あたろーの日記
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旧暦9月10日。 仕事を終えてから、会社の仲間女性ばかり6人(!)で、銀座の百貨店へ。同じ会社仲間の女性の出産祝いを選びに。 いろいろ見て回った結果、双子の女の子なので、お揃いで色違いのふわふわマントを贈ることに決めた。今から2歳位まで着られるそうなので、子だくさんになりつつある家庭には重宝かな、と。 友達や妹の出産祝いを選ぶとなると、正直言って羨ましいなあという気持ちのほうが強いのだけど、ベビー用品フロアであれこれ見て回っているうちに、なんだかこちらまでホカホカしてきて楽しい気分になった。みんなであーだこーだ言いながら、双子の女の子が目の前にある服を着た姿を想像したりして、店員さんにアドバイスをもらい、綺麗に包装してもらい・・・。店内に、お宮参りに着ていくための服が飾られていて、それがまるでウェディングドレスのような形と素材で、3万円近くするもんだから驚いた。 そういうのを見ていてふと思った。こんな風に、産まれてきたことを祝福される赤ちゃんは幸せだなあって。自分もそう。赤ん坊の頃のアルバムをめくると、母の手編みのセーターや帽子、祖母の縫ったちゃんちゃんこを着て、父親の膝に抱かれていたり。自分がここまで成長できたのは、産まれてきたことを祝福してくれる周囲があったお陰でもあるんだなあと、今日改めて気がついた。友人の双子の赤ちゃん達も、お母さんの友達がわくわくしながら選んだマントに温かく包まれたり、両親はもちろん祖父母や周囲のいろんな人達の愛情を栄養にしてこれから育っていくんだよなあ。そう考えると、赤ちゃんへの贈り物を選ぶのは、結構責任重大かな、と。その子を取り巻く愛情の一部分を自分が担っていることにもなるので。できる限りの愛情を込めて品物を選びたいです。 祝福される赤ちゃんもいれば、そうでない赤ちゃんもいるわけで。。。百貨店の楽しげで明るいベビー用品売り場を見ていると、これを与えられて育つ赤ちゃん達は、世界中の赤ちゃん達の一体どれくらいの割合なんだろう、と疑問に思う。モノに限らず、周囲の人達の愛情を注がれて育つ赤ちゃん達は、一体どれくらいなんだろう。こんなに平和そうな日本でも、親からの虐待で不幸な目に遭う赤ちゃんについての報道が毎日のようにある。戦争、紛争、飢餓や貧困、不治の病の蔓延など、さまざまな状況下の国々で、祝福されるどころか産まれおちたところが地獄であったような境遇の赤ちゃんも多いだろうに。世の中はなんてバランスが悪いんだろう。。。 ホワイトバンドというのが一時期流行って、私もちょっとつけていた。でも汗っかきなので汗で手首がかゆくなってしまい、やめたけど。趣旨はすごくいいと思った。「ほっとけない、世界の貧しさ」でしょ。そういう認識、貧しく辛い生活を送っている人達が世界は大勢いるし、それを見て見ぬふりをするのはやめよう、っていう意識は大切だと思う。だけど、海外では分からないけど、日本のホワイトバンドプロジェクトは、今のところファッションとしてしか捉えられていないんじゃないか、という気がしてきた。白い腕輪は分かったけど、で、その後どうプロジェクトを進めていくの?という疑問。300円の腕輪代は、貧しい国々への寄付になるわけでもないし。とっかかりはいいんだけど、その後のアクションが全く見えてこないのは気のせい?有名人使って宣伝するのはいいけど、いい加減次のステップに行こうよ、と言いたい。そうしないと、完全に一過性のブームで終わる可能性大。
手前味噌で悪いのですが、私も自分の日常生活の中で、何かできるかなあと考えた結果、食べ物を買うときは、コンビニのレジに置いてある募金箱に、1円でも5円でも10円でも入れることにしています。今後自分が参加できることがあったら、なるべくやってみたいです。 それから、今日ふと思ったのですが、例えば恵まれた国々でベビー服を買ったらその代金の一部が恵まれない国々の赤ちゃんのために利用されるとか、豊かな国で結婚式やお祝い事があったときはセレモニーの費用の一部が貧しい国々の何かに役立つとか・・・世界のどこかで幸せなことがあったら、辛い思いをしている人達へその幸せの一部でも回っていくような仕組みができないかなあなんて・・・。 そういうのは無理ですよね・・・。
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