timakiの日記
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友人の許可を得て書いています。
友人にきいあ君という、私のリンクにも載っている男の子がいます。 http://www.pure.cc/~kee-a/ 数年前、彼が札幌から大阪に来たとき、1回会っています。 共通の友人として「うさぎ(以下、うさ)」という女の子がいました。 うさも、札幌に住んでおり、きいあ君とは仲がよかったのです。 約6年と少し前からでしょうか、とあるチャットでワイワイ話していました。 時には、ODやリスカやの話も出ていましたが、基本的に仲良く、話していました。 うさは、生きるのにとてもしんどい女の子でした。 私もよく電話や携帯メールをしていました。 私がまだ看護学生だった頃、よく応援の書き込みを掲示板にしてくれました。 でも、とてもとても、生きるのがつらそうでした。 今の私が思っても、そう思います。
4年半前の6月、うさは薬の大量服用で亡くなりました。 私はうさと仲が良かった為、周りが気遣ってくれ、その頃一緒にいた彼を通して伝わり、亡くなったのを知ったのは少し遅かったはずです。 もちろんショックでした。呆然としていました。 また、周りの友人とうさの事でチャットでケンカしたりもして、傷つけたりもしてしまったと思います。 ただ、死を選んだことで、うさは楽になったんだという思いが強く、そう信じて、そう願っています。
ただ、それ以上(人によって感じ方は違うからこの表現は好きではないけど)にショックだったのは、実際に何度も会っていて一番近かったきいあ君だと思っています。 それから、彼はうさの事を克服することができるかという頃はもう3年経っていたと言っています。
昨年の春、きいあ君に彼女ができたとHPの日記で知りました。 あぁ、という安心とも安堵とも言えない気持ち。 それまでの彼の苦しさのシュミレーションは私の中で大きかったので… 4年の時を乗り越えて、新しい幸せをつかんだのです。 しかし 昨年の10月の終わり、彼のHPを見て私は愕然としました。 その日記のURLを載せます。かなり克明に書かれているので、読まない方がいいと判断した場合URLをクリックしないでください。 http://www.pure.cc/~kee-a/kokoro0310.htm 何故きいあ君ばかりが…という私の感情はとても強く、強く…
私の感情と言うのを書きたいのではないんです。 確かに私はこの事でかなりなショックを受け、多分影響も多大に受けた。
いったい人の生死というのはなんなんだろうと思うのです。
きいあ君の彼女のように、「試したかのように」亡くなってしまう人。 私のように、何度未遂したかなんて数え切れないまま、死ねないことを知った人。 又、インターネット上で知り合い、亡くなっていった友人たち。
どうして、人には生きることと死ぬことがあるのだろう? 何故なのだろう? どうしてこの宇宙、地球は存在し、人は存在するのだろう? 進化論なんてどうでもいいんだ。 何故、今自分が存在しなければいけないのか。 また、自らではなくとも死んでいくのか。 死がなければ生きてはいけないのは分かる。 そういう意味ではなく、何故、
涙を流しながら考える事が多くなった。
timaki

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