注したのみならず、『ネロ・ウルフの料理本』(作者が書いたのですが)も注文して読んだ←しかし拾い読み。 ・・・・・・弱い。 ・高校のときに『倉橋由美子 全作品』を読んだ。みんなで影響された。 でもたしか八冊だしなあ、程度の差はあるけどみんな面白かったからな。 他にも一応思い当たるものはあるのですが、なんかパンチが足りないな。
新入会員のfさんがお話を寄せてくださったので、くるたんを更新してきました!
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