新譜が出ると買うアーティスト(って言いかた恥ずかしくない?)のは日本ではSpitz、オザケン(一応、そろそろシングルコレクションが出るというので書いときます)そして大槻ケンヂ関係。
オーケンは本も、文庫になってからだけどそれなりに買ってます。のほほん系エッセイも好きだけど『新興宗教オモイデ教』もせつなくて好きだー、タイトルも好きだー。 今日は『90くんところがったあの頃』を買いました。オーケンが1990年代を回顧するという内容。唯一当事者のひとりだったというバンドブームの話から、一家言あるUFOもの、格闘技ものなど。 読んでいるうちにむしょうに曲が聞きたくなって、まず最初に「君よ! 俺で変われ!」をかけました。今は「バラード禅問答」です。・・・・・・あら、検索かけてみたら今年全詩集なんていうのがでてるんですね。注文しよ。
音もそうだけど、日本語の場合にはわりと歌詞が気に入って集めることが多いです。上であげた3人(とは言わないけど)には一応わたし的共通点があって、それはえらそーに言うと「批評眼があること」。恋愛の絶頂のうたであっても先が透けてみえるようだったり、しかしそれをわかりつつも歌わずにいられないところ。単に陶酔没頭するんじゃなくて、それをどこかで冷静に見ている自分があって、しかしながらなおかつ虚無的になりきれないところです。
今ちょうど終わった「バラード禅問答」で、可愛い娘がいなくなってしまった(状況はわからない)夫婦が、かわりに少女人形を買って娘としてどこへでも連れ歩き、夜は三人なかよく寝ていると言ったあとで、
「・・・・・・ですが、本当は家内も私もわかっておるのです。 どんなに可愛くても人形は人形であり、血も肉もない ただの作り物だってことは」
と言う。こんな感じです。 それは自分のやっていることが狂気の沙汰だということは百も承知していながら、それでも「遍歴の騎士」を名乗って世直しの旅に出ずにいられなかった(とも解釈できる)ドン・キホーテにも通じるし、だいぶ離れてはいるけど妄想世界でとことん残酷なことを夢想していながら、最後には「・・・・・・なーんてね」とほほえむ岡本夢路(新井理恵『X−ペケ−』)にもどこかでつながってる気がします。
ところでその今日買ったオーケンの本でも萌えポイント発見! 極真空手の創始者・別名空手バカ一代の大山倍達と奥さまの話です。 奥さまの本名は昭子というのに、智弥子と名乗っています。それはマスオーヤマが 「今までに昭子という名前はいろんな男が読んでくからイヤだ! あなたはこれから私だけの智弥子です」と勝手に改名してしまったのだそうです。 どっかのひとが言い出しそうじゃないですか? でもどうせなら、「きみだけが呼ぶ名前をつけて・・・・・・」(←陶酔)のほうがいいかもーと思います。そして陛下に冷たい眼で見られます。で、「ゴキブリ」とか呼ばれても嬉しいのだろうか? チェホフは嬉しかったようですが、と書きかけて検索してみたけど出てこないなあ。ちがうロシア人文豪だったかなあ、恋人といろんなふうに呼びあってたのは。 とまあヨタ話はおいといて。 ・レオクラ館、更新しました! Chさんの連続ものの続きです。 ・『薔薇の被い』新版ができました。近く通販ページをアップデートします。
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