| 2003年04月08日(火) |
Leslie出棺の日 |
香港時間11:00Leslieのお葬式が行われた。 この時の様子はネットでLiveで流れたが 私は仕事だったので見ることが出来なかった。 お昼時に買い物に外に出たら風が強く 街路樹の桜の木が大きく揺れて桜の花びらがたくさん落ちて アスファルトの上で渦を巻いていた。 桜の花も寂しいのだろうか? 歩きながらLeslieが天国で幸せでいられますようにと祈り 同時にこの世にいる唐先生の悲しみ、苦しみが癒えますように と祈った。
人間をはじめ生まれてきた生き物はいつかは死ぬ。 小さい時からそのことを知っていて 生きるということは死へ向かう旅だと思っていた。 私は「死」が怖かった。 死んで肉体が滅びてしまうと魂はどうなってしまうんだろう。 泡がはじけるように消えてしまうのだろうか…ということを 考え出すと怖くて悲しくてどうしようもなくなっていた。
でも今日帰ってLeslieのお葬式の様子を ネットのニュースで見て、BBSでLeslieを愛している 人たちの書きこみを読んで肉体は滅びても 魂は人の心の中で生き続けるということがわかった。 Leslieはたくさんの人に愛されている。 そして、これからも LeslieのビデオやVCD、DVDを観られるようになったら 100回観ると100回Leslieに会うことが出来るんだ。 まだ今はそんな気分にはなれないけど…。
| 2003年04月07日(月) |
我唔能[多句]鐘意0既0野 |
Leslieが逝って今日で1週間が過ぎた。 Leslieが逝ってしまって以来、好きなものが食べられない。 お腹は空くし、日々のご飯はちゃんと食べることが出来る。 でも先々週に大好きなライチや柚子茶の大瓶を買って来たのに 一向に食べたい気分にならない。
| 2003年04月06日(日) |
朋友からのメッセージ |
高校の時からの朋友からT小姐から携帯にメッセージが届いた。 (同じ携帯会社の電話を使ってる) もうそろそろ気持ちを落ち着かせなければと思って いたところに届いた彼女からのメッセージは 『生きてると思わない人の”死”とぶつかってしまったりするよね。 悲しい時はたくさん泣いた方がいいよ。で、たくさん泣いた後は 元気になってね』と。 彼女とはここ3〜4年、年に数回携帯メールのやりとりを するくらいだが私がどん底で落ち込んでいる時 短い文章ながら的確な言葉で私を励ましてくれる。 彼女からのメッセージを読んでまた私はたくさん泣いた。 家で独りでいる時迄涙を我慢する必要はないんだ。 気持ちが落ち着くまでたくさん、たくさん泣こう。
昼からは髪を切りに行った。 いろいろ物要りなので、家のタウン誌に入っていた ファミリーカットサロンに初めて足を運んでみた。 シャンプー付きで通常のヘアサロンのカット代金の 半分以下でカットしてもらえる。 ヘアサロンのドアを開ける時は安いけど ちゃんとカットしてもらえるのかとちょっとドキドキだった。 でも想像していた以上に良くカットしてもらえた。 どんな風にカットして欲しいかも聞いてくれたし、ブローもちゃんとしてくれた。 ただシャンプーをしてくれたお兄さんがシャンプーの時にちょっと爪を 立てられたのがちょっと不満だったけど…(-.-)。 地肌に優しくシャンプーしてくれ。 でも髪を減らしてもらい軽くなったので、シャンプー後の ドライヤー&ブローの時間が短縮出来そう(^^)
今日も残業。かろうじて今日は終バスには間に合った。 でも忙しいと気が紛れる。 Leslie関係の掲示板に今日は香港マンダリンオリエンタルホテル前で 追悼集会があり、世界中のファン皆でLeslieの為にお祈りしましょうと 書かれていたので、私は会社から駅までのバスの中で Leslieの魂が苦しみのない安らかな場所に行けますようにとお祈りをした。 今日も雨が降っていて寒い、私が涙が枯れるまで泣いた4月2日も 雨が降っていた。空もLeslieのことを思って泣いているのか。
帰宅したら通っていた広東語教室の老師から 4月8日の出棺日に4人くらいの朋友どうしでお花を供えませんか という提案の電話がかかってきた。 勿論、その提案にOKした。 皆でお花をたくさん供えてあげてLeslieが寂しくない ように送ってあげよう。
| 2003年04月04日(金) |
Leslieのこと、母のこと |
今日も風が冷たい。 職場では大輪の百合が花瓶に飾られている。 (私の会社は花関係の職場) 大きくて白い百合を見るとLeslieを思い出してしまう。
Leslieの自殺についていろいろ考えてしまった。
SARS、戦争などとLeslieの事を同時に考えてしまっていたが Leslieの自殺の要因が「鬱病」であることを Leslie関連のサイトやネットのニュースで知り、 私はLeslieの死と母の事を思い出し強く重ねてしまった。 日記に母の事を書くのは初めてだが 私の母は私が中学、高校の時、躁鬱病がひどくノイローゼだった。 他人にとっては些細なことでも母はすごく悩み 私や妹に『生きていてもいいことがないから一緒に死のう? お母さんと一緒に死んでくれる?』とよく言われた。 その時、父と妹、私の3人で必死で何度も母の死にたいという 衝動の気持ちをとめた。 その時はその時はどうしてまだ見ていない未来までを 不幸と決め付けてしまうの?と私は中学、高校生ながら思っていた。 母の死にたいという衝動の気持ちが強い時、 父が出張などで不在だと大変だった。 母はやはり、私と妹に『お母さんと一緒に死んでくれる?』 と言い、『今日はお父さんはいないから、あなたたちが寝ている間に 家に火を放って死ぬことだって出来るんだよ』 と言い、そんな夜は私や妹も朝方まで眠れなかった。 私もまだ死にたくなかったし、母にも生きて欲しかったから。
…母はノイローゼがひどくなると私や妹に対して暴力がひどかったので 私も妹も社会人になったと同時に家を出た。 母は気分の良い時、自分で生計を立てられるようになったら 独り暮らしをしてもいいと言われていたので。
母親(両親)の元を離れて10年以上経ち、今は母の鬱病も 落ち着いているが(私たち母子は少し距離を置いて付き合ってる 方がうまくいっている) 私の中では”死にたい”という言葉が今も心のどこかに引っかかって いて母と離れた今でも時々、胸の奥がえぐれるように苦しくなって しまうことがある。 私はそれまで”死にたい”という気持ちが理解出来ず、否定的だった のだが、昨年1度だけ…失業して、転職活動がなかなかうまく いかなかった時に向かってくる電車にすうーっと吸い込まれそうな 気持ちになったことがある。 このまま吸い込まれてしまったら永遠の眠りにつけるのかなと。 でも我に返り、ぼーっとした無感情な気持ちで家に帰り 玄関を開けたとたん涙がぼろぼろこぼれてきた。
私は母の”死にたい”とい思った時の気持ちをわかってあげる ことは出来ない…。 私が電車に吸い込まれそうになった時の気持ちでさえ 自分で理解出来ないのだから。 だからLeslieがマンダリンオリエンタルホテルの24階で ”死にたい”と思った気持ちを理解することは絶対に不可能なのだ。 メールをやりとりした朋友がLeslieがどうして死にたいかと思ったかは 最愛の唐先生にも理解出来ないと思うと言っていたが本当にそうだと思う。 Leslieがこの世にいないという事実だけを受け止めなければ。 でも正直まだすごくつらい…。
会社でいつも以上に元気良く挨拶をして 明るく振舞い、がむしゃらに仕事をした。 今日は珍しく定時少し過ぎに仕事が終わった。 急いで帰宅をした。 身体の中の涙の袋が飽和状態で苦しい。 家のドアを開けると我慢していた涙が一気に溢れてとまらない。
ゆうべは明け方に寝たはずなのに 今朝は休みにもかかわらず朝の6時過ぎに目が覚めた。 2時間ちょっとしか寝ていない筈なのに目が冴えている。 昨日のことをほんのちょっとの間忘れていたが 朝の民放のテレビ番組で”Leslie自殺”の報道が流れた。 Leslieは本当にこの世からいなくなってしまったんだ テレビを見ながらボロボロ涙がこぼれてきた。 正直、仕事が休みでよかった。 今日仕事に行っていたら大変なことになっていただろう。 (涙をこらえて必死に仕事をしてらっしゃった方、ごめんなさい。) 朝から晩まで涙が枯れるくらいたくさん泣いた。 身体の中の水分を全部出し切るくらいに。
明日は仕事なので、気持ちを少し切り替えようと 家の近くの映画館にレイトで「クローサー」を観に行った。 けど私ってば「クローサー」で大泣きしてしまった。 身体の中の水分は全部出し切ってしまった筈なのに。 今の私は感情がどんなものにもシンクロしてして 涙が溢れてきてしまう。
今日は地元の映画館が\1,000デーだったので レイトで映画を観に行く予定だったが 仕事が予想外に長引き退社したのは夜10時過ぎ。 レイトの映画はとっくに始まっていたし、身体は疲れていた。 とりあえず翌日は休みで観に行きたい映画が何本か あったので風呂に入って早く寝なきゃ等と会社から 駅までの終バスの中で考えたりしていた。 会社の最寄駅に着いて電車を待っていると携帯に1通のメールが入った。 それはLeslieが自殺されたことを知っていますか?という内容だった。 今日は4月1日だしApril fool? でもメルを送って来てくれた朋友は決して悪い冗談を 言ったりするような人ではない。 私は彼女に確認のメールを送った。 すると彼女から『"香港在住の朋友からマンダリンオリエンタル ホテルから飛び降り自殺をした"というメールが届いた』 と返信が送られてきた。 このメールを受け取ったとたん一気に目がさえ、疲れが(悪い意味で) 吹き飛んでしまい、身体の震えがとまらなかった。 それでも嘘と信じたい気持ちがまだあった。 でも、もう1通『○○さん(私の本名)レスリーが死んだ』と いうメールが入ってきた。 玄関を空けて家に入ったとたん涙が溢れてきた。 どうして??? 煙草もやめて健康にも気遣っていたLeslieなのに どうして自ら命を絶ってしまったの? ネットにはLeslieが自殺した時刻は香港時間の18:40過ぎと報道されていた。 この時間は私は仕事に追われていてそんなこと気付きもしなかった。 日本のニュースサイトでもとっくに報道されていたのに、 帰る前の22時前にはまだLeslieの訃報を知らずに自分の運営している 明星の掲示板に暢気なレスを返したりなんかしていた。 ネットでいろいろ見て泣きながら、お願いだから嘘であって欲しいと 考えながらも身体が疲れていていつの間にか眠ってしまっていた。
昨日も仕事が終わったのは22時過ぎ。 最近、土曜日は22時が定時になりつつある>_<。 もう3月も終わりで春の洋服を少しずつ引っ張りだして きているのだがスカートがちょっときつくなってしまった。 かなりヤバイ。 夜、朋友と会って食事をしてる時に 『以前と服の趣味が変わった?』と言われてしまった。 服の趣味が変わったわけではなく、前、好きだった タイプの服が入らなくなってしまったというだけ…。 はあ、要減脂だ。
昨日録画しておいた「HR」の最終回を見た。 最後に15分おまけでついていた”ここからが本当のHR” が一番面白かったなあ。 三谷幸喜の脚本は好きなんだけど2クールだとちょっと 飽きる部分もあったりした。 (面白いと思う時はすごく面白かったんだけど) 白井さんと中村獅童さんのかけあいシーンは結構ツボだった。 白井さんはいい声してるなあとしみじみ見てしまった。 昨年観た遊◎機械の最後の舞台をちょっぴり思い出してしまった。
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