度々旅
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旅先で現地の家族というものに触れると、いつも考えるのが、この家族が私を受け入れてくれるように、私の家族が彼らを受け入れることができるのだろうかということだ。そして、無理だな。。。と思う度に、悲しくなる。私の実家は、何かずれてしまっているような気がする。それが、なぜなのか、どうしたらそのずれはなくなるのかがわからないのが辛い。 祖父が先日倒れ、痴呆は悪化した。祖父を世話する父や母の姿を見ながら、彼らが今の祖父と同じ状態になることがいずれはやってくるのかもしれないと思うと、ぞっとする。それは、彼らの世話をしなければならないということではなく、彼らが祖父のような状態になる前に、私は何か彼らを喜ばせるようなことができるのであろうかという不安のようなものだ。 幼い頃の家族写真は、そのときにも何か家族の問題を抱えていたのかもしれないが、私の目にはズレが見えない。だから、もしかするとあの頃が一番父も母も幸せであったのかもしれないと感じてしまう。私が年を重ねれば重ねるほど、私の目に映る親の姿、特に母の姿は辛そうなものばかりだ。 そして、私自身は年を重ねれば重ねる程、ますます勝手になり、親に対して何らかの喜びを感じさせてあげられるような生き方からどんどん離れているような気がする。本当に申し訳ない。 祖父は、今88歳ではあるけれど、ここ10年は長生きしたことによって悲しみや苦しみばかり背負うはめになってしまった。私の両親が、同じようにこの先、そのようなものばかりになってしまうのではないかという不安で、時々どうしようもなくなる。 でも、親に対する不安や悲しみのようなこの何とも言えない気持ちは、結局のところ私が、自分で後で後悔したくないという、自分勝手な思いなのかもしれない。本当に彼らに笑顔を運ぼうと思ったら、簡単にできるのかもしれない。私が、私の勝手な生き方を前提に考えているから、何も方法が思いつかないだけなのかもしれない。そう思うと、ますますごめんなさいの言葉しかないのだけれど。。。
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