度々旅
INDEXpastwill


2002年12月15日(日) 祖父

 実家では、祖父の痴呆がますます進んでいる。悲しいけれど、現実。人は、ある日を境に、本当に壊れてしまう。

 祖母は、ある年の大晦日に、急におかしくなった。そして、祖母が亡くなって、一周忌をやった次の日に、祖父は表情がなくなった。それから、段々と痴呆はすすんでいる。暴れたり、徘徊したりということはないが、下の方は、そろそろ駄目だ。オムツをはかせないできた、母も、さすがに限界がきた。

 父の兄弟は、自分の親であるにも関わらず、母に面倒を任せっぱなしである。それでいて、「大変ですね。すごいですね。」という他人事のような言葉しか、母に向けない。決して、「ありがとう」という言葉を言わない。なぜだか、不思議でしょうがない。

 一度、父の弟の家に、祖父をあずけた時、祖父は、家を出て迷子になった。保護されたとき、母の名前ばかり言っていたという。祖父にとっては、息子の嫁である母が、一番の信頼できる人になっているのだ。その祖父は、弟の家からオムツをされて、実家に帰された。それ以来、母は祖父を父の兄弟へ預けることを拒否している。

 今CMで、頑張らない介護という言葉をよく耳にする。きっと、介護経験をしたことがある人ならば、涙が出るようなCMだ。母は、祖父を人として、世話をしてきたから、簡単にはオムツをすることが出来なかった。食事も、味などもうわからないだろうけれど、常に彩りを考え、栄養を考え、寂しいものにならないようにしてきた。祖父がもともとおしゃれだったこともあり、着替えをしっかりさせていた。

 愛情がある人ほど、かつての時の姿でいてほしい、壊れていても人なんだという思いがぬぐえず、介護は辛いものになってしまう。母は、頑張らなければという気持ちでやってきたわけではなく、祖父を愛していたから、オムツをできなかったし、汚い格好もさせれなかったし、食事もしっかりさせてきた。

 オムツをしても良いかなぁと、私に連絡してきたとき、きっと母は自分が祖父を投げ出してしまうというような気持ちになっていたのだと思う。でも、もうしょうがない。母が壊れてしまってはしょうがない。

 父は、父で、祖父が実際そこまで壊れてしまったことで、いらついている。今までは、母が父の兄弟に対して文句を言い、それをなだめていた父の余裕はなくなるだろう。寧ろ、いらつく父を母が支えなければならない。私は、一人逃げて、離れて暮らしていることを申し訳ないと思う。でも、またあのドロドロの中に入ってしまったら、母を支えることも出来ず、ただ、自分を守る発言しかできないような気もする。

 今までどうり、母の文句を電話で聞き、母をなだめ、父と母の間に入って、そのすれ違いを修復することしか、今の私には出来ない。


こげんき |MAILBBS

↑エンピツ投票ボタン
My追加