あたろーの日記
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2005年09月28日(水) 尾瀬日記4

 旧暦8月25日。
 続きます尾瀬に行った話。
 
 龍宮小屋に戻って、夕方5時半から夕食。福島のご夫婦とテーブルご一緒させてもらい、歓談しながら食べる。みんな席に着く前にフロントで缶ビールを買ってきているので、私も真似をする。350mlのラガーが400円だけど、ボッカさんが苦労して運んできてくれているのだから、高くて当たり前、山で冷えたビールなんて贅沢の極み。料理はごく普通の和食。焼き魚やひじきの煮物など。とりたててご馳走というわけでもないけど、ほんとうに美味しかった。山で食べるものはなんでも美味しいと思った。
 食事を終えて部屋に戻る。4畳半には大勢で来ている写真サークルの中の、私と同世代の女性2人と私の3人。他の部屋はもっと大きくて、もっと人数も多い。同室の女性に、明日は皆さんと同じに起きたいのですが何時に起きるんですか、と軽い気持ちで聞いたのだけど、私たちは何度もここに来ていていつも4時には起きるから無理よ、と、何故かギスギスした口調で言われる。写真の話をちょっとしたかったのだけど、つっけんどんな答えしか返ってこなかったので、なんかかちんと来て、こんなところまで来て気を遣うこたないや、と、部屋を出て、山小屋のサンダルを借り、外の空気を吸いに行く。
 小屋の前のベンチで2人ばかり座って話し込んでいる他は、誰も外にはいない。木道をちょっと進んで、立ち止まり、思わず息を呑んだ。
 辺りは真っ暗闇。
 ほんとうに、真っ暗闇の闇。
 こういうの、言葉でなんて表現したらいいんだろう、と考えたのだけど思いつかない。真っ黒な絵の具で全てをべったり塗りつぶしたような・・・真っ黒な暗幕を空から四方八方に吊り下げたような・・・この湿原にある人工の建物も木道も人間も勿論、山も木も草も、生あるもの全てが飲み込まれてしまったような漆黒の闇の世界に、自分も立ちつくしているんだという不思議な感覚。おそらく電気のない昔は、人が眠りについたらどこもこんな風に真っ暗になったんだろうけど、現代では、特に都会に住んでいたら、人の視覚を完全に奪うような真っ暗闇は経験できない。小屋のはるか前方にそびえる至仏山もどこにあるのかさえ分からない。シルエットさえ浮かんでいない。パレットの上に黒い絵の具をぐにゃっと置いて、その中に米粒大になった自分が潜り込んでしまったような、恐ろしくて不思議で幻想的で何故か離れがたい気がした。それで、1時間以上、小屋の前の木道の端っこに立ちつくしたり、ベンチに座ってみたり寝ころんでみたりして、昼間とは全く違う湿原の夜の顔を楽しんでいた。ちょっと油断すると、目の前の草むらから何か得体の知れないものが自分を闇の中に引き摺り込んでしまいそうで、少し怖かった。
 もし、尾瀬に行くことがあったら、ぜひ、湿原の闇夜も味わってみてください。勿論危ないから、うろうろ出歩かない程度に、ちょっとだけ、湿原の入り口に立つか、山小屋の窓から覗いて、全くなんにも見えない真っ暗闇をぜひ経験してみてください。月のない夜なら、闇が自分のほうへどんどん迫ってくる、これがほんとうの夜なんだ、と、私の場合少し世界観が変わったかも。。。
 夜8時、部屋に戻り、同室の人達が明日の準備をしている間に、お先に、と、眠りにつく。夜行電車でほとんど寝てない上に登山の疲れですぐに爆睡。普段ならまだ会社で仕事している時間だよなあと思うと、嬉しくてどきどきしてしまった。
 
 翌朝は4時に携帯電話の目覚ましを掛けていたのだけど、それより前、3時40分位に目が覚める。寝ている2人を起こさないように、暗闇の中手探りで布団をたたみ、カメラを持ってそっと玄関に下りていく。階下ではリュックを担いでヘッドランプを付けた単独の男性が1人2人と、靴紐をしばり終えて小屋を出て行くところだった。カラカラと熊除けの鈴音をさせて、まだ真っ暗な湿原の中にヘッドランプの明かりが吸い込まれて行く。それぞれ思い思いのポイントに暗いうちから辿り着いて、きっと三脚を立てて夜明けを待つんだと思う。まだ4時。日の出までにはまだまだ間があるけど、もう一眠りする気にもなれないし、前夜の真っ暗闇の感動がまだ消えていないので、私も靴ひもをぎゅっと締めて、そろりそろりと木道を歩き出す。
 まだ空気はさほど冷たくない。夜明け直前になるとぐんと一気に冷えるだろうから、一応フリースなどを着込んで。木道から足を踏み外さないように、ゆっくり歩を進める。前方には先に発って行った人達のライトが、霧を照らしながら揺れている。みんな足が速くて、どんどん遠ざかっていく。しばらく歩いて、途中のベンチでぼけーっと座る。少しずつ暗闇が柔らかく変化し始めて、後方の小屋の戸がガラガラ開く音とか、人の話し声とかも聞こえ始める。
 
 しばらくベンチに座って夜明け前の空気を楽しんでいたけど、写真サークルの人達が近くまで来て賑やかになってしまったので、もっと静けさを求めて場所を替えた。木道の上に座り込んで、うっすらと姿を現し始めた目の前の小さな地塘から、カラカラ・・・という鳴き声が時々聞こえるので耳をすます。なんだろう?カジカのような、もしかしたら、サンショウウオの鳴き声なのかな?ポッチャンと何かが跳ねる音。目の前50mほど先の草むらに、どうやら鳥の巣があるらしく、ギャーッとけたたましく鳴きながらバサバサ羽音を立てる。時には辺りをザアッと飛び回っては戻っていくようで、まだ明るくなるには間があるので、それがどういう鳥なのか見えない私はちょっと怖かった。湿原の夜も夜明け前も、どうやら人間の領域ではないらしく、むしろ人間は完全によそ者で、そこをねぐらとする野生の生き物たちの世界で、そこに迷い込んでしまった私は心細い立場にあるんじゃないか、という気がした。今は人間である自分と、薄暗がりの中で鳴き声を上げながら飛び回る姿の見えない鳥との立場が昼間と逆転している。人間なんて、自然の中にぽんと放り投げられたら、それこそまったく頼りない存在なんだとあらためて感じたし、目に見えるものだけがそこにある、と認識したがる人間の傲慢さも、自分の中に感じて反省した。

 次第に周囲が明るくなり、湿原が人間の眼に見える形で姿を現すと、空にはどんよりとした雲が覆い被さっているのが分かった。さすがに、台風が近づいているらしいし、今日は天気良くないな、と、覚悟。むしろ昨日の快晴が儲けものだったのだから、上々かな、と納得した。
 写真3点はどれもデジカメで撮影したもの、夜明けの風景です。夜が明けていく時の木道は、この道の先に何があるんだろう、と不思議な想像に誘うような、素敵な光景でした。
 また書きすぎてしまいました。。。どうも書き始めるとつらつらと。
 明日で最後にしますね(^^;)
 
 


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