『短篇ベストコレクション』を買いました。副題が「現代の小説2004」。まずは森岡浩之、石田衣良、江國香織の作品を読みました。江國さんはちゃんと読むのははじめてかもしれない(森岡さんは『星界の紋章』をすこし、石田さんは『エンジェル』)、「そこなう」というタイトルは表記も含めてうまいと思ったし途中でいいなと思う描写もあったのですが全体としてはちょっと波長が合わない感じ。もちろん短篇一本で判断するのは早計と思いますが。あっ、いや『きらきらひかる』を読んだことがあったっけか。
ですが今日ううーん。と唸ったのは、二月にスペインで買ってどどーんと船便で送っておいた荷物(しかも荷をほどかず放置してあった)からサルベージしてきたチェスワフ・ミウォシュの詩。ポーランドの詩人で、1980年にノーベル文学賞を受賞したそうです。 今まで彼の作品は放送大学テキストに引用されていた「世界の終わりの歌」というのしか読んだことがなくて、それがこう、世界が終わりでも鳥はさえずるし陽光はまぶしく・・・・・・要するになにひとつ日常から逸脱するものはなく、「世界の終わりはこんなもの」というリフレインが印象的でした。 第一連を引用します。
「世界が終わる日 野の花の上を蜜蜂が飛び交い 漁師の直す網がきらきら輝き 陽気なイルカが海に飛び込む 子雀は雨樋で遊び 蛇は蛇らしく金の皮をまとう」(沼野充義訳)
だから「もうそれが始まっているとは誰も信じられない」のです。
ほんとうはこの「世界の終わりの歌」が入ってる詩集ないかな(ポーランド語はとうてい読めないけど、スペイン語か英語で)と思って書店で聞いたところ、詩集は一冊しかなくて。で、入ってなくて。 一応買ったけどそのへんに箱ごところがしておいたのを、ちょっと読んでみようと思ったのでした。
で、”The World”というのがあって、短いし読んでみました。 「なにもかもが誤解だったように思える。 試運転にすぎないものが大まじめに取られてしまったのだ」
という始まり。 そして川も風も樹も本来の向きを失って逆走、老人はこどもに帰り死者は目覚める。
"Till everyting that happened has unhappened." 今日のフレーズはこれですね。 無理やり訳すと「起きてしまったことすべてが起きなかったことになるまで」かな。unhappenという、意味が空虚なはずの動詞がちゃんと活用されて過去分詞になって実体化する不気味さというか。
世界の終わりの日にどこかの海岸で出会うイメージというのを前から漠然と持っていて、あまりにも使い古しだろうけど書いてみたいような気もしていて。でも自分のなかになにかが蓄積していくまでしばらく待ってみようと思います。
|