度々旅
INDEX|past|will
| 2002年12月02日(月) |
大きな利益・小さな被害 |
世の中には合理的に割り切れないことが多々ある。道路公団のニュースを見るたびに感じること。政治家が吠えている姿を見ると、どうせ自己利益のために反対しているのだろうと勝手に思ってしまうが、反対と唱える市民団体などは、決してそういうわけでもないだろう。少なくとも、金銭的な利益のために、反対しているわけではないだろう。
ロシアでテロがあった時のプーチンの決断に対して、ロシア国民は大方賛成であった。アメリカでテロが起きたとき、飛行機の一つがホワイトハウスに向かっているという情報が流れた。その時、政府はその民間機を打ち落とそうとしていたという話もある。イラクに関しては、アメリカは何度かフセイン暗殺に失敗している。
何かの重さと何かの重さを測るのは難しい。被害の大きさを比べて、決断をする。そこに犠牲が生まれる。道路や新幹線に関しては、殺人という直接的なことではないが、地元民や、公共事業から仕事をもらっている業者にとっては、大問題であって、数字で割り切れないものがある。
それぞれの個人は、やっぱり自分がかわいい。自己利益が一番大切に違いない。少なくとも、私は日本経済の危機といわれ、もう危ないんだと言われても実感はなく、自分に関わる税金が上がることに対し反対を唱えたく思う。しかし、自分が国の中枢に関わる人間だったり、それぞれの共同体で責任をとるべき立場の人間だったならばそれではいけない。割り切ることが必要だ。その時に考えるのは、その共同体の、最大の利益を念頭に置くのか、最小の被害を念頭に置くのか。どちらかだ。
さて、道路に関してのこと。この場合は、もう最大の利益を念頭に置いている場合ではないのではないだろうか。もう、最小の被害を考えて、これ以上被害を拡大しないことが一番なのではないだろうか。大きな利益を生むためには、つまり国全体に高速道路が通り、便利になるというのは、もう無理なのではないだろうか。大きな利益を生むためには、それなりの体力が必要だ。しかし、もうその体力はない。これ以上被害を増やさない。そういうネガティブな決断が求められるときがあっても良いのではなかろうか。
|