りえの日記
りえの自己満足日記

2022年03月26日(土) 3月19日母が逝去しました。

3月4日の6時57分
朝2階にいる私に電話があり、心臓が苦しいと言ってきました。
病院に行きたいのかな?と思い、着替えてバックとコートを持って降りると、
ハァハァと苦しそうにしている母。
起きれるなら、車に乗せて病院に行った方が早いと思ったけど、
起きれる?って聞いたら、起きれない。という答え。
救急車呼ぶからね、って言うと、
音消してって言うんだよね。まぁ、そこは無視した。早く来てほしいから。

そんなこんなで、父が起きてきて、仕事行こうとしていたのですが、救急車来るので仕事行くのやめて車でついてくることに。

7時3分
救急車呼ぶ

救急車呼ぶ時に、発熱ありますか?って聞かれて、ハァハァ苦しいのに体温測れというわけ。
まぁ、このご時世だから致し方ない。

7時19分
救急車到着し、家の中でなんだか、様子を見てアレやコレやしてて、なかなか担架に乗せない。
何してんだろうな?って思ってた。
救急車に乗ってから出るまで
この時、お母さんがお薬手帳持ってたから何の薬飲んでるか分かって良かったんだけど、
いつも飲んでる薬がどこにあるのかわからなくて困った。

7時30分
救急車出て市立病院
CT撮ったら、大動脈解離と判明したけど、ここでは手術出来ないとなり、
札幌市の心臓の病院へ行くことになった。
心臓の病院にある救急車で市立病院まで迎えに来るとのこと。

9時10分
市立病院に救急車到着
高速道路高い心臓の病院へ搬送
大動脈解離と分かったのでお母さんに声かけて血管どうにかなったら嫌だから黙って見守ってた。
声かけられなかった。
車がみんな避けてくれた。
さすが救急車。周りの車も避けてくれてありがとうと思った。

9時46分
病院に到着
書類を書いて、お母さんの普段の病気や通院など何も知らないことに気づいた。
看護師さんから、手術したらそのままICUに入るから面会出来なくなるよって言われた。

10時15分
妹が病院に到着。仕事休んで来てくれた。同時に父も到着。
手術の話をするために、ICUに特別許可いただき先生から緊急手術の話を聞いた。
手術でのリスクや、合併症や副作用の話を聞いた。
早口で急いでいたけど、分かりやすい説明だった。
手術室に入る前に話ができた。
目が覚めたら終わってるよ、父と犬の世話は滞りなくやっとくねって声をかけた。
水が飲みたいと言ってたけど、これから手術だからダメだわって言われてた。
父が、頑張れよって涙声で声をかけて、大丈夫って答えていた。

手術は平均6時間くらいかかるそう。

11時頃手術室へ。
手術さえできれば、大抵助かりますよ!
朝早かったから、今日手術する人に待ってもらい手術できました!
手術出来て良かったですね
話もできていたから、早ければ明日からリハビリですね!ガンガンやってもらいますね!
と看護師さんが言っていた。
ウチらは安心して手術が無事終わるのを待っていた。

17時頃
手術無事終わったと連絡。
安心してた
次の日仕事だった

3月5日9時41分
仕事中に、トイレに行ったついでにLINEをみたら、
妹から
脳梗塞になったらしい、目が覚めない
と連絡。そのまま早退し病院へ。
父と待ち合わせし、地下鉄駅から拾ってもらい合流。
10時50分
説明を先生から受けた。
CTの写真をみて、素人目にも分かるくらいに、左脳が腫れてパンパン
シワがないくらいに腫れており、右脳にまで進出していた。
左脳が目覚めるのに関わっている。脳の腫れが引かないと目は覚めない。
という説明。だけど、長くないだろうニュアンスだった。
多分目が覚めたとしても、重度の後遺症が残るだろう的な雰囲気だった。

それでも良かった。生きててけれれば。

その後理事長の許可を取って面会することができ、妹夫婦が来て面会していた、
父は母が大好きだった
俺どうすればいいんだ…と泣きながら母に語りかけていた。
その帰り道は私も父も泣きながら家路についた。

そこからほぼ毎日のように父と妹は面会に行っていた。
私は途中辛くて、会えば悲しくて面会に行けない日もあった。

父と妹はガラスのハートと自分達で言っていた。
現実を見ると、いつどこでどれくらいの引落があるのか、銀行に貯蓄があるのか、
どこのクレジット使ってるのか、などなど調べてることが多くて
保険も何に入ってるのか分からず調べるところから始まったから大変だった。

仕事はほぼ休んでた。
そして3月19日
永眠した。

母の顔は少し浮腫んでいた。
シワもなく、鼻の下の肝斑が気になっていた母。
最後の化粧の時には隠してもらった。
葬式は無宗教。
家族葬にすることにした。
自分達で式の流れを組み立てた。
こんなご時世なのに、親戚と母の友人20人ほどが集まった。
近所の人たちからお香典も頂いた。
お花も頂いた。
骨になって吹っ切れたけど、
父はまだ悲しみに暮れている

悲しみにランキングがあるなら、
母が亡くなることが1番の悲しみだろうなと思う。
気を抜くと涙が出る。
次に妹かな。
父がこの後死んでも、ようやくお母さん所に行けるねと言えそうだな。
もちろん悲しいんだけどさ。

旦那がいたとしても、悲しみランキング1位は変わらないと思う。
でもきっとお父さんの悲しみランキングはお母さんが一位なんだろうな。

来月お父さんとお母さんは仙台に行く予定だった。
新婚旅行で行った東北を巡るつもりだった。
その旅行も、最初は行かない、キャンセルしてって言われたけど、
結局妹と父が母の遺影を持っていくことにした。

妹もお母さんと一緒で旅行なんて行かないから
これを機に楽しんでほしいとおもう。

ツラツラと書いたけど、
いつか読み返す日が来るのだろうか。
悲しみの記録




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