あたろーの日記
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| 2004年01月10日(土) |
イラクでの自衛隊活動の報道規制 |
イラクでの自衛隊活動の報道自粛の要請。 報道の自由と引き換えに隊員の命が失われるようなことがあってはならない、というのは理解できるけれど、これではまるで、復興支援でなくて、なにかの軍事作戦を遂行するために行くみたいだ。自衛隊が派遣される予定のサマワは、公明党の神崎代表がいい加減な視察をして小泉首相に「比較的安定」と伝えたのとは違って、報道態勢に神経を尖らせるほど危険な土地のようだ。
私の拙い頭では、民主主義と平和の最後の砦は、言論と報道の自由だと認識している。それに、今回の自衛隊のイラク派遣は、多くの国民が反対しているにもかかわらず強行される。多くの税金も投入される。憲法第九条との兼ね合いも含め、「平和国家」日本のこれからを考えていく上で、直視して真剣に考えていかねばならない問題だと思う。現場で何が起こっているのか、何が行われているのか、自分達の税金で自分の国の自衛隊がどのようなことに関わっているのか、国民には当然知る権利がある。防衛庁のホームページで情報を公開しますと言われても、隠蔽と詭弁と混乱に満ちた政府の対応を見ていると、果たして事実をどこまで公開してくれるのか分かったものじゃない。そもそも、そんなのは報道ではない。さまざまなメディアがいろんな方面からいろんな視点で取材し、情報を提供し、問題を提起していくべきであって、それを規制しようとする今回のイラク派遣報道自粛要請は、政府の姿勢としてなにか重要なものが欠けているような気がしてならない。 確かに、過去に、例えばペルーの日本人大使公邸人質事件や北朝鮮拉致問題などで、取材・報道する側の勝手で行き過ぎた行動が問題となったことはある。今回の報道自粛要請は、そういう過去も踏まえて、自衛隊から1人の犠牲者も出してはならないという意識の現れであると思うけれど、マスメディアとその情報を受け取る側の国民を全く信用していないどころか、軽んじている姿勢も見え隠れしている。 今回の自衛隊イラク派遣は国内での十分な論議も持たないまま実行される。政府の期待した通りの結果が出れば、これが先例となってまた次の機会が発生したときも自衛隊は派遣されることになる。報道規制も、今回が先例となって、次回の自衛隊派遣の際も適用される。そんなことを繰り返していくうちに、いつしか日本は、自国の軍隊が外で何をやっているか国民に正しく知らされていない国になっていく。大げさではない。
このところ、危機管理や国際社会との協調などを名目に、日本が戦前の姿に逆戻りしようとしているような気がしてならない。国民の意識と、政府の意識が、逆方向に大きくずれ始めているような気がする。小泉首相はそれを分かっているのだろうか、分かっていながら詭弁を繰り返し、平和への道からフィードバックさせているのだろうか。・・・8月15日は内外からの批判が多いからと言って元旦に靖国参拝を行ったことは、その象徴であるように思われる。私の感覚では、初詣に靖国神社に行くほうが強い意思を表しているような気がする。小泉首相の言葉に現れない部分でそのような思いがあるとすれば、あまりにも国民や周辺諸国を馬鹿にしている。イラクへの自衛隊派遣も、それに関わる報道についての問題も、そうした意図と全く無関係ではないと思う。。。
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