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白いパラソルの少女  2003年07月22日(火)


旅行先のホテルの部屋で読んだ新聞のコラム

「白いパラソルの少女」−



「人間は、他の人には想像が出来ないものを覚えている。」


映画「市民ケーン」の登場人物の男が語り、
彼自身の若い日を回想する場面。


『ニュージャージーへの通勤フェリーで、
すれちがった船に一人の少女を見た。
彼女は白いドレスで、白いパラソルを広げていた・・・。』


フェリーの少女は、彼を見ることさえなかった。
だから、彼女は彼の人生に何のかかわりももたなかった。
だが、この一瞬の記憶を、彼は生涯反芻したのだ。


男じゃなくても、女のわたしでも
この手の「永遠の少女」には魅かれるけど

わたしの疑問は、
なぜ「白いパラソルの少女」なのか?ということ。

「白」と「少女」という、汚れのない純粋な組み合わせが魅力なのかしら?


「少女」には、小さくて美しく可愛らしい、
そこにはまだ汚れていない、「永遠の純粋」があるから?

だとしたら、少女ではなく幼女のほうがもっと適してるんじゃないの?


わたしは自分に女の子ができたら、いつも白いドレスを着せていたい。
なぜなら、そこに、いまはもう戻ることができない、
幼女時代の汚れなき自分を投影したいから・・・


可能であれば、ずっとそのままお人形のようでいて、
大人になってほしくないけどそれは無理でしょうね・・・


思い出すのは、有名なジョンベネ事件。
リトルロイヤルといわれ、6歳の純粋な心をもち
大人の女性がもつ高貴な雰囲気と妖艶さをすでに持っていた彼女。
彼女こそ、人が憧憬する永遠の美少女だと思う。


でも、
少女や幼女といえど、油断は禁物・・・。


何にって?


そんな小さな子でも、いっぱしに恋愛対象になることかな。
子供だからって、大人の男の相手ができないかというと、そうではない。

わたしは、
彼女たちこそ、疲れた男たちを癒せる気がするのだけど・・・。


だって、
そんな彼女たちの「白」を受け入れられるのなら、

自分の汚れた「黒」を、
浄化できるのじゃないかと幻想できるでしょ・・・。






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読んでくださってありがとうございます


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