昨夜はあれから旅行打ち合わせチャットをして、ついでにあにおとと〜についてもちょっとスパーリング? して、就寝約5時でした。それにしても日の出は確実に遅くなっていますね。 で、このへんは嵐のような大雨が降ったりしたので猫とともにとことん眠くなり、半分くらいは寝て過ごしました。うとうとと萌え話を考えたりしつつ。オレぺのクロロンときたらなんか町のチンピラ、よくて暴走族の頭みたいな雰囲気・・・・・・うーん、どうよ。それから昨日のチャットを受けていろいろなホテルを検索したり。狙ったところが取れるといいなー。航空券もだいたいしぼりましたが、一応電話でこまかいことを聞いてから申し込みしようと思います。
この一年半ほどは引越などにかまけてあんまり旅行してませんでしたが、わたしは旅行のプランを練るのとか大好きです。といっても実際に現地に行くとけっこう行き当たりばったりなんだけど。とりあえず交通手段と宿泊地をさっさと決めるのが基本です。 もっと若かりしころにはヨーロッパで行き当たりばったり旅行もしましたが、実際に旅行にでてからホテル探しに時間をとられるのがもったいないと思うようになって。予算内でなるべくいいホテルを探すのも楽しみのひとつです。
雨も止んだ夕方からそれなりに元気になり、本を読んだり(数冊平行して、仕事用)、友人に録画してもらったきりになっていた「地球に好奇心」のサンティアーゴ・デ・クーバ(つまりキューバ)のカーニバルについてを見ました。カーニバルなのに7月? と思っていたら、キューバ革命と関係あるみたい。サンティアーゴ・デ・クーバはキューバ第二の都市で、1959年に成就したキューバ革命の端緒となった武装蜂起はここにある米国の基地襲撃でありました。 カーニバルのあいだ、33の地区からそれぞれ楽団が出てワザを競い合うというのがあって、そのうちふたつの地区の若者にとくに焦点をあてた作りでした。 カーニバルの前哨戦みたいなもので「インバシオン」(スペイン語で「侵略」)というのがあって、自分たちの音楽をもってどんどこ他の地区にでかけて演奏してしまうというものでした。最初はひとつの地区ではじめたものだけど、そのうち他も真似るようになり。 ということは、当然、町中で鉢合わせすることもあるのです。 ここではとても陽気に、大袈裟な振り付けなんかつけて「おまえらなんかでてけ」みたいな歌を交換しあってました。
そこで思いだしたのが、15年くらい前に行った秋田は花輪のお祭。 にいさんたちが地区ごとにあつらえた浴衣をりゅうと身につけて御輿を先導していくのですが、ここでもやっぱり街角で鉢合わせしたり。 ああ、そのとき無言で睨み合ったあの空気の鋭さ。ぞくぞくしました。先頭に立つ若者頭が顔もふれあんばかりに近づけて、殺気はそのままぼそぼそと交渉、どちらかが引くまでの緊迫感〜。 ついでに妄想しました! いや、もちろん当時の萌えキャラ絡みの妄想でしたが適当に手を入れることにします。
流星街は新興の地区、でも若い衆が多くてパワーがある。その若者会(花輪の場合は42歳の厄年まで)のトップがクロロン(と書いてすでに非常にこう、無理を・・・・・・感じております・・・・・・が続行)。御輿だってこの数年は怖いもの無し、必要ならば他の地区を蹴散らしております。いや、必要なくても楽しみでやるのか?
ところがこの年。 歴史あるお屋敷町だけど数年は若年層の減少もあって以前の光輝を失っていたヨークシン町(・・・・・・。)に、「盟主の孫が帰ってきた」と。金髪の。しなやかな。ほっそりと見えるけれど一歩も退かない気概を持った。高校生が・・・・・・!
ここでこのふたりはじつは以前から見知っていたとか(また図書館つながり?)、クロロンが一方的一目惚れで陛下を待ち伏せてちょっかいかけるとか、ロミジュリとかコレクターとかさまざま(というか実際はふたつ)の方向に妄想は分岐していくのでした。 身長も体格も年齢もちがうふたりが、息もまざりあうほどの近さでガンとばしあうの図を想像してくはーっときましたがな。
というわけで執筆はしてないんですが(すみません)、リハビリ中です。 オレぺ〜。 でもまた仕事にもどります。
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