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2004年11月13日(土) 音によるコミュニケーション

音で或いは音楽でコミュニケートできるか、と、よく考える。
二人の人間がいて、お互いに音を出すだけで音楽を奏でるだけで、
お互いの言いたいことがわかる。
こういうことはないことはない。
しかしながら、
お互いの言いたいことがわかるのは思考上の了承ということだ。
つまりそこには、言語的理解が介在する。

音だけでコミュニケートできたら面白いだろう。。。。なぁ。
思考も音だけでというわけにはいかないだろうか。
いくわけないかぁ。
思考という概念を取っ払わなければいけない。

A「これからこの曲を演奏します。」
B「あ、その曲は今私にとって特別なものです。」
A「私がこの曲を表現するとすればこうなるのです。」
B「・・・・、了解。私のはこうです。但し、表現技に限界アリ。」

この、4つの応答が全く言葉無しに行われたとして、
これらは音によるコミュニケーションというよりはボディラングウェッジである。
言葉より更に”その人風”に触れた気がするわけだが。
・・気がするだけか・・・。

最近の疑問。
音を自在に操れる人は、言葉と同じで、理性で音を、表現を操れる・・。
つまり、その時の感情に左右されず、出したい音が出せる、表現ができる・・。
・・・・のだろうか。
私にはとてもできないが、そういう世界は在り得る。

つらつらとそんなことを考えた一日だった。



Hiroko |MAILHomePage