timakiの日記
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2004年01月02日(金) 人の生死

友人の許可を得て書いています。

友人にきいあ君という、私のリンクにも載っている男の子がいます。
http://www.pure.cc/~kee-a/
数年前、彼が札幌から大阪に来たとき、1回会っています。
共通の友人として「うさぎ(以下、うさ)」という女の子がいました。
うさも、札幌に住んでおり、きいあ君とは仲がよかったのです。
約6年と少し前からでしょうか、とあるチャットでワイワイ話していました。
時には、ODやリスカやの話も出ていましたが、基本的に仲良く、話していました。
うさは、生きるのにとてもしんどい女の子でした。
私もよく電話や携帯メールをしていました。
私がまだ看護学生だった頃、よく応援の書き込みを掲示板にしてくれました。
でも、とてもとても、生きるのがつらそうでした。
今の私が思っても、そう思います。

4年半前の6月、うさは薬の大量服用で亡くなりました。
私はうさと仲が良かった為、周りが気遣ってくれ、その頃一緒にいた彼を通して伝わり、亡くなったのを知ったのは少し遅かったはずです。
もちろんショックでした。呆然としていました。
また、周りの友人とうさの事でチャットでケンカしたりもして、傷つけたりもしてしまったと思います。
ただ、死を選んだことで、うさは楽になったんだという思いが強く、そう信じて、そう願っています。

ただ、それ以上(人によって感じ方は違うからこの表現は好きではないけど)にショックだったのは、実際に何度も会っていて一番近かったきいあ君だと思っています。
それから、彼はうさの事を克服することができるかという頃はもう3年経っていたと言っています。

昨年の春、きいあ君に彼女ができたとHPの日記で知りました。
あぁ、という安心とも安堵とも言えない気持ち。
それまでの彼の苦しさのシュミレーションは私の中で大きかったので…
4年の時を乗り越えて、新しい幸せをつかんだのです。
しかし
昨年の10月の終わり、彼のHPを見て私は愕然としました。
その日記のURLを載せます。かなり克明に書かれているので、読まない方がいいと判断した場合URLをクリックしないでください。
http://www.pure.cc/~kee-a/kokoro0310.htm
何故きいあ君ばかりが…という私の感情はとても強く、強く…


私の感情と言うのを書きたいのではないんです。
確かに私はこの事でかなりなショックを受け、多分影響も多大に受けた。


いったい人の生死というのはなんなんだろうと思うのです。

きいあ君の彼女のように、「試したかのように」亡くなってしまう人。
私のように、何度未遂したかなんて数え切れないまま、死ねないことを知った人。
又、インターネット上で知り合い、亡くなっていった友人たち。

どうして、人には生きることと死ぬことがあるのだろう?
何故なのだろう?
どうしてこの宇宙、地球は存在し、人は存在するのだろう?
進化論なんてどうでもいいんだ。
何故、今自分が存在しなければいけないのか。
また、自らではなくとも死んでいくのか。
死がなければ生きてはいけないのは分かる。
そういう意味ではなく、何故、

涙を流しながら考える事が多くなった。





timaki