あたろーの日記
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2005年07月11日(月) あわせる顔がない

 旧暦6月6日。
 久しぶりに自転車で通勤。身体が重くて重くて。朝は汗だくになって会社に駆け込みました。お恥ずかしい。会社のエレベータの中で、1人だけハアハア息切らして、真っ赤な顔して、汗だくで、でっかいリュック抱えているの。絶対怪しい奴と思われてる。で、汗が引いたら医務室かトイレで着替えている。これも怪しいと思われているに違いない。
 今夜は残業も早めに切り上げて、自転車でのんびり帰った。坂道が嫌なのでいつものルートを外れて新しい道を開拓すべく脇道に。が、迷う。地図持ってこなかった。迷う迷う。でも、迷うのちょっとだけ好きだ。迷うと言っても自分が普段使っている2つのルートの間の地域でせっせと迷っているのだから、まあまだ気楽。いつかはお馴染みのルートのどちらかにたどり着くわけだから。だいたい、方向音痴だ。そのくせうろうろするのが好きだから困ったもんだ。だけど、同じ地域で何回か迷うと、いつの間にか道を身体で覚え込んでしまう。「あ、ここはいつか迷った時立ち止まった交差点だ」とか、「なるほど、この道はここに繋がってのか」など、自分の記憶と会話しながら行くのであります。
 でも今夜は迷っている最中に小雨がぱらついてきて焦りました。

 帰宅したら、学生時代からの友人から葉書が届いていた。転職の挨拶。彼も相変わらず頑張っているんだなあ、と、嬉しくなると同時に自分はどうなんだ、と、我が身を振り返る・・・・・。
 学生時代は同級生で授業や研究会の合宿で何度か一緒になり、意見がぶつかったこともある。グループで飲んだりしたこともあるけれど、学生時代よりむしろ卒業後のほうが飲む機会が増えた相手だ。ふとしたことからお互いのやりたい仕事が同じ方向であると知り、20代の頃は一晩中飲みながら夢を語り合ったり、電話で激励し合ったりしたことも幾度かあった。お互い恋愛感情抜きで、男であるとか女であるとか、そういう面倒くさい関係も抜きで、ただ純粋に夢について話し合うことが出来る相手だ。20代終わり頃から、互いに恋人がいたり忙しかったりで疎遠になっても、時たま来る葉書や年賀状などで、相変わらずだなあ、と状況を知る。学生時代からの女友達は結婚や出産を経てどんどん変わっていく。会えば昔と変わらない部分も多くあるのだろうけど、何せみんな子供中心の生活を送っているし、私がみんなの話題(子育てや家族の話)についていけないのも事実。一抹の寂しさもある。だから、自分と同じように変わらない部分を持ち続けている友人がいることが心強い。相変わらず夢にしがみついている仲間がいるっていうのは、嬉しいと思った。ただ、彼は何回も転職をしているけれど、どれも自分のやりたい仕事、夢に関わる仕事であるという点が私とぜんぜん違う。どんな苦労があっても、その分野の仕事にしがみついて、日陰の時もじっと耐えつつ、目標を設定しながら着実に前に進んでいる。日々の仕事にすら愚痴を言って、忙しいのを口実に、毎日コツコツ努力することを怠っている私は恥ずかしい。
 葉書には、ちょっとちくんとくる一文が書かれてあった。あー、やっぱり彼は私が夢の途中でサボっているって、ちゃんと知ってるんだな。30代半ばというのは、純粋にやりたいことだけやって生きていくのは難しいとさんざん思い知らされている年代。それを知っているから、それでも、と、釘を刺してきたんだと思う。ほんと、恥ずかしくて会わせる顔がない。
 自分に納得のいく状況を作り出すまで、彼とは会わないでおこう。とてもとても、今の自分では会いたくない。

 ところで、話がぶっとびますが、再びしつこく、「備えあれば憂いなし」です。いつ起こるか分からない大地の揺れに備えて、時々は思い出して非常持ち出し袋とか家具の点検を、と思います。かく言う私は、非常持ち出しリュックの中に入れておいたカロリーメイトやようかんをどんどん食べてしまって、食糧がなくなってしまったので、買い足しました(笑)


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