ちょっとだるだる〜としています。 朝パソコンを起動していろいろ見てまわってて、旅行記用にpさんが書いた押しかけ妻のお悩み電話相談(仮題)に爆笑! いやもう、クロクラ的スペイン語会話はあるし純情犬によるmしゃん紹介文はあるしこれからあにおとと〜調教風味はあるし、pさんファンには絶対見逃せない一冊になること間違いなし! クロクラが許容できればですが。 そのpさんのサイトは明日で二周年、期間限定でお蔵だしされているお話がかなりの数です。ぜひこの機会にまたどうぞ。
ああ〜pさんやmしゃんの新作を誰よりもはやく読めて幸せなのだよ! とクロゾに語りかけつつわたしが何をしたかというと。
小川洋子『博士の愛した数式』を一気に読んでしまいました。すばらしかった。 ひとりでこどもを産み育てている家政婦の「私」の新しい派遣先は、杖をついた老婦人の家の離れ。そこには、自動車事故によって記憶を司る場所が損壊し、事故以降のことは80分ぶんの記憶しか保持しつづけていられない老境の小柄な男がいた。 老人−「博士」−は、数論専門のもと大学教師だった。80分しか記憶が続かない博士は、「私」が仕事のために家にやってくるたびに数字に関する質問をする。最初の日のはじめての質問は 「君の靴のサイズはいくつかね」 そして語り手が24だとこたえると、 「ほお、実に潔い数字だ。4の階乗だ」 と。続いて聞いたのは電話番号。その数にも博士は、即座に美しい数学的意味を口にする。
博士はとても慎み深く、自分を語ることばなどひとつも持っていないようなのに、愛する数学を語るときにほんとうに、たいせつに、畏敬をこめたうつくしい表現をします。 それは、頭がまっ平らなためからかわれるのがイヤで大好きなタイガースの帽子をかぶっていた10歳の「私」の息子に「ルート √」と呼んだエピソードからもうかがえます。
「これを使えば、無限の数字にも、目に見えない数字にも、ちゃんとした身分を与えることができる」 という、この小説の冒頭で博士がルートとの出会いのときに口にしたということばですでに”おっ”と手応えを感じていたわたしは、そこからもう一度、なぜ家政婦である語り手が職場に自分の子を連れて行くような羽目になったのか、そしてそれを強く望んだ博士とルートとの出会いがていねいに語り直されるところの√評で、もうぞくぞくするような嬉しさ、胸の熱さを感じて一気に読んでしまったのです。そのことば。 「君はルートだよ。どんな数字でも嫌がらず自分のなかにかくまってやる、実に寛大な記号、ルートだ」
わたしは数学とは、いや算数とはあまりにも関係が悪く、優等生だった小学生のころにも模試ですでに38点を取ったこともあったし高校では数学は最低レベルのクラスしかとってなかったのに再試赤点だったりしました。 でも、愛することばは同じだなあと。わたしがひとつの音の響き、連続する語句の美しさに(ごくたまに、ですが)ただ頭をたれて感じ入るしかないと思うことがあるように、博士にとって数学は驚異と真理となによりも美そして優雅さにあふれていて、そうした愛の対象を語りそれに身を捧げる姿がとても、とてもよかった。 記憶を失い、ただ数学と自分だけの世界にいた博士の世界は、でも、この話のなかですこしずつ変わっていくように見えます。そしてもちろん、「私」も、そして息子ルートもこの出会いを通して変わっていく。 買ってよかったなあ。読んでみてよかった。 完全数。友愛数。双子素数。 みんなはじめて聞いたけれど、とても響きもきれい。そして現象も、博士のことばを通すとほんとうにうつくしいと思ったのでした。
それでまた小説が読みたくなって、今度はシオドア・スタージョンの短編集『海を失った男』を手にとりました。ふたつ目に収録されている「ビアンカの手」もまた、戦慄がはしるような傑作だったな。
あとはまた写真集をちょっといじってみたり。 いただいたメールで、ご本人はイベントで、おねえさまは通販で同盟の本を買ってくださったというのがあってうわあああと思ったり(もったいなかったり、そしてなにより嬉しかったりです)。
雰囲気だけのぽえむ的SSでも、書いてみたらいいのかな? と思ってみたり。 4月の陛下お誕生日にはどんな話を書こうかな、レオクラはあの続きかなクロクラはどうしようどんな話かなと思ったり。ちゃんと書いてもいない長篇設定で書いてもいけないなあ、と思ったり。 で、ついでにウサギちゃんのロリエロ初体験のことを考えたりしておりました。
そんな感じで、今は充電中かも。
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