超雑務係まんの日記
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ここを見てしまった人は 恐らく何らかの諸事情があって来てしまったのかなと(笑)
偶然に立ち寄るところでもないしね
まだ存在してました 流行のブログとは違い、来訪者のリアクションが発せない環境 だけど
アナタが読んでいる今、 この瞬間がどうして存在したのだろう?
なぜここにたどり着いてしまったのだろう あれからたくさんの時間が経ってしまっているのに お久しぶりです 元気でしたか
自分もフラフラとここに吸い寄せられてしまった一人 スミマセン
ハイデガーの『存在と時間』は、かなり乱暴に言えば 目に見えるもの以外の存在を厳しく問いただしたのだと思う
例えば、自分 仮に誰とも会ったことがなければ 何が自分の存在を明かしてくれるのか 役所?戸籍?
例えば、このPC 誰にも知られず、廃棄になっていたら 何がこのPCの存在を明かしてくれるのか メーカー?開発者?
もしかすると我々は 他者を通してしか存在を許されないのかもしれない
となると、無限に続くであろう「時間」は その存在を何が明かすのだろうか
と、突き詰めて考えると難しい 酔っているとこの文章自体もわからない
僕は何が言いたかったのか
その他者の存在は何が
存在の区別と、それぞれの解釈
きっと今に満足してないのでしょう 過去にすがる何かがあるのでしょうか
さて、しばらくぶりに ざっとここで書いてみたものを読んでみた
感想は「暗い」(笑) そして、ところどころ怖いね(汗) こんなの今の時流に合わない
でも今だって せっかくだから、書かなくちゃ 等身大の俺をここで示さなくちゃいけない
未来の恐怖に脅え、様々な障害を疑心暗鬼したモロモロの日々 あれはもう過去のものだろうか
たぶん、親になってしまった大人は子供に未来を託すことで 自身が達成できなかった困難なハードルを 将来という曖昧な時間軸で、責任転嫁をしてしまう
最悪なのは、その思いのどこが悪いのか これほどシンプルな事件がまったくわからない
だから、毎日のように悲しいニュースが存在してしまう
とはいえ えっと、一般論を諭すつもりはまったくない
時効(と勝手に思ってる)?けど 自分が結婚してない時に 結婚してる人を好きになった時があった とてつもなく、夢中になってしまった
当時独身だった自分が 現在、同じ条件になってみて あの頃のアナタの苦労がとてもよくわかる… 理解力の無かった自分が悔やまれる
当時、大切な人がいた もしかすると 同時進行でたくさんの恋をしてしまったのかも しれない
子供に将来を託すなんて怖い むしろ逃げ出したい
(未完)
新年になると顧みる気分になる 毎年のように同じ気持ちがある
今年の抱負というよりも 今までの自分に後悔する感情
そういえば 小学校の友達 中学校の仲間 高校で一緒だった奴 大学で付き合った人
の面々が 最近、夢に頻繁に登場する
何かの前兆。。。 ちょっと考えてしまったけど もしかすると、単純に今と未来に あんまり興味がない、の? なんて考えたりもする
2002年から始めたこの日記 当時とはずいぶん状況が変わってしまった
変化してない事と言えば 冒頭の顧みる行為だろうか
新年に画面に向かっていた僕は いつも何を悔やんでいたのだろう
画面でなかった時代もある 紙に向かって戦っていた時もあった
もちろん 未来に向かって思考していた当時もあった それこそ顧みると 乱暴に考えていた
あの頃と劇的に何かが変わった事なんて ほとんど思い起こせない
ただほんの少しだけ想うなら 唯一、大切な人を失ってしまった という事柄だけだろうか
そればっかりを 年の初めには静かに切なく 深夜に耽りたい 来年以降もずっと、いつまでも
とっとと文章を書いて世に出ようと考えていた 進めば進むほど それほど難しい世界だとは思わなかった
目指していたのは作家ではなく 文芸評論
近代合理主義に懐疑的な主張を レトリックに展開していけば ただそれでいいと感じていた
しかし、評論家は作家を超越できないとの 宿命を持つことに気づく
勝ち負けではないのだろうが 言い換えるとコンプレックスが 確実に存在する
自分はある時から評論の世界ではなく 異なった分野で勝負できないかと ひたすらに考えた
たくさんの人と接し 様々な人を裏切り 人間関係の微妙なバランス その重要性に実感しながら しばしば状況に対し、リセットを繰り返してきた
20代前半 ひたすらに考え抜いた
結論なんて出やしない 出たところで浅はかで脆い見解
携帯電話のなかった時代 一緒に住んでる人以外 居所を誰にも知らせてなかった あの頃
柔らかった当時に 戻りたい
考え切れなかった ぼんやりとしたあの風景を 再び見たい
教え子が 活き活きとしていたあの時期に 飛んで行きたい
何よりも君が死んでしまう前の あの時代に 今すぐにでも 帰りたい
時間を超えてしまったら いつでも逢えるって 君は言っていたよね
超え方を探し続けて どれだけの時間が経ってしまったのか
安住の地は、それほど楽しくはない むしろ息苦しくて 血が出てきそうなんだ
泣きたいほど 瞬間に昔へワープしたい
ダメですか 未来が美しくて 過去が堕落なのですか
うさんくさい どっちもどっちなんだ
たぶん
ね。
真面目に生きてるかと問われると 今となってはイエス、と回答してしまいそうだ
とても生真面目な環境で 何年もたってしまった気がする
きっと感じ取っていた とても耐えられない未知の生き方 いつか破たんする
たぶん、窮屈だった 泣きたくても泣けず 痛くても治療は出来ない
よくわからない箱の中で カサコソと動き回る昆虫のように 自分は何かを探しているようで 何も見てはいなかった
刺激が欲しいわけじゃない また優しさが欲しいわけでもない
病気なのかどうなのか 僕は一緒になりたい人がいる いつでも常に忘れたことはない
沸々とそんな気持ちを 思い出させてくれたのは やっぱり病気なんだなと
支えてくれる人とモノが うまいタイミングで登場してくる ただし今回は 社会的制裁を受けてもおかしくない
だから やっぱり病気なんだなと
何がどうすごいのか、さっぱりわからなかった。 拓銀が破たんした1997年11月17日。 偶然にも僕が北海道に赴任した年。
恥ずかしながら都市銀行だと知ったのは 破たん発表の当日だった。
コンサルティングファームにいた僕は、 1時間以上早く出社するようにとの連絡があり、 ほぼ始発に近い地下鉄に乗り7時前に出社した。 早朝、拠点長から事の重大性を聞いた。
顧問先で倒産する企業はなかったが、 たくさんの熾烈な混乱で、毎日吐きそうな処理に追われ 僕は社会の制裁を身を持って経験したと思ってる。
当時、新卒で北海道に来たばかりの自分。 突然、20代の前半で死にそうな対応を仕事で経験した。
拓銀。 預金量5兆9千億円。従業員約5千人。 史上最高の金融業界での沈没。
一方、都市銀行としては最下位だった拓銀。 追いつけ追い越せの経営手法は、今となっては最悪のやり方として さんざん議論し尽くされている。 この部分で、僕は何も語るつもりはない。
あれから10年たった。
未だに、北海道経済は低迷を続けている。 拓銀の破たんは、あまりにも大きな悪のイベントだったのではないか。 北海道新聞(2007/11/16「卓上四季」)で指摘されるように 「北海道が実験台にされた印象は残る」のが否めない。
何年か後に北海道のキャッチフレーズで 「試される大地」と行政が銘打った。
すでに試された挙句、これから何を試すんですか? 僕らはボロボロです。。。 と、一般的な心地良い響きに、真面目に違和感を持った。 そんな10年だったような気がする。
若い人には「あぁ、そんな事もあったね」と一蹴されるかもしれない。 でも、今日くらいは過去の実績に浸らせて下さいな。 10年は短いようで、けっこう長い。
きっと勝負はこれからなんだよな。
久々に会った人への第一声はたいていこんな感じ。 「今、何してるの?」
けれど、ご無沙汰の相手に突然聞かれると ちょっと詰まりますね。
だって、 今までの長い長い道のりを一言で表してしまうのは 何だかもったいないのですよ。 それでも社交辞令で答えてしまった後で、 ちょっぴり後悔する自分。
昔ほどの情熱が無くなってしまった事実を 気づかれるのが怖いのか。 それとも、今の安全な環境が恥ずかしいのか。
いずれにしても、生きていると言うことは 明日への恐怖と希望を常に同時にイメージしながら、 楽天的に自身を受け入れ続ける行為ではないだろうか。
そこをストイックに考えすぎてしまうと きっとおかしな雰囲気になってしまうのだと思う。
明日も頑張ろうとか、今日はダメだったとか、 そんな事よりも、たぶん。 昨日を楽しくしてしまえば、永遠に未来も明るい。
意外と妄想はシンプルに走れば良いかもしれない。
公私の話ではないんです。 攻守。
攻めと守り。 自分にとっての攻めとは?守りとは? こう考えた時に恐らくは、年齢によって差異が発生する。
各々、それぞれに攻めるべきポイントが 要所であったにも関わらず勝負出来なかった人。 その分岐点が大幅にリスキーだった場合、 攻めなくて良かったと安心していたりする。
一方で、守るべきポイントがあったのに、 一時の感情で攻めてしまい、取り返しのつかない状況に陥った人。 あの当時は正しいと思っていたけど、冷静になるとちょっと微妙な場合、 ほんの少しだけ後悔していたりする。
20代の場合、いずれでもきっとやり直しはきくんです。 ただその20代でビクビクしながら、顔色を伺って何も出来ない人が ずっと厳しい状況に置かれてしまうのではないかと。
今、30代で後悔してるならば、そんな人が仮にもいるならば。。。 バカになって失うものと、今を続けているいるのと秤にかけてみた時に どっちに傾くかを真剣に考えてみる時間を設けるのが得策だと思います。
僕は毎日秤にかけてますよ。。。 守るのは家族や人生だけではないはずです。 攻めるのは何も奇をてらう事じゃないでしょう。
攻守はすごく大切な人生だと思います。 惰性に生きているのはツマラナイですね。 攻めているのか、守っているのか、 それとも祈っているのか。。。
ねぇ?
年末より入院。 本日、退院しました。 病院はなんだか良くもありイヤでもありますね。
今日は祝いとして焼き鳥を食べました。 だって病院では絶対食せないですから。
せっかくココで発信していこうと思ったのに、 ちょっと小休止的な出来事でした。
さて、いつもいつも年明けはたいそうな事を 念頭に置き、出発をしようと心意気だけは確かだったのですが、 今年は何だか大人しい感じです。
ああ、みんな。 ただ単に歳を食っていくのだけは避けよう。 新たな何かを起こさなくても、 新たな自分だけは取っておこうじゃないか。
俺たちは否定されるために生きてるワケじゃない。 かといって肯定される事をだけを信ずるワケじゃないけど、 きっと切ない心情を抱えながら日々過ごすことは、 決してカッコ悪い日常ではないと思うんです、実際に。
ブログが大衆化された現在、この場が古いのかどうかはわからない。 ただ、ずいぶんと時間が流れてしまってますね。
こんばんわ(こんにちわ)。 大変、ご無沙汰しております。
皆さん、お元気ですか?久しぶりっすね!! だいぶ自分も歳を取りましたよ。
よくよく考えてみて、当時のネットでのさまよい方、 未だにたくさんの宝石のような碑が脳裏にあるんです。 ダメだと言われても構わない。
「ぽすわぼ」の皆、どうしてる? 「超突連」の皆、どうしてる?
俺は今でも変わっていないんですよ。 過去にずっと引っ張られながら、イマを生きている。 たくさんの事情が絡み合いながら、 俺はずっと過去に戻りたいと考えてます。
仮に今、重い責任を抱えてしまったとしても、 あの頃、みんなとコミュニケーションした想い出は 生涯の大切な時間だった。
あの頃があって、今の俺がある。 皆はどうなのだろう?
しばらくココで発信を再開してみようと思います。
久しぶりに親に会った。 他人よりも、ずっと落ち着かない存在。
しばらく 東京へ行っていました。
結局、ほんの少ししか言葉を交わさなかった。 私は、きっと孝行は考えてません。 ゴメンナサイ。
親を選ぶよりも きっと色恋沙汰を選択する。
そう。先ほど。 札幌へ帰ってきた。 やっぱり雪が降っていた。
よくよく考えてみた。 このネット。
「ぽすわぼ」から、何となく続いて来たのだろうか。 たくさんの人と付き合い さまざまな人を傷つけてきたような気がする。
とくに傷つけててしまった人 ずっとずっと心の中に残ってます。
「ぽすわぼ」→「突連」→「超突連」→「未来」→「狂気」と 同じ事の繰り返し。
ネット。 たくさんの人と付き合いました。
傷つくのが恐いなら 社交辞令を一生継続してなさい。
書く、という行為 主婦のようなマスターベーション以外では 自他共に深い傷を負わせる鋭利な言葉。
今の病んだ社会ではとてもウケる。 とてもウケる。
一つだけ学んだ事がある。 マトモな人こそが、狂ってる人に騙される。 たくさん警告してるにも関わらず。
私は 完璧なくらいマトモだと思ってます、ハイ。
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