度々旅
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父親が去ってから5年経った。この5年は本当に早くて濃密だった。いったい何をしていたかと言われたら、うーんと考えてしまうけれども。 数日前久しぶりにタナトフォビアに襲われたりして、あああ、でもこれが起きるときって結構ココロが安定しているときというか、ココロに余裕があるときだよなと思ったり。
でもって、別にそんな父親のことばかり考えているわけでなくて、仕事がものすごく忙しい。これもまた、何しているのかわからないけれども。あれこれつくって、あれこれ批評というか批判というか評価というかをもらい。論理性と直感で右往左往。とにかく普遍的なものなどないなぁと感じる。 永遠に答えなんてでないんだろうな。でも、それって素敵なこと。 しかし、モヤモヤを抱えながらもしんどい。けれども、一人で抱えているわけじゃなく、モヤモヤを抱えた他者の存在を感じれるからなんとか。 そのモヤモヤが同じものかはわからないけれど。
3月になったら旅に出るぞと思いつつ、なーんか今の泥沼も気持ちよかったりする。
そういや、去年は、バリ、インド、韓国、トルコと仕事や遊びやでうろついた。今年は国内をうろつくのもいいかもな。出張で遠出はあるけれど、プライベートではほとんど国内どこにも行ってない。 なので、温泉に一泊で行ってみた。いつものところ。 で、相方が一瞬よそ見をして、雪につっこみ、抜けだそうとするもチェーンが切れて抜け出せず。JAFにお世話になった。
日々、綱渡りだなぁ。
去年の今日は、母と配偶者とバリにいた。一昨年は、配偶者は実家へ、私はアパートで仕事をしてた。2008年は配偶者と広州に行き元旦に卵げっぷ病にかかってた。2007年は、アパートにいた。その前はどうしてたんだろ。 とりあえず、大晦日に実家に帰らなくなって、あるいは帰っても心が耐えられなくてアパートに戻ってしまう生活は学生になって一人暮らしをしてからだから、かれこれ15年近くになる。 どうしてこうなってしまったのかはわからないけれども、耐えられないんだな。見かねた父親と母親が一人じゃ来ないだろうからと、彼氏という立場だった配偶者も一緒にとって元旦から4人と犬一匹で温泉に行ったことがある。まだ学生の頃だったかな。 そんなわけで、昨日は配偶者と私の実家に行きすき焼きを食べ、今日は朝布団の中で青森へ配偶者の気配を感じつつうとうとしてた。そうそう、正月はないことにしてるけれども、年末にすき焼きを食べるはなんか習慣になってる気がするな。昨日の帰りに配偶者に、あーとにかくこの時期が嫌いだと言っていると理由を聞かれ、うまく言えないがとにかく子供の頃のこととか、いろんなことが重なってだめなんて。じっとして耐えてるしかないんだと言ったら、楽しい思いでをつくればいいじゃんこれからと言われ、そんな普通のことが言える人間だったのかと驚いた。
今日は昼頃起きて掃除や洗濯をして仕事をしようかなと思いつつも、漫画を読み寝てしまった。起きて仕事をするも集中できず緑のたぬきを食べながら紅白をなんとなく見てしまった。徳永英明が歌う中島みゆきの「時代」に、不覚にも心を揺さぶられたりね。そんな時代もあったねと笑える?そんな時代って?とか。 私はまだ父がいないことが受け止められないんだと思うし、今のいろんな状態が受け止められないんだと思う。でも日々はすごく充実していて、仕事で悔しくて泣けることもあれば、真摯に悩むこともあり、怒ったりうれしいこともある。すごく幸せだ。もしかしたら、こんなに毎日必死に一所懸命だったことはないかもしれないくらい思ってる。そういう時間や、そういうことを感じれる場が父からの贈り物とさえ思ってる。 でも、本当にこれが本当の私の道なのだろうかとふと思うこともある。父がいないこの時間が。仕事をやめたり、勉強したり、何に熱中しているのかもわからない、がんばらない、ただただ時間を食べ続けているそんな生活だったとしても、お前は俺にそっくりだと言ってくれる父がいるその世界こそがあたしの世界であり、あたしの本物の人生なのだという感覚から抜け出せないでいる。 いないことは慣れた。ラジャスターンで町並みを見ながら、どこを探してもいないと泣けて泣けて仕方なかったことも、インド人に寄りかかりながら父が逝ってしまったと初めて人前で泣いたことも、点でつながりそれが年数を重ねても私の時をつなげているような気もする。
取り返せないことが多すぎる。でも、ふと途方もない気持ちと悲しいのかなんだかよくわからない感情がわき出す点の時間は、それを取り返したいという思いからというわけでもない。
そんなことをアパートの一室で考える。窓からはスカイツリーが聞こえる。iphoneのヒットチャートからは、今年トルコのマルマリスの船上でずっとかかっていた音楽が聞こえる。そうやってただ過ぎて行くだけなのだ。どこへ?わからないけれども、きっとみんなどうにもならないことを抱えてる。申し訳ないくらい、配偶者が実家に一人で帰る気持ちを私は想像できないし、申し訳ないという気持ちもない。なんて勝手なんだろうとも思うけれども、いつまでも寂しいんだと思う。私は。でも、寂しくない人なんていないと思うし、寂しいから孤独になろうとするとも思う。
乾燥と涙で顔が痛い。
今週は長野の伊那あたりに行ってきた。日帰り出張。目的地のそばの無人駅でおりたら本当に何もなくてタクシー呼ぶにもどうしたらいいかわからず。駅前の「観光バス手配」とか書いてある、旅行会社らしき事務所があったがしまってる。のぞいたら生活臭ぷんぷん。 「ご用の方は20メートル先の本社までお越しください」と書いてあるので行ってみると、そこは布団屋?洋服屋?でも靴を脱がなきゃなかに入れないなぞの店。すみませーーーんと声を出すとおじいさんがでてきた。 行き先を言うと、もっと山のほう。上の方だよといわれる。ならば、歩こうかと思ったが同行した先輩が「絶対タクシーじゃないと行けない」というので、「タクシーこの辺でつかまえられますかぁ?」と聞くと、「ここは田舎だからなくなった」と言われた。なので、タクシー会社の電話番号を聞く。 そして、どこか食べるところを聞いたら、1件だけあるけれど11時半じゃまだやってないから電話しましょうかと言われる。
時間はあるし、ま、いっかと電話はしてもらわずに店をでた。 まさかこんな僻地とは。スーツの先輩とあたし。超不思議な図。駅近くの神社にとても素敵な木があったので写真とったりしながら、ウロウロ。そうだ!あたしにはアイフォーンがぁ。around meで調べて1キロ以内にマックがあることがわかり、そこを目指す。客先まで時間はあるしが合言葉になり、うろうろ歩く。川を渡って記念写真。 結局途中にラーメン屋を見つけて入った。
客先での滞在時間は1時間くらいで、あとはローカル列車の旅状態。雨の予報のはずが、めちゃくちゃ晴れて、アルプスの上の方には前日に降った雪がほんのり積もって綺麗。
さすが、あたし晴れオンナ。
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