あたろーの日記
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2004年04月29日(木) 霊巌島と佃島

 旧暦3月11日。
 小唄のお師匠さん出演の演奏会を聴きに茅場町まで。私は唄も三味線もまったく上達しない不肖の弟子なんですが、もっと練習しなければ、とえらく反省しました。小唄を習い始めたばかりの頃は、歌詞がちょっと艶っぽいのとテンポが身体になじんでないのとでとまどったのですが、最近、小唄の歌詞の面白さに目覚めつつあります。今日はいろんな会派の方々の演奏を聴きながら、目をつむり、歌詞から浮かぶ情景を頭の中で楽しんでました。どっちかというと、色恋が中心の歌詞より、隅田川とか浅草とか佃島とか上野とか、土地の風物が出てくる歌詞のほうが好きです。
 自転車で来ていたので、会場から出たらその足で永代通りを霊巌島まで行きました。霊巌島というのは今の中央区新川にあたる地区で、今は深川にある霊巌寺はもとは霊巌島にあったそうです。霊巌島から望む永代橋。文化4年(1807)8月19日、富岡八幡宮の祭礼見物に集まった人々の重みで崩壊し、900人以上もの溺死者を出した橋です。今はドイツのライン川に架かるレマーゲン鉄道橋がモデルという美しい青い橋に変わっています。あ、隣の写真は霊巌島の猫その1です。

 隅田川べりを走っていくと、東京湾に浮かぶ佃島が正面に見えてきます。江戸時代に漁師が網を引き漁をしたという面影はどこへ行ったのか、今はリバーシティ21と名付けられた再開発のもと、近未来的な高層ビル群が海の上に林立しています。作家の池波正太郎氏が存命の時は、この佃島の再開発はまだ始まっていなかったようです。「江戸切絵図散歩」(新潮文庫)には、近い将来始まるリバーシティ21という再開発のもとに、佃島から失われていくものに対する危惧の思いが書かれています。池波氏のかつて見た佃島の遠景は今はもうない。私が見ることの出来るのは、突如として海の上に浮かぶ未来の水上都市のような佃島。でも、その変わり果てた佃島も不思議と魅力的だと思いました。もちろん、再開発の名の下に奪われてしまったかつての古き良き佃島、漁師の漁(すなどり)せるのどかな佃島の面影を見ることが出来ないのは残念だけど。。。古い時代の土地の記憶に想いを馳せる自分と、現代的、未来的な建築群に圧倒される自分の両方がいるんですね。古いもの礼賛のつもりなのに、新しいものにも惹かれるのって矛盾してるんですが。。

霊巌島の猫その2・・・なんですが、お尻だけです、すいません。本人(猫)は隠れたつもりらしいんですが、ばればれだよ。まったくお茶目なんだ。この茶トラは直前まで私の足元にすり寄ってきてくっついて離れなかったのだけど、自転車引っ張って歩き出したらご覧の通り逃げ込んだのです。が、このありさま。ちなみに、霊巌島の猫たちは、首輪をしているからノラではなさそうなのだけど、みな毛がばさばさしてて身体が薄汚れていました。なんでかな。潮風のせいかな。でもどの猫もふてぶてしそうで可愛かったです。猫の隣は、霊巌島から佃島に渡る中央大橋の橋脚上に立つパリから寄贈されたブロンズ像「メッセンジャー」です。永代橋のほうを向いています。
 今日は快晴で、走っていてとても気持ちが良かったです。


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