KENの日記
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2017年02月12日(日) 徳島で休日

今日の日曜日は徳島で休日を楽しみました。まず訪れたのが徳島では有名な「いのたにラーメン」。徳島駅から歩いて10分で到着。周囲に多くの駐車場を持っていることから遠くから車でやってくる客も多いようです。第17番井戸寺から第18番に向かう遍路道沿いにあるので遍路の間でも有名なラーメン屋さんです。




カウンター席だけの店内はほぼ満員でした。ここでは定番メニューとなっているらしい肉大盛と生卵を食べました。濃厚なスープが大変美味しく態々やってきた甲斐がありました。その後遍路道沿いに眉山麓の「あわおどり会館」に行ってみました。会館の正面広場には歩き遍路向けの「休憩所」が整備されています。春になったら多くの遍路で賑わうことでしょう。



2017年02月08日(水) 徳島入り

徳島市の造船所で仕事があるため今日徳島入りしました。今回は今週二日か三日で目星をつけて一旦長崎に帰ることにしていますが、仕事の進捗次第では今回の出張が伸びる可能性があるし、かなりの確率で再び徳島に来る必要がありそうです。

九州の西側の「長崎」から四国の東側の「徳島」に移動するのは結構大変です。JR新幹線を利用する場合、「博多―長崎」「岡山―徳島」間については在来線を利用しなければなりません。これは時間がかかります。

空路ではJALが「福岡―徳島」間を一日一便運航しています。これを利用するためには「長崎−福岡空港」間を在来線で移動する必要があります。もうひとつスカイマークが「長崎―神戸空港」間を結んでいます。こちらは一日4便(長崎発0740、1125、1455、1720)です。しかも「神戸空港−徳島駅」間をリムジンバスが一日13便結んでいるのです。「長崎―神戸空港―徳島駅」のルートが便利そうです。

夜懐かしい徳島駅に着きました。まだ寒いので「遍路」の姿は見ませんでした。春になったら多くの遍路が訪れることでしょう。



2017年02月05日(日) 「沈黙」



今日は長崎駅前の映画館で「沈黙」を見てきました。「坂本龍馬展」にも共通しているのですが中高年の観客が多かったです。客層を見ての想像ですが、普段は映画など見ない人達が見に来ている感じでした。

映画の場面は、長崎市の隠れキリシタンが住んでいた漁村、そして密入国した神父が長崎奉行所に捕まった後は「長崎奉行所」とキリシタンが処刑される海岸です。全編通して長崎が主要な舞台となっています。映画の最初の方で「マカオ大聖堂」が映し出されて神父二人の日本行きが許されるという形でストーリーが始まっています。

クリスチャンの遠藤周作はキリスト教関連小説において非常に人間的なそして大変難しいテーマを取り上げます。「聖書」に関してはキリストを裏切り、キリスト復活後に真の教えに目覚めは世界中に散って布教をした12使徒。「沈黙」では支配者の禁教施策の中で苦しんだ日本のキリスト教徒と布教者達です。こちらは山手16番館で偶然出会った「踏み絵」が切っ掛けとなりました。遠藤周作は「踏絵」を踏んだ人の心の中を小説にしました。

「沈黙」は拷問・処刑場面がかなり直截的なので覚悟して観る必要がありそうです。ひとつ気になったには「音楽」が不在であること。岸に押し寄せる波の音・海を渡るときの音が象徴的に使われていますが、全体を代表する音楽(メロディ)を省いている点は残念です。音楽は映画では非常に重要な要素だけに、象徴的な音楽があればメッセージはもっと強く・明確になるのではと思いました。



2017年02月04日(土) 旧正月ランタンフェスティバル



長崎ランタンフェスティバルは大変賑わっています。アパートから会場となっている中央公園と港公園が近いので、明るく点灯される装飾ランタンを身近に見ることができます。2週間の会期中は、雑技団の公演とか、皇帝の行進とか、様々イベントが行われ観光客を楽しませてくれます。イベントの中でも「蛇(龍)踊り」はダイナミックな姿と特徴的な音楽が売り物で人気が高いようです。

中央公園でこの日見た「蛇踊り」は二つの団体が演技したものでした。そのひとつは女子高校の「蛇踊りサークル」のものだということでした。地域の伝統芸をサークル活動で保存するというのは大変気の利いた遣り方だと思いました。長崎では「蛇踊り」の出番が結構多いので、高校のサークルにも出演依頼が多いはずです。子供達が参加すると結局親・兄弟も見に来るので自然に観客数も増えることになります。

この「蛇踊り」(演舞・音楽)や地域町内会で継承される「くんち」の出し物も結構高度で難しいものであるようです。子供達は「本物」を厳しく教えられるので大変緊張し・苦労するもののようです。しかし多くの観客の前で披露し、大喝采を浴びると満足感も大きいようです。こうした活動が地域の伝統を支えているのだと思いました



2017年01月25日(水) シーボルト記念館

雨模様の中、長崎市東部にある「シーボルト記念館」に行ってみました。「眼鏡橋」が架かっている長崎の観光名所の「中川」は長崎市内を東北部から南に向かって流れています。シーボルトの住んでいた場所とその横に建てられた記念館はその中川の上流にあります。市電では東の終点「蛍茶屋」下車なのですが、アパートから歩いて行ける距離にあります。

シーボルトは出島から出てこの地「鳴滝」に病院を開設することを許されたので、日本中から医学を学ぶ人達が集まりました。日本の西洋医療・医学教育の始まりでした。シーボルトは1823年に日本にやってきましたが、禁制品を海外に持ち出そうとしたことが幕府に知られて国外追放(1829年)になります。これがシーボルト事件です。

このときシーボルトは妻の「滝」と、その間に2歳になる長女「稲」が」いました。シーボルトが再び日本に戻ったのは1859年で日本を離れてから30年経ていました。これは江戸幕府から明治政府になり国外追放措置が解かれたからです。シーボルトは決して「滝・稲」を裏切った訳ではないのですが、「滝・稲」にとっては辛い別れだったと思います。30年後にシーボルトと「滝・稲」は再会することが出来ました。事件は何となくプッチーニの「マダム・バタフライ」を思い出させます。



2017年01月15日(日) 坂本竜馬展

長崎県立歴史文化博物館で「坂本龍馬展」を見てきました。行きつけの床屋さんの長崎の歴史好きなご主人から入場チケットを頂いていたのでした。長崎県立歴史文化博物館はアパートから歩くには丁度良い距離にあります。帰りは博物館の裏山の「長崎公園」を通り抜けて何時もの「寺真町通り一本西」の商店街を抜けて帰りました。

坂本龍馬展は大変な賑わいでした。来場者は観光客というより長崎地元の人が多かったようです。長崎にける「坂本龍馬」の人気が分かる気がしました。展示品には多くの竜馬の「手紙」が含まれていて、手紙原本と現代語訳・解説をじっくり読んでいる人が多く、かなり深い所まで興味を持っている人が多いことを示していました。

昨年秋に長崎から「四国遍路」に出かけたとき、長崎から高速バスで「小倉」に行き、小倉からフェリーで松山に入りましたが、土佐からの長崎を訪れるのもほぼ同じコースを逆に辿るのだろうと思いました。「長崎−小倉」間には「長崎街道」が通っています。馬関(下関)からの最短距離の街道です。そして「小倉−松山」は瀬戸内海東西航路で最短です。松山から土佐(高知)へは旧土佐街道(松尾峠越え)があります。私はこのルートを「バス・フェリー・歩き」で辿ったことになるのです。かなり距離があり苦労する旅でした。竜馬の時代はもっと大変だったと思います。しかし苦労して行き着いた「長崎」には「西洋文化・最新技術」があったのでした。

現在住んでいるアパートは竜馬の「亀山社中」からは遠くない所にあります。「亀山社中」と「丸山花街」の丁度中間に位置しています。かつて竜馬達が通った街並みだと思うと非常に興味深いものがあります。



2017年01月08日(日) 福岡を楽しむ

7日・8日と福岡に行ってきました。目的は「大宰府」初詣と福岡のピザを味わうためです。長崎から福岡へは「高速バス九州号」が走っています。この路線は2016年に50周年を迎えた距離バスです。高速道路ができる前の一般道を使った長距離バスでした。大きく出て「九州号」という名前を関していますが、高速道路が整備され各県庁所在地間には殆ど「高速バス」が走っていますから「九州号」という名称は返上するのが良さそうです。

九州号は長崎と博多駅・福岡天神駅を結んでいます。大宰府行きの電車は「西鉄福岡天神」駅から出ているので、急行停車駅の博多天神の次の「薬院」という駅付近に宿を取りました。ホテルは何か窮屈そうなので「四国遍路」で使い慣れた旅館を取りました。なぜ「薬院」にしたかというと「ピッツェリア・ガエターノ」が近くにあるからです。ということで7日の夕飯は「ガエターノ」で「マルゲリータピザ」を頂きました。

土曜の夜の有名ピザ店は大変混雑していました。満員のイタリアンレアストランに一人で行くのは気の利いたものではありません。二人席ではなくピザガマ近くのカウンターに席を取ってもらいました。「サングレゴリオ」を選べるというので赤のグラスワインを注文しました。厨房近くにいらっしゃった「オーナ」が「サングレゴリオ」のオーナがガエターノを訪れたことがあると教えてくれました。カンパーニャ州産のワインにはあまり出会えませんが、「サングレゴリオ」は浦和の「ディアボラ」でもハウスワインに採用していました。因みに「ガエターノ」という名称はナポリ北部のイスキア島にピザ店「ガエターノ」から来ています。

ガエターノのマルゲリータピザの美味しさの特徴はまず「ピザ生地」にあります。ピザ生地が薫り高く「塩味」も効いています。そしてトマトソースの美味しさも流石です。大型の薪窯の威力を十分生かして焼かれると、チーズをナポリ産水牛チーズに変えなくても十分に本場ナポリ並みのピザに仕上がっていました。税込み1512円少し高めの値段設定ですが、本場ナポリのピザを食べたという満足感がありました。



2017年01月05日(木) 長崎で初詣

昨日4日に年末・年始で貯まっていた仕事を片づけることができたので今日は休みを取って長崎市内の正月を楽しみました。アパートから少し南下して長崎の繁華街「思案橋」を散策し、その後山を越えて「唐人街」を通り抜けて「孔子廟」に行ってみました。孔子廟では思いがけず「孫文」写真展が開催されていました。孫文は航空機のない時代に日本を訪れたので、海の玄関の長崎には「孫文」の足跡が多く残されています。

その後近くの停車場で電車に乗って「諏訪神社」に初詣に行きました。諏訪神社は長崎市の代表的な神社で毎年「くんち」のお祭りが行われる場所です。(「くんち」は見みたことはありませんが)諏訪神社で「おみくじ」を引きました。おみくじが「200円」であることには呆れました。全国どこでも通常の神社は「100円」だと思います。

「おみくじ」には小さなお飾りの「お守り」がついていて「おみくじ」+「お守り」で「200円」の値決めなのです。「お守り」は余分です。



2017年01月03日(火) 長崎へ戻り

夕方7時15分の羽田空港発のANA便で長崎に戻ってきました。正月3日は地方から東京に戻る人が多くて京浜急行羽田空港駅かなり混雑していました。一方東京から地方に向かう人も結構多かったです。正月を東京で過ごした人達、東京で年末・正月を楽しんだり、海外から帰ってきた人達も多かったようです。今年の私の正月休みは大変短いものでした。明日から仕事開始です。



2017年01月02日(月) 家族で正月

年末の30日から長男が帰省したので数日間家族4人で過ごしました。最も長い時間を費やしたのは3食の食事です。おせち料理を随分の量頂きました。私としては今年は少し「餅」の量を減らしました。喉に餅を詰まらせないように小さくした餅をよく噛んで食べました。

アルコールは元日のお屠蘇以外「ワイン」に絞ったことでアルコールの摂取量はそれほど多くなかったと思います。買い溜めしてあった6本のワインが無くなりました。一方、毎日少し距離のある別所沼公園までせっせと歩いたので、帰省期間中比較的健康的に過ごすことができたと思います。

二番目に時間を費やしたのが二日の「箱根駅伝テレビ放送」でしょうか。箱根駅伝は国民的行事になった感があります。私は大晦日の「赤白歌合戦」を見ないのですが妻と子供達は「赤白ファン」です。天皇杯サッカー決勝選はレッズが出ていれば盛り上がったのですが毎年土壇場の決戦に弱いレッズです。

ウィーンフィルの新春コンサートは期待の星のグスターボ・ドュダメルの登場でした。一時大変太ってしまったので「やばい」と思ったのですが、身体はほぼ元の姿に戻っているようです。音楽は素晴らしいです。立ち居振る舞い・指揮姿が「アバド似」なのが気になります。




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