あたろーの日記
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2005年08月30日(火) 『ライフ・レッスン』

 旧暦7月26日。
 残業を終えて、遅くなってしまった地下鉄の乗換駅で、電車が到着しないので文庫本を読みながらゆっくり歩いていたら、いきなり後ろから知らない男性に背中をぽんっと叩かれ、「面白いかね」と言われた。てっきり会社の人かと思って挨拶しかけたのだけど、ぜんぜん違って、ぽかんとしている私をちらっと振り向き、にやっとして、相手はすたすた追い越していった。なんだよ酔っぱらい。
 読んでいるのは、先日買ったばかりの、『ライフ・レッスン』(エリザベス・キュープラー・ロス/デーヴィッド・ケスラー共著 角川文庫)です。E・K・ロスは終末期医療に携わり、多くの人々の死を見つめてきた精神科医で、生と死についての著作が何冊かある。『ライフ・レッスン』という書名がなんだか抵抗あるのだけど、著者が好きなので読み始めた。・・・1ページ1ページに、胸にずしりと来る文章がある。あまりにも多くの貴重な示唆に突き当たる。2回目は赤ペンを持って読もう。おそらくどのページにもぎっしり線を引いてしまうだろう。この本にどんなことが書かれているか、簡単に説明するのは難しいです。ただひとつ言えるのは、なにか悩みのある人ならば(悩みのない人なんているんだろうか)、この本によって癒され、心洗われ、気づかされ、或いは深い穴から拾い上げられるような経験をするんじゃないか、ということです。どんな人の人生も、かけがえのないものであるということ。当たり前なのに、それこそシンプルな真実なのに、どうして私たちはいろんなことに翻弄されて生きているんだろう。
 
 会社での自分の評価が気になりはする。現場を見て知っていたら、そんな言葉はとても吐けないだろう、と、お偉方に反感を持つ。こんなに残業して、あたふた締め切りに追われて仕事しても、結果としての数字がおかしければ全て私の責任になる。私がいい加減であると言われる。社会人なのだからそれが当然とは分かっていても、毎日結構追いつめられた気分で仕事をしている自分としては、悲しくて悔しい。確かに捌けない仕事も多くて自分でもいい加減にしてしまっているのを認識している部分も多いけど、重要度緊急度の高い順に仕事を片づけていくと、どうしてもいい加減になってしまう箇所も出てくる。だから、紙の上の結果だけを見てああだこうだ言われるのは納得がいかない・・・。納得がいかない一方で、やっぱり私って・・・と、自分の能力のなさに落ち込んでしまう。
 とはいうものの。
 しょせんは、他人の評価なんて、気にしてはいけないんだと自分に言い聞かせる。自分のことは自分が一番よく知っている。自分がどういう毎日を送っているか、自分がどういう人間なのかを、他人に無理に分からせる必要なんてないし、自分のことをよく知らない他人からの評価にいちいち悩む必要なんてないんだと思う。自分のことを理解して共感してくれる人、気が合う人がいるというのは幸せなことだし、そういう人達との関係を大切にしていきたい。いっぽうで、自分に低い点しかくれない人達との関係も、同じように大切にしなければ、と思う。一見うまくいかないような人間関係の中からも、学ぶべきことはきっとあるのだから。そういう意味でも、他人の評価を気にせず、自分という人間が唯一無二の存在であるという当たり前のことを忘れないこと・・・その上で、どんな人間関係の中でも、一瞬一瞬を大切にしていこう、と思います。時々、腹が立ったり悲しくなったり、とにかくしんどいっていうこともあるけど。
 自分の好きな人であっても、毎日ただすれ違う人であっても、なかなかうまくいきそうにない関係の人であっても、自分のことをこう思ってもらいたい、好きになって欲しい、という気持ちで接するのはやめたい。ありのままの私でいいじゃないか、と思う。私は唯一無二です、だから自分のことも尊重するし、同じように唯一無二のあなたの存在も尊重します、でいいかな、と思う。
 『ライフ・レッスン』を読んでいると、自分がこれまでの三十数年間であちこち壁にぶつかりながら悩んで学んできたことについて、力強いフォローと気づきを与えられる。
 


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