あたろーの日記
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旧暦9月24日。 だいぶ前にこの日記に書いたのですが、とても気に入ってもう何年も愛用しているPILOTの製図用シャープペンシルがとっくの昔に廃番になってしまい、同じような細さ、軽さ、使い心地のシャープペンシルを見つけてこれもかなり気に入って使っていたのですが、こちらももう店頭では見かけなくなってきました。 LYRAのシャープペンシル、私が気に入って使っているのは茶色い軸の、0.9ミリのものです。先日、新宿の画材屋世界堂に、他のアイテムを買いに行った時、製図用品のコーナーも一応チェックしてみたところ、以前はあったはずの、この茶色い0.9ミリがないので、嫌な予感がして店員さんに訪ねたところ、やはり、廃番になってしまったとのこと。がーん。ショック大きいです。同じメーカー、LYRAの、青軸0.7ミリ、赤軸0.5ミリはちゃんとありました。けど、もしかしたら、この2種類も、近々無くなってしまう可能性がないとも言い切れない、と言われました。 私の手は小学生並に小さいのです。なので、太かったり重かったりする筆記具は手が疲れてしまうのです。また筆圧も高いので、逆に軽すぎるものだと、余計な力が入りすぎてしまい、すぐ芯を折ってしまうのです。 写真は左から、もう何年も愛用中のPILOTの0.7ミリ、真ん中がLYRAの0.7ミリ、同じく0.9ミリ。真ん中の青い0.7ミリは、先日世界堂で、茶色い0.9ミリが廃番になったと聞いて、失意のままに購入したものです。もしかしたら、この青い0,7ミリも、そのうちなくなっちゃうんじゃないかと心配して。。 職場でも自宅でも、毎日のようにパソコンのキーボード叩いているけれど、これは「書く」という行為とは言えない、とかたくなに考えています。今時そんなこと言ってるなんて時代遅れだ、と言われるかもしれないのですが、自分の場合、「書く=手で思考する」ということではないか、と思うのです。キーボードで文字を入力しながらでも勿論考えるけれど、それと手書きを比べると、やっぱり違うんじゃないかなあ、って気がします。上手く言えないんですが、例えば漢字を書きながらその漢字の成り立ちとか意味とかは意識しなくても指先と視覚で頭の中に入ってくるし、感じ取れるし、ひらがなの柔らかさとか、そういうのを指先で生み出しながら、その紙の上に書かれた文字が今度は頭の中に駆けめぐっていき、次の文字へイメージをつなげたり、或いは文章のリズムを作り出したり、と、まだまだいろいろ出てきそうですが、とにかく手書きには手書きにしかない良さがあるんじゃないかと思うのです。あと、文字の形それぞれが持つ感触、これは大切だと思う。 何を言いたいのかどんどん横道に。。すいません。というわけで、手書きも大切にしています。鉛筆とか原稿用紙とか、手帳とか、ノート、大好きです。で、外出の時などは、さきほどのシャープペンシル。手のひらサイズの手帳のリングに入れて持ち歩いたり、読みかけの本の余白に書き込みしたり、何かと手放せない存在になっているのが写真のシリーズです。0.9ミリは筆圧高くて字も大きい私には結構合ってます。あと、ミニクロッキー帳も持ち歩いているので、ちょっとしたスケッチにも使います。あ、それで、何が言いたいかっていうと、こういう、シンプルでオーソドックスな筆記具が廃番になるとほんと悲しいです。値段は500円前後、シンプルすぎてなんの変哲もないように見えるけど、自然に手にマッチして字を書くということを苦痛にさせないって、大切ですよね。今文具店にはいろんな筆記具が並んでいるけれど、機能とか目新しさよりも、こういうフツーで長持ちするアイテムを長く作って欲しいなあって思っちゃったりします。 串田孫一氏の『文房具56話』(ちくま文庫)にこういう文章がありました。 ・・・と同時に物は豊富でありながら、本当に欲しいものの買えない時代だとも思う。
あーまさに同感です。
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