| 2002年11月09日(土) |
「なりきり」や「あこがれ」 |
いい天気だったので、近くの川べりへ行ってきた。 途中でコンビニに寄っておにぎりを買い、土手で食べた。 川向いのグランドでは野球をやっている。 釣りをしている人もいるし、近くの大学の演劇サークルが発声練習してたりもする。 私と同じように、散歩がてら歩いてきて休憩している人もいる。 もう少し河口とか上流に歩いていけばバーベキューしている人たちがわんさかいるんだけど、私が選ぶ場所はのどかに釣りしてたりボーっと座ってたりする人が多い。 本当は海を眺めているのが好きなんだけど、ちょっと遠いから。
家でボーっとするのと、外でボーっとするのって何か違う。
交代人格だとか解離性同一性障害だとか、なんだかんだとある自分。 自分自身でも疑心暗鬼になっているのに、他の人にも判ってもらうことは容易ではないと思う。 いきなり23歳の私が、3歳の女の子になって話すなんてこと、、。 演技でもしているかと思われてもおかしくない。 信じられないよね。 でも本当にその間は記憶が無い。 薄もやがかった感じになっている。
私が確認できる人格は全部で5人。 一人を除いては全員、姿かたちがある。
頭の中では、ダイニングテーブルがおいてあって、そこに人格たちが座っていたりする。 「あずさ」という中心的な人格がだいたいそこにいることが多い。 ちゃんと各々の部屋があって、用事があれば出てくる。 私もダイニングにいることがあるが、そのときは他の人格が出ているとき。
『一人を除いては』の『一人』は、そこの建物は2階まであるらしくずっと2階で閉じこもっていて姿が見えない。 でも、いる、、という感覚がある。
解離性同一性障害、いわゆる多重人格(現在ではこの用語は使われなくなりつつある)は「なりきり」も多いと聞く。 出かけている先でいきなり3歳児の人格が出たらどうしようだとか思うと出かけるのも気が引けるのに、、。 どうしてこんな厄介なモノに憧れを持つのだろうか。
人それぞれ、いろんな人がいるなぁ。
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