あたろーの日記
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2003年08月12日(火) 心の中の風景

 昨年佐渡へ初めて観光に行った方が、佐渡の海では魚のすぐそばを泳げるんだと嬉しそうに話していた。
 そー言われてみると、佐渡の海岸線は岩場が多いから、魚たちもあちこちに潜んでいて、その岩の間を縫うようにして魚と一緒に泳いだりするのが佐渡風なのかも。もちろん砂浜も少しはあるけど、多いのは断然岩場と石ころの浜。そのせいか、海が澄んでいて、コバルトブルーや藍色の世界が陸のすぐそばに迫ってきている。深くて冷たい水だ。
 子供の頃、毎年夏休みになると何週間も子供だけで佐渡の祖父母の家に泊まりに行った。父の実家は両津の海岸沿いにあり、家のすぐ裏が海。いとこが呼びに来ると、水着着て浮き輪持って祖母のぞうり履いて家を飛び出し、そのままどっぼーん。お腹がすくと昼食食べに戻って、昼寝して、しばらくしてむっくり起き上がってまた海にどっぼーん。
 泳いでいる間に新潟港を出て両津にやってきたカーフェリーや貨物船がそばの港に近づいてくると、辺りの海岸の波も急に荒くなる。そういう時は浮き輪の輪っかにお尻だけつっこんで、リクライニングシートみたいに座って顔を太陽に照らしてぷかぷか浮いて波に乗って遊ぶ。ゆらゆら気持ちいい。
 岩場で泳いでいると、ときどき長細い海蛇がにょろにょろと登場したりして、さすがに怖くなってじたばた逃げる。磯巾着やヤドカリにいたずらしたり、蟹を捕まえたり、テトラポットの上のフナ虫(これも嫌いだった)から逃げ回ったり。
 思い返すと、今の都会生活に慣れきってしまった私にも、あんな時代があったんだと、ふとしみじみしてしまう。
 父母の両親達もすべてこの世を去り、父の実家も取り壊し、親戚は沢山いるけれど、もう、「ばあちゃん着いたよ!」と運動靴を放り投げて駆け込む家はない。
 さんざん遊んだ石ころの海岸も、その隣の岩場も、海岸線が岸に迫ったお陰でかなり狭くなってしまった。
 
 どうかその風景が永遠に変わらないで欲しいと思うのは、離れて都会に暮らす者のわがままなんだろうか。田舎の風景だけはそのままにして欲しいと願うのは、ただ単に自分の中にあるふるさとを守りたいからだけなんだろうか。
 今年の夏は帰れなくなってしまったけれど、また、日本中の田舎に帰っていく人達の群れが、駅のホームや空港や、高速道路のゲートにあふれ始める。
 懐かしい顔に会いに行く夏。
 心の中の風景を、確認しに行く季節。


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