日記ふう雑感 ひとりごと
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数年前、新聞の新書紹介コーナーの小さな記事に、かつて自分が学んだ大学の先生の名前を発見した。話題の書の著者とある。そして、その名前の指し示す人物は確かに自分の在籍していたあの専攻、あの同じフロアーにいらしたあの先生であるという認識に至った。それがわたしが「笑う哲学者」シリーズを読むようになったきっかけである。 先生の本についての紹介は柴門ふみ氏や、中井貴恵氏が公にされているし、先生のファンサイトでは花色木綿氏が深い思いを感想文として綴っておられる。わたしはもちろんこれらの方々に伍して何かを述べるつもりは毛頭ない。 ただ一読者として言えることは、わたしは先生の本を読む度に、「笑う哲学書」からひとつ元気をいただき、「土屋先生の書いた本」からもう一つの元気をいただくということだ。 わたしは、机上の空論が好きである。屁理屈が好きである。自分の判断はほとんど正しいと思っている。(たとえ間違いを発見しても簡単には口にしない。)気が強い、自己中心、わがまま、煮ても焼いても食えない部類の人間である。強いて長所(だと自分では思っている)を挙げれば、真面目、打たれ強い、くらいだろうか。こんな人間に関係各位の風当たりが優しいはずがない。さすがのわがまま人間も落ち込むことがある。「笑う哲学書」はそんな時最適な本である。しかもそれを書いているのがかつての恩師とあっては元気倍贈だ。そう、わたしのこの屁理屈は恩師によって諾とされるはずなのだ。ただしこれは決して口には出さないー―つもりであった。食えない上に棒にも引っ掛からないと言われるのはさすがに辛いものだ。 土屋先生の本については近々別のページを新たに作るつもりである。
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