浪漫のカケラもありゃしねえっ!
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2006年10月08日(日) 鈴鹿

…鈴鹿は、不思議ワールドだったよ。

そこは、人々の集うお祭りの場。
地上に生まれた、異空間だ。

マン/マシン。
カーボンと金属と。

エンジンの轟く音。
咆哮どころではない。
これは、まるで絶叫だ。

血を吐くように叫びながら、地上を飛ぶ鳥。
大地を踏みしだき、地鳴りを呼び、駆け抜けていく竜。

その中で、ひときわ輝く。
赤いマシン。

逆バンク、S字。
飛ぶように駆け上がっていく、その鮮やかさ。

炎熱の大地を。
雨まじりの風の中を。

信じがたい速さで、タイムを縮めていった。

兄さんとマシンがひとつになった時。
その瞬間にだけ生まれる。
美しい、うつくしい生き物。

もう少し見ていたいと。
その美しさを、見つめていたいと。
そう思っていたけれど。

エンジンが耐えられなかった。

白煙を見た瞬間。
「いやー! やめてー! にいさーん!」
そう絶叫してしまった。

”やめて!”は、兄さんを襲った運命に対しての叫びだったのだろうな。
頭の中で、ポイント計算をしてしまう。

それからは、レースに、兄さんがいない、その空白を見つめていたよ。

兄さんに出会ってから。
何度も経験させられた、天国と地獄。

最後まで兄さんは、劇的過ぎるその姿を見せてくれるんだな。
なんとまあ。
その激烈さは、笑えてしまうくらいだよ。

ほんとに。なんという人なんだろう。
うん、笑うしかない。
そんな激しすぎる道を歩いてきた人なんだよな。
そんな人に惚れたんだから。

マシンを降り、ヘルメットをぬいで。
かつて見た中で、もっともおそろしい兄さんの形相を見た。

けれど。
ピットに戻ってきた時。
兄さんの顔は、とても、とても優しかったよ。

誰が悪いのでもない。
君達は、ベストをつくしてくれたと。
仲間をいたわり抱きしめる、兄さんの表情。

ああ。
そんな人だから。
心から愛することが出来たんだ。

最後まで、悔いがないよう、走らせてあげたかったなあ。

もう、彼が鈴鹿でレースをすることはない。
あれほどの速さを見せつけ。
人々を魅了しながら。

そう思うと。
涙がこぼれた。

悔しいよ。
哀しいよ。

負けてしまったことじゃない。
勝ったのが誰であろうと、関係ない。

どんな結果であろうと、最後まで走ってもらいたかったから。

たくさん泣いたよ。
サーキットで。
家路をたどる道の途中で。
何度も、何度も。

おそろしいほどの速さを見せていながら。
唐突に断ち切られたレース。
まるで、兄さんの引退の仕方のようじゃないか。

そう。
そう思って私は、笑うことが出来るんだけどね。

涙は、とめどなく流れるけれど。
サバサバと、今の気持ちは吹っ切れている。

うつくしい生き物。

これ以上に愛することの出来るドライバーには、もう出会うことはないのかもしれないけれど。

あの人と同じときを生き。
あの人に出会えた喜びがあるから。

あの人を、この目で見つめることが出来たから。


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