昨日買った川崎洋『心に残る話しかた』を読了。といってもつまみ食い的な感じです。 「ことばは変身する」の項で知ったこと。
まあ、現在すでにルパン三世かレオリヲさんくらいしか使わないのでは? と思われる「カワイコちゃん」(という表記だった)ですが、もともとはデパートの女店員さんのあいだのことばで「愛くるしいオトナ」を指していたそうで、娘だけではなく「女性が若い男性をさして呼ぶのにも使っていた」とのこと。 自分では女性に関する表現という認識で、念のために検索などかけてみるとそれに加えてペットを「かわいこちゃん」よばわりしてるのを見つけました。 死語のかほりがするということであの人を考えましたがちょっと似合わない感じ。むしろウボォが鎖にぎりぎりやられて「こんなカワイコちゃんのどこにこんな馬鹿力が?」と思ったりするならいいなー。 しかし「愛くるしいオトナ」ってどんなんでしょうね。
・セクシー もともとフランスのジャーナリストたちが1920年代に使いはじめた。 当時は「知的で活動的な、新しい魅力を持った美しい女」を表現することばだったとか。これもちょっと意外。ただし、女性誌なんかでわざわざセクシーとだすときにはこんな感じを狙ってるようにも。
他にノオマトペ(擬音語・擬態語)のところで紹介されていたのが 「ンロック」。 これはシベリヤ北東端の小部族・チュクチ族のことばで、 「眼球がいったん外れて、また眼窩に入る音」 だそうです。・・・・・・みんな義眼なのか? と貧しい発想のわたしはつぶやくのでした。
その後すこし真剣に『指輪の文化史』を読みはじめました。紋章のこともちょっとでいいから調べないと。熊や獅子、鹿などを紋章に用いているのはよく見るけど、動物じゃなくて蜘蛛ってあるんでしょうか。うーん、「紋章 蜘蛛 中世」ではやけに江戸川乱歩の『蜘蛛男』がひっかかるなあ。手元にある『イメージ・シンボル事典』でも決定打はない。
ただし萌えなものを見つけました。
「(妨げられ、あるいは拒絶された)愛をあらわす。 The spider love which transubstantiates all And can convert manna to gall. あらゆるものを超実体化させ、天来の食物を胆汁に変えることのできる蜘蛛の愛(John Donn 「トウィックナムの庭」Twickenham Garden)」
「超実体化」と訳されているのは、「本質すら変容させる」という含みがある動詞。そしてmannaはマナだから神から与えられる福音の食物そのもの、それに対して胆汁は苦難や毒を表すのだから、真逆のものへと変えるほどの 魔力、破滅的な力を持つということなんですねえ。
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