KENの日記
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2015年09月18日(金) 足摺岬を目指す遍路2日目

第37番岩本寺から第38番の金剛服寺までは80.7Kmあり、札所の間の距離としては88カ所の中で最長です。そして次の第39番延光寺は半島から離れた内陸部にあるための、足摺岬の先端から戻ってこなくてはなりません。足摺岬から戻る方法には半島の西側を回って帰る道と、半島東側の同じ道を戻ってくる方法があります。

ここではお遍路さんの趣味や都合によって遍路道を選びことができます。時間に余裕があり足摺岬をたっぷり堪能したい人は足摺近辺で一泊して西側海岸をあるくことができます。一方先を急ぐ遍路は同じ東側の道を戻ることが39番に向かう最短コースとなります。この場合も余裕を見て足摺で一泊するか、少し長いけれど足摺岬を日帰りで戻ってくる方法があります。私は足摺岬先端にある第38番から20Kmの場所にある民宿「久百百」に宿を取り、足摺岬までの片道20Kmを往復しようと考えました。そして民宿「久百百」に連泊することにしました。

民宿「久百百」は民宿「たかはま」からは約34Kmの距離にあります。今朝は6時40分から歩き始めて民宿久百百には4時40分頃に着きました。約10時間の歩行でした。しかし明日の40Kmに比較すると大分短い行程でした。民宿久百百の手前に民宿「安宿」という遍路に人気の宿がありますが、そこから足摺岬までは23Kmとなります。「安宿」さんからの足摺岬往復は少し難しいと考えました。

民宿「久百百」は足が痛いといって辛そうに歩くご主人が一人で切り盛りしていました。この日は客が少ないのでご主人が料理作りもしていました。遍路客客同士で話をしている中で「明朗・活発な久百百の女将さん」の話題がでました。遍路客の間ではかなり有名なようです。ご主人に奥様はどこかへ出かけているのかと伺うと、なんと女将さんは「股関節手術」で入院中だという返事が返ってきました。9月下旬に退院できるとのことですが、股関節を人工関節に代えると大分リハビリ期間が必要です。「女将さん」が不在の間は自分も膝の痛みを抱えるご主人が一人で、客の多いときは近所の人達の手助けを得て運営しているのだそうです。足摺岬に向かう遍路には大変便利な、そして有名な民宿ですので何とか長く運営していって欲しいと思いました。

民宿「たかはま」からの「久百百」への行程は「四万十市」東部を縦断するものでした。水の奇麗さで有名な四万十川は下流では多くの川が合流して大河となっています。度々海岸近くを通る遍路道からは雄大で波の大きい太平洋を見渡すことが出来ます。波が高く天気も良いのでよい波を求めてサーファーが集まっているようでした。これまで高知からずっと遍路道に寄り添ってきた国道56号線は四万十市から海岸を通らずに宿毛市へ向かいます。足摺岬へは「国道321号線と県道」を通っていくことになります。この道沿いにはコンビニも無ければレストランも殆どないので「久百百」では歩き遍路客に昼食用の「お握り、バナナ、ヤクルト、キャンディ」を用意してくれます。これで大助かりでした。



2015年09月17日(木) 遍路1日目(足摺岬を目指す)

朝7時20分過ぎに高速バスはJR高知駅につきました。社内アナウンスでは徳島道が通れなかったため、高松道に迂回したと言っていました。それでもほぼ定刻に到着することができました。新宿から高知駅までバスは雨の中を走っていましたが、高知駅では雨はほぼ止み「窪川」では太陽が顔を出す良い天気となっていました。ここのところ西日本は台風も上陸せず東日本に比べると良い天気が多いような気がします。

窪川に停車する「特急しまんと」は8時30分発。徳島駅で朝食をとることにしましたが「うどん」とか「そば」の店はまだ閉まっていてお洒落なモーニングサービスを提供するレストランが開いていました。仕方がないので万国共通のトースト・コーヒーの朝食を頂きました。JR窪川駅には9時28分に定刻通り到着しました。高知駅には「アンパンマン弁当」とか「アンパンマン」を描いた列車が停車していました。高知はアンパンマン作者の「やなせたかし」と関係が深いのかもしれません。(注:父親の出身地で本人を嘗て住んでいたようです) 岩本寺で遍路再開のお参りをしていよいよ歩きはじめです。

今日は遍路再開初日であり、午前10時30分という遅い出発なので、歩き行程は27Kmにしました。目指すのは黒潮町の民宿「たかはま」です。民宿のご主人から「同じ列車で歩かれた方が夕方6時30分に着いた」と電話で教えてもらっていたのですが、私は4時30分に着くことができました。しかし初日の27Kmは少しきつかったです。「まめ」はできませんでしたが足の筋肉痛はかなりのものでした。

民宿の客は私一人だったのでゆっくり風呂を使い、洗濯もきっちりできたので疲労をかなり回復することができました。窪川から黒潮町までの遍路で二人の方からお接待を頂きました。歩道ですれ違った農家のおばさんからは高知出作られている「ぶしゅかん」二つを頂きました。また山からの湧き水を汲んでいたおじさんからは「焼き栗」を頂きました。このおじさんは特攻隊の生き残りだと言って、車に積んでいた写真集を見せてくれました。

第37番岩本寺から第38番の金剛福寺までは「80.7Km」離れていて、四国88箇所の札所間の中では最も長い遍路道なのです。平地の平均歩行速度「時速4Km」で歩くとして20時間かかります。遍路初日にはあまり無理をしない方が良いので、岩本寺から27.5Km離れた民宿「たかはま荘」まで歩くことしました。丁度彼岸花が咲き始める時期なので遍路道のあちらこちらに彼岸花を見ることができました。

「民宿たかはま」の客は私一人だけでしたが、シルバーウィークの連休になると混雑することでしょう。「民宿たかはま」のご主人は相撲が大好きだそうで今場所元気の良い高知県出身の「栃王山」を応援していました。高知県は相撲が盛んなようです。民宿の飼われている黒猫(クロ)は犬のように「リード」で繋がれていました。これは高知県で良く観られる光景です。大変毛並みの良い猫でした。



2015年09月16日(水) 秋の遍路出発

7月8日から2ヶ月間あまり「船」に乗っていたため、夏休みとか有給休暇を全く取れませんでした。勿論土曜日曜の休みなしです。9月10日に漸く下船したので、まず9月末日で失効してしまう有給休暇とか夏休み特別休暇を取得することにしました。今年の9月はシルバーウィークで敬老の日・秋分の日が連続休暇となりますが、これに夏休み等を加えるとかなり長期間の休暇となります。

ということで急に休みがまとめて取れたのですが、妻は「仕事・マンションの役員業務・合唱練習など」既にスケジュールが埋まっていて、私は私と一緒に長期休暇をとるというわけにはいきません。こうなると長期休暇を有意義に使う方法として残る道は一つ「四国遍路」の続きを歩くことです。妻の同意を得て9月16日(水)高知行きの高速バス「小田急ブルーメッツ号」(新宿20:35発)の座席(料金は12,900円)を確保しました。小田急バスの残り二つの座席のひとつでした。

遍路道具は一応一式揃っています。最も重要な「靴」は以前のものをもう一度使うことにしました。底は減っていますが履き慣れたものが良いだろうと考えました。前回遍路の反省で雨対策としてしっかりした「ポンチョ」を買いました。またリュックザックは従来の物を使いますが、雨対策として荷物を小分けに収納出来るビニール袋を何枚か用意して雨に備えました。

春の四国徳島入りは「海部観光」という徳島のバス会社の高速バスを利用しました。今回高知行きは小田急バスです。乗り心地は海部観光のバスが断然良かったと感じました。海部観光バスの設備も勝っていますが最も違うのが「運転」でした。今回の小田急バスは通常の大型バスの運転技術だとは思いましたが、海部観光の運転手は客が眠っていることを前提にした夜行バス運転技術に長けていたと感じました。アクセル・ブレーキ、ハンドル操作等に非常に注意した運転でした。他の夜行バス運転手も見習って欲しい技でした。



2015年09月11日(金) 賑わう長崎

今日午前中に長崎市の大浦にある陸運支局にいってきました。途中の国際航路船が着岸する波止場には中国から来たという大型客船が停泊していました。客船の接岸している波止場には多くの観光バスが停車していました。タクシーの運転手さんの話では、客船の乗客は何台ものバスに分乗して「免税店」に買い物に出かけるのだそうです。更には近隣の観光地に出向くことになるのでしょう。中国からの観光客の来日は再び活況を呈しているようです。

「飛行機」で日本にやってくると持って帰ることが出来る「御土産」の量はかなり限られますが、「船」で来るとかなり大型なものとか大量の御土産を持って帰ることが出来るのです。日本では「免税店」が御土産を船まで運んでくれるのでどんどん買ってしまうようですが、中国に帰ってから「船」から自宅までの運搬が大変だろうなと想像されます。

長崎は明治産業革命遺産が世界遺産に登録されましたし、そのほか教会などのキリスト教関係の名所・旧跡、出島
の江戸時代の貿易港関係の旧跡、更には原爆投下に関する旧跡など、大変豊富な文化遺産・観光遺産が残されています。それは次第に整備されてきているので観光客の数は増加しているようですが、まだまだ「長崎」の街として観光客向けのインフラも含めて一体的に整備されるという状況にはなっていません。昨年訪問する機会を得たイタリアの「フィレンツェ」は小さい街ですが、文化遺産と観光客インフラ・食文化が上手く融合して整備されて「世界クラス」の観光都市になっていました。長崎は「素材」が豊富に揃っているので、整備の仕方次第では「世界クラス」に近づくことも可能だと思いました。

昨日は駅前のホテル「ウィングポート」に泊まりました。久しぶりの揺れない寝床なので大変ゆったりと眠れました。今日は長崎での仕事が終わったので急遽飛行機の座席を確保して自宅に戻りました。全日空は満席なのですが、15時5分発の日航便に二つの空きがあったので帰ることが出来ました。三菱重工の城下町長崎は金曜日は単身赴任者や出張者が東京に戻る需要が大変多いようで、飛行機便の確保は大変難しいことを思い出しました。



2015年09月10日(木) 母港入港

7月8日に常陸那珂港で乗り込んだ「船」は、回の工事を無事終了させて本日9時過ぎに母港「長崎港」に入港しました。工事海域の茨城・福島沖から2日間かけての回航となりました。台風が本州中部(伊勢湾あたり)に近づいていたのですが、「船」は台風の影響が強くなるまえに静岡・伊勢湾を通過することができたので、波・風による「船」の揺れはそれほど大きなものではありませんでした。

10日入港が突然きまったことから入港後の仕事の段取り準備で回航2日間はかなり忙しくなりました。「船」は海に出ているときが本来の仕事ですが、陸に接岸している貴重な時間にも「次」の航海に向けてしなければならない仕事が大量にあります。事務の裏方が大車輪で動き回ることになります。毛布やシーツ等のクリーニング、故障した器具・設備の補修、食料・燃料の積み込みなどの作業が接岸後に待ち受けているのです。

私は今回の入港で「交替」することになり今日「下船」しました。常陸那珂港で乗船してから2ヶ月余りに船上生活でした。この間横浜に3回入港しましたが、入港時は忙しくて自宅に戻ることは出来ませんでした。明日11日金曜日午前中に運輸局への届出を済ませて自宅に戻る予定です。



2015年08月11日(火) 台風回避

台風14号が三宅島南部に接近したため、台風の暴風波浪の影響を避けるために横浜に避難していました。日本本渡には殆ど影響が及ばない台風でしたが本州南の海域には影響があったようです。現在再び三宅島付近海域に向かって船が走っていますがかなりおおきな「うねり」があり船は大きく上下に揺れています。この揺れ方は「船酔い」しそうな揺れです。

話は変わって昨日「IPOD」の収録曲を大幅に入れ替えました。これまでどちらかというと歌曲とロマン派の曲が多かったのですが、今回は嘗てのお気に入りの「ワルターのベートーヴェン交響曲全集」を入れました。更にはべートーヴェンの最後の3つのピアノソナタ。演奏はバックハウスです。古典派というよりは「名人」の演奏を聴きたくなったのでした。5日に妻と夕食を食べた際に自宅に置いてきた「ソニーの高性能イヤホン」を持って来て貰ったことも効果は絶大です。ソニーのイヤホンはアップルIPOD付属イヤホンより音質がかなり向上します。暫く振りに昔の感動を思い出しそうです。



2015年08月05日(水) 東神奈川で妻と夕食

横浜港に寄港した際、自宅が横浜の岸壁から近ければ自宅に戻れるのですが、「さいたま」では往復の電車の時間や電車待ちの時間がもったいなくて船で泊まることになってしまいます。なにせ船の中は職住の場所が非常に近いのですから。今回横浜寄港では妻に近くの駅まで来てもらって久しぶりに夕食を食べました。妻も定例の合唱練習やら義弟家族の関係でちょうど「鶴見」まで来る用事があったので好都合でした。

東神奈川では駅前のイオンで「ボックスワイン」を二箱買いました。ボックスワインは重量があって持って帰るにはそぐわないのでネット通販が主流です。ネットではイタリア・スペイン等のお得で美味しいワインが手に入るのですが、一般のスーパーや商店では選択枝が大変狭いのですが、イオンでは比較的多くのブランドを扱っていました。船からもネット注文はできますが、どこに何時ごろ配達してもらうのかが難しいのです。



2015年08月04日(火) 横浜にいます。

今朝東京湾から横浜港に入港し、自社専用岸壁に接岸しています。船の世界では海上に居る間は海上での仕事で忙しく、接岸すればしたで貴重な接岸時間なので忙しく始終忙しい感じです。海上における忙しさは船の本来の目的業務で忙しいのですが、接岸した時には海上での仕事をサポートする様々な仕組みを整備するために忙しいのです。

陸に接岸しなければできない業務とは、例えば「清水積み込み」「燃料積み込み」「食糧積み込み」「壊れた機械器具の整備・取り替え」「クルー交代」などです。これら船運行サポート業務を貴重な接岸中に行うためには航海中から手筈を算段する必要があるのです。更にこれらの業務の合間をぬって仲間と「飲み」にいったり、家庭サービスをするのですから忙しいさは想像を絶します。こうじた時間の消費方法になれないと船の生活には着いていけないことになります。

全く関係ないですが、今日8月4日は横浜港の花火大会の日に当たり、横浜港では花火の爆発する音がかなり大きく聞こえました。



2015年07月25日(土) 曜日の感覚の衰え

船上での作業は土曜・日曜もありません。船を降りるまで「休日」は無しです。従って今日は土曜日ですが土曜の休日の感覚は全くありません。「さいたま」に居るときには土曜・日曜日の朝は「別所沼」への散歩の日と決めていました。土曜日・日曜日には「水泳」をしたり、献血に行ったり、楽器の練習をしたりと休み特有の行事があったのですが、それ等全て当面「お預け」状態たのです。

こうした生活に慣れるにはどのようにすれば良いのかいま悩んでいますが解決策は見つかりません。ともかく運動量がへることが最も良くないことなのでトレーニングルーム通いに務めていますが、精神的なリラックス状態をどのように作るのか難しいです。今日は「IPOD」の収録曲を大幅に変更してみました。今回はベートーベンとマーラーの交響曲を入れました。気分転換になれば良いのですが。



2015年07月22日(水) メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲

船上生活において「IPOD」で音楽を聴くことがかなり「癒し」になります。絶えずエンジン振動がして床が揺れ動いている場合は部屋のベッドに横になって「音楽」を聴く機会が増えました。またトレーニングルームでもトレッドミルで歩きながら音楽を聴きます。現在「IPOD」にはピアノ三重奏曲が沢山はいっていますが、その中でも「メンデルスゾーン」のピアノ三重奏曲2番がお気に入りです。

メンデルゾーンのピアノ三重奏曲では「1番」旋律が美しくロマンチックな感じで2番より有名なのでしょうが、「2番」は音楽的により複雑で聞き込むと「癖」になるようなフレーズが多いです。スリランカのチェロのドュッシー先生が2番の方が好きだといっていたことが今頃になって分かってきた感じです。演奏はパールマン、ヨウヨウ・マ、エマニュエル・アックスの3人です。3人とも「福顔」というか人の良さそうな音楽家です。彼等の容姿の雰囲気がそのまま演奏に現れている感じです。




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