嘆息の記録



ほしのこえ

2005年06月03日(金)

ほしのこえというアニメを見た。
アニメというのは変か、映画。

30分ないぐらいの短い映画だ。
はじめ1分ぐらい流して見てた。
直後脳に刺激がきた。
あらためて見直す。

30分たった。

泣いてた。

世界の感覚はやっぱり誰でも持ってる。
よかった。
そう、思った。

俺だけじゃなかった。
そう思った。

人とのつながりが
今感じてる世界だけでつながってるわけではないことが。

すぐ、電話して聞きたい相手がいた。
でも、そいつはもう居ない。

だから、ここに残す。
でも、この記録も記憶として誰にも残らないかもしれない。

この考え方は危険だと思う。

でも、それでも俺は思う。
記憶は人の中での最高のものだと。
記録はその補助であるんだから、それを思い出させてくれるものなら。

記憶。
たくさんある。
たくさん。

声が聞きたい。
話したい。ゆっくり談笑したい。

たとえ先が見えなくても。
一緒なら。

先日、友人が会社を辞めた。

俺の中では家庭内の事情が主を占めたと考えている
それでも、答えはイエス。
だって友人がきついならそれはイエスだ。
なぜなら自分がきつくて家庭なんかいらない。
自分が楽しくてうれしくてとっても幸せで。
それがいいことだと思うから。

周りがうらやましく思えても、
それでも自分の周りが幸せならそれでよいはず。
良くない?そうかも。

でも人間として生きるなら
モラルを持って生きるなら
それでも生きていくのなら

自分を愛していくしかない。

死んだら終わりだ。
いや、死んでもいい。
自分を否定したらいけない。
他人を愛する苦しみは
自分を助けるものでもある。
ともに一緒なら時が救う。

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