浦和レッズは昨日のヴィッセル神戸との試合に引分けて勝ち点1を加えた結果今年度前期優勝を決めました。昨年12月にあと少しのところで優勝を逃しているので今日も気がかりではありましたが、昨年度とは一味違うレッズの戦い振りを見ることができました。
レッズで昨年度と最も違ったのは「槙野」の成長だと思いました。ハリル・ホジッチ氏が日本代表監督に就任し、ホジッチ監督のスタイルに合致した選手をJリーグ・ヨーロッパ組みに拘らず登用していく方針を明らかにしてから、もっともアピールしたのが「槙野選手」だと思います。元々明るく目立ちたがり屋の性格なので「代表のムードメーカー」としての素質はもっていたのですが、この前期「槙野」はホジッチの求める「前に責めるサッカー」を率先実施して代表の座を獲得しました。
昨日の試合のレッズの得点も「槙野」の攻め上がりが基点となって生まれたのでした。守備においても厳しく相手攻撃陣をマークし、ここぞという場面では攻め上がり、コーナーキックを得ると高さを生かして攻撃に加わり、シュートも打つというようにバックスでは「トゥーリオ」以来の存在感を示していると思います。まだ28歳なので90分間走り回ることが出来ます。この槙野の参加で「吉田」も積極的になっていることもプラスに働いています。後半戦も頑張って欲しいと思います。

長野のスーパー「ツルヤ」で購入した二本のイタリアワインです。右が799円(税抜き)のトスカーナロッソ、左が599円(税抜き)のモンテプルチアーノ・ダブルッツオです。長野県須坂市に帰省しおりに買いました。安い割りに大変美味しかったので記録しておきます。
サンゼノーネというブランドのトスカーナ・ロッソはサンジョヴェーゼ、メルロー、カベルネソーヴィニオンの葡萄のブレンドです。従って一定の規律・密度を保ちつつ、適当に庶民的な味で非情に美味しいワインでした。ベルリンワインコンクールでイタリア最優秀生産者賞を受賞したワインだけのことはあります。この水準のワインがいつでも買える環境にあるということは非情に羨ましい限りです。生産会社はイタリア全国でワインに適した葡萄品種を買い集め様々なブランドでワインを生産して輸出しているようです。組織化しなければ地方の地酒で終わっていたかもしれないワインを探し出してコストを抑えながら輸出できるように事業家しているのです。
左のワインは大変安いモンテプルチアーノダブルッツオです。こちらは右のトスカナロッソとは違って兎に角安さを追求したワインのようです。味に格調はありませんが庶民的な味で可愛らしく「ガブ飲み」ワインできるワインです。このワインは現地ではボトル詰めにせずバルクで買えるのでしょうが、外国に輸出するときにはボトル詰めにせざるを得ません。ワインの選択肢の拡大ということでは貴重なワインだと思います。気取らない日常の食事の際に安心して飲めるワインです。
最近は都会でも地方でもお得なイタリアワインを購入することができるようになりました。1000円を切る値段帯のワインを探すならイタリア・スペインのコンクール受賞ワインがお得です。
ギリシャ債務返済期限が迫り、EUは新たなローンを提供する代わりに「年金改革・消費税・財政支出圧縮」などの一連の改革を要求しています。ギリシャ国内の銀行は預金者の預金引き出しが進み、資本現象しているため倒産を防ぐための資金供給の必要性から、ギリシャは日々必要な「資金」が増えている状況のようです。
それでもチプラスギリシャ首相は強気です。EU側に譲歩を要求するとともに最近西側との対立が顕著なロシアに接近して「ロシアからの資金援助」というカードを散らつかせてEUとの交渉を有利に進めようとしています。世界の株式・為替マーケットはこの「ギリシャ債務問題」に神経質になっていて債務返済期限が迫るたびに市場が変動するようになってしまいました。
しかし呆れるのは「借りている側が強気で、日本では考えられないような粘り越し」を見せている点です。日米開戦のきっかけとなったアメリカの対日本石油輸出禁止措置や在米資産凍結処置に溜まりかねて日本は戦争の道を選びました。強いものどうしの争い・強いといきがっているものの争いはしばしば不幸な戦争に繋がりますが、貧しいもの・失うものが無い者が争うときには「弱いものの側」が優勢になるようです。
ギリシャは都市毎に発展していた古代文明期の後そのままローマ帝国に支配されました。そしてローマ帝国分裂後は東ローマ帝国の支配下に置かれ、その後はオスマントルコ帝国の配下に置かれました。その後オスマン帝国が衰退し19世紀前半にアテネを中心とするギリシャの国が成立しました。しかし東はトルコに接し、北はバルカンの火薬庫に近いため安定した国作りはできなかったようです。従ってヨーロッパ各国が中世の封建主義絶対王政・ルネサンス・宗教改革を経て近代国家(国民国家)に変身していった過程はすっぽり抜けているのがギリシャなのです。ギリシャ国民はそんな地政学的特質に翻弄される「国」に対しては覚めた見方をしているようです。ローマ帝国配下・オスマン帝国配下、EU配下と指図するボスが変わったように、今度も変わるのかなと思っているのかもしれません。
6月13日の献血時の血液検査結果が到着しました。評価が難しい結果が出ました。直近2週間くらいの血糖値が反映される「グリコアルブミン比率」は「19.4」とこれまでの最悪数値となってしまいました。前回5月23日の値が「18.9」なので更に悪化したことになります。一方で「アルブミン」「コレストロール」、「総蛋白」などの血液の栄養の量を示す数値はこれまでにないような低い数値となっています。ということは血液の栄養素は一般に少ないけれど「血糖」だけが豊富にあるという状況です。
5月前半に行った四国遍路の後体重は少し減りましたが、遍路から一カ月くらい過ぎてから体重が更に減り、現在でも62Kgを下回る水準です。通勤時の歩数は15千歩程度で遍路前と変わらないし、食事の量はこれまでと変わらずに野菜を十分に取り御飯を減らすものとなっています。このような状況下でなぜ血糖の量が増えているのか推測してみました。
身体の筋肉は「四国遍路」で一日3万歩〜5万歩程度歩いた経験を十分覚えていて血液にエネルギーとなる「糖分」を蓄えようとしているのではないかと思われます。しかし現実にはその半分程度しか歩かないので血液中の糖分の消費は進まずに結果的に血液に残留する「糖」の量が高くなっている可能性があります。更に遍路中に十分とっていた食事も急に「野菜」を取る「減量スタイル」に急に変わってしまったので、身体は食事から栄養分を補給できなくて体脂肪を分解して栄養分補給という方法を取ることとなり、その結果体重が減ったのではないか。
何れにしろ血糖の供給と消費のバランスが取れていない状態が続いていている可能性があります。もう少し様子を見る必要があると思われます。
| 2015年06月17日(水) |
ドヴォルザークのピアノ協奏曲 |
ドヴォルザークのピアノ協奏曲を武蔵浦和図書館から借りてきました。演奏はピアノがリヒテル、カルロス・クライバー指揮のバイエルン放送交響楽団です。とんでもない組合せの演奏者と馴染みの無い曲です。この演奏は1976年の6月にミュンヘンのスタジオで録音されたものです。クライバーとリヒテルの二人が共演した唯一の作品・録音であり、もちろんこの組み合わせで演奏会で演奏されることはありませんでした。リヒテルが61歳でクライバーが45歳です。この年齢から考えると「ドヴォルザーク」を選曲したのはリヒテルだろうと思われます。
2015年4月にベルリン・フィルに客演したムーティがインタビューで面白い逸話を紹介していました。ベルリン・フィルとの演奏会でムーティリヒャルトシュトラウスの「イタリアより」という珍しい曲を取り上げたのですが、その理由には「リヒテルとの出会い」が絡んでいるというものです。少し長いですがHMVのホームページの記事を引用します。
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私の持っている「イタリアより」のスコアには、“1968年4月”という書き込みがあります。もう随分昔のことです。この時まで私はこの作品が存在することさえ知りませんでした。私がフィレンツェ五月音楽祭管を初めて指揮した時ソリストはスヴャトスラフ・リヒテルでした。彼はモーツァルトとブリテンのコンチェルトを弾き、私はモーツァルトのシンフォニーとブリテンの《ピーター・グライムズ》の〈4つの海の間奏曲〉を指揮しました。これは私のキャリアの始まりで後にフィレンツェ五月音楽祭の音楽監督になりました。リヒテルとはそれから何度か共演しレコードも録音しています。
この最初の演奏会の後、彼(リヒテル)は私は言いました。“あなたはシュトラウスの「イタリアより」を演奏しなければいけませんよ”。私は作品の名前さえ知らず、スコアを取り寄せました。それが、この1968年4月のスコアなのです。私はリヒテルのことをよく知っていました。彼は少し変わった、有名でない作品に対する強い関心を持っていました。王道というよりは、横道を選んだのです。ちょっとした小路を行くことの方が、ずっと面白いと思っていた。
普通(音楽とは別に)人に“イタリアの好きな町は?”と聞くと、大抵は、ローマやヴェネツィア、フィレンツェといった答えが返ってきますよね。しかし彼は、“ノルチアやトラーニが好きだ”と言ったのです。いずれもメインストリームから離れた美しい小さな町です。それゆえ私にも、《ドン・ファン》や《死と変容》などの、一般的な作品を勧めませんでした。“いや、ぜひ《イタリアより》を勉強しなさい”と。そして実際に学んでみると、素晴しい作品だと分かりました。
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リヒテルは「王道よりは横道を選ぶ」ことがあったようです。カルロス・クライバーという若い天才指揮者と出会ってピアノ協奏曲を録音する機会ができました。リヒテルはベートーヴェンでも、ブラームスでもチャイコフスキーでもなく「ドヴォルザーク」を選んだのだと思います。演奏会にかける予定は全くありませんから、音楽への執着がとことん激しい二人は将来の聴衆に向かって録音したのでしょう。とんでもない名演だと思います。
リヒテルのピアノとオーケストラの伴奏が時に火花を散らし、時に寄り添って瞬間瞬間がとても濃密に進んでいきます。リヒテルがどの音域でも研ぎ澄まされた音を保ちながらも「PPからFFF」まで表現すれば、オーケストラは全ての音符・休符を細やかな思い入れ持ってを表現しています。リヒテル・クライバーの天才が織り成す別世界のようです。
| 2015年06月16日(火) |
ワールドカップアジア予選で日本引分け |
2018年ロシアで行なわれるFIFAサッカーワールドカップアジア予選がいよいよ始まりました。今日は日本の最初の試合でした。場所はサイタマスーパーアリーナ。観客席は99%日本サポーターで埋め尽くされました。日本代表はこのファンの期待を見事に裏切ってくれました。勝ち点3の勝利は当たり前で、過大は何点取るかどのような勝ち方をするかだとNHK解説者が話していましたが、結果は「0対0」の引分けに終わりました。
日本のサッカーは昨年のブラジル大会のようなサッカーから進化していることは確かだと思います。練習試合では日本の変身した姿を見ることができました。特に変化した点は「自陣でボールを奪い、素早い速攻で相手守備陣が十分な体制を作る前に点を取る」というヨーロッパでは当たり前の「機動力サッカー」ができるようになりました。武藤とか永井とか若くて足の速い選手はこの戦法にピッタリはまりました。
ところが今日の相手シンガポールは見事に日本の攻撃を封じてしまいました。日本に速攻をさせない手段を講じたのでした。それは日本陣内に攻め込んだ時に無理をして日本フェンス陣にボールで奪われるのではなく、ゴールの可能性が小さくともとにかくシュートで攻撃を終わらせ続けたのでした。ボールがデットになったりキーパのキックから再開されるのでシンガポールの選手は自陣に引き返す余裕が生まれます。結局日本チームは最近身に付けた機動力サッカーを使うことができませんでした。
こうなると日本チームはブラジル大会まで慣れ親しんでいた「ポゼッションサッカー」をするしかないことになります。シンガポールは自陣に全員が引いて守備にあたり、日本のフォワードに対して厳しくマークするとともに、オフサイドの罠をしっかり張り巡らすという戦法と、センスの良いゴールキーパーの活躍で日本の得点チャンスを悉く潰すことができました。シンガポール代表の統一されたチームワークと個人技、日本をゼロ封にしようという執念に日本チームは跳ね返された感じです。
日本代表チームはシンガポールの戦術を甘く見ていた感があります。ボール支配率は圧倒的に日本が上回っていましたが、ゴール前を硬く固める守備をこじ開けることは予想以上に難しかったのです。それにも拘らず数少ない貴重なチャンスをミスで潰したり、バックパスで相手に守備陣建て直しの時間を与えたり、危機意識が足りなかったと思います。ハリル・ホジッチ監督言っていた「罠」とはこのことだったのでしょう。

土曜日曜の2日間の休日の後、月曜日の会社の池には「5羽」のカルガモの姿がありました。金曜日から1羽減ってしまいました。6月1日に最初にお目見えした時には10羽生まれていたので、二週間(二回の土・日)で半分になってしまいました。先週金曜日の段階で6羽残っていたのですが、その中の一羽は少し「やんちゃ」で群れから離れて行動するタイプでした。この「やんちゃ」が不幸を招いてしまったのかもしれないと思っています。
生後二週間で雛は大分大きくなりました。今週金曜日まで良く食べて猫・カラスに抵抗する力を付けて欲しいと思います。
学生時代に読んだ本「白バラは散らず」を読み返しました。6月初旬に田舎に帰省した時に持って帰りました。この本はドイツのヒトラー独裁政権下のドイツ社会において、時の政権に対して抵抗運動を展開し死刑となった大学生と大学教授の勇敢な行動を扱っています。
国家社会主義統制で社会が歪み自由が奪われ長引く戦争では戦死者が増加し、ユダヤ人や健康なドイツ人以外の人々への迫害がエスカレートしていくのですが、ミュンヘン大学の学生・教師の6人がこの社会の流れに抵抗しました。彼等の活動は巧みに配られる「白バラ通信」という政権批判文書の頒布・政権批判落書き等を通してドイツの人々にナチス政権への反抗を呼びかけるものでした。
彼等はナチスの捜査機関に分からないように巧みに地下に潜伏して活動を進めました。しかし大学でビラを撒いている所を発見されてしまいます。結局6人の活動実態がナチスに知られるところとなり6人とも死刑となってしまいました。その6人はハンス・ショル(医学生)、アレクサンダー・シュモレル(医学生)クリストフ・プロープスト(医学生)ヴィリー・グラーフ(医学生)ゾフィー・ショル(生物・哲学)、クルト・フーバー(哲学教授)でした。ハンス・ショルとゾフィー・ショルは兄妹です。
この本を再び読みたくなったのは今年が終戦70周年にあたることと同時に、現在国会において議論されている「安全保障関連法案」が非情に危険な一歩踏み出すことに繋がりかねないと思えるからです。ドイツのヒトラーの台頭・日本の軍国主義政権の勃興には両国の一般国民は大多数が賛成しました。それが積極的賛成であったか「渋々」の賛成であったかは別にして、ドイツ・日本とも破滅に向かって進み始め、国民はそれをどこかで予感しつつも国家と運命を共にするしかない状況に追い込まれていきました。その時にどのような「人達」が勇気を持って反抗できたか確認しておきたかったのです。
反戦ビラの「白バラ通信」の作成はハンスとゾフィーのショル家の兄妹2人が中心となって行なわれました。ショル家は父ローベルト・母マクダネーレと5人兄弟の家庭でした。ハンスは2番目、ゾフィーは4番目の子供です。「白バラは散らず」は一番上の姉のインゲが書き残したものです。この本では「ショル家」の非常に深い家族愛と家族全員が真摯なクリスチャンであることが紹介されています。そしてそこから生ずる正義・公正に対する深い共感と、「他人に対する愛情→自己犠牲を選択できる勇気」が家庭内に溢れていたことが分かります。
法定でショルとゾフィーの死刑判決を聞く両親二人の心情がどれほど深く悲しいものであったか想像を超えます。また留置所関係者の証言からショル・ゾフィーが死刑判決を受けてからも非常に立派な態度で通し、刑務所関係者を驚かせたことが語られています。彼等が受け入れた「自己犠牲の死」はどんなに誇らしく、達成感をもたらすものであったのかこれも想像を超えます。
現代ドイツでは「白バラ通信」の存在は嘗ての自分達民族の中に良心を持って立派に行動した先輩がいたことを証明する非常に貴重な資料となっています。残念ながら日本においては、この「白バラ通信」に比肩しうる市民活動があったという証拠は残っていません。
この本を読んで大切だと思ったのは「信仰の重要性」そしてその信仰は「家族」単位に育まれるということです。理論や知識だけでは「死という最終的自己犠牲」を払う抵抗活動が可能となるとは思えないのです。社会と家族の関わり合いにおいて「信仰(キリスト教)」の存在は非常に大切なもののように思われます。現代日本の状況は理論・知識は立派だと思うのですが、昭和初期の状況のように社会が混乱してしまうとやはり当時と同じ軍国主義の道を歩み出しそうな気がします。残念ながらそれを防ぎ得る仕組みができているとは思えません。
| 2015年06月13日(土) |
サッカー女子日本代表好調 |
今日FIFA女子ワールドカップで日本がグループステージ第2戦を「カメルーン」と戦いました。献血にいっていたので前半の得点シーンは見ることができませんでしたが後半をしっかり見ることができました。試合は「2対1で」日本の勝利。日本チームの決勝リーグ進出が決まりました。アフリカ代表のカメルーンも身体能力が高く後半は日本が押し込まれるシーンが多かったです。しかし総合力で日本チームが勝っていると感じさせる試合でした。
というのも日本チームが澤・宮間だけのチームではなく多彩な選手が要所要所で活躍するからです。今日目立ったのは「宇津木選手」でした。さすがフランスリーグで闘っている選手だけあって判断力・基本的な身体能力が優れています。ドイツで戦っている「大儀見選手」と同様に「パスミス」が少なく、ボールをレシーブが柔軟なためにボールを敵に取られてピンチを招く状況は極端に少ないと思いました。この二人と「阪口選手」は、日本チームにありがちな「狭い場所での短いパス回し」をしないので、日本チームの試合ペースを整える役割を果たしています。しかもチャンスになると積極的にゴールに突進します。
男子チームでもそうですが、狭い場所でのパス回しができるのは「Jリーグなど」の暗黙のルールで厳しくボ−ルを奪わないことになっているからです。外国の有力チームの激しい守備の前では日本選手の緩いパス回しは通用しません。今日の試合で宇津木選手が誰も予想できないような早いパスを前線に送った場面がありました。得点には繋がりませんでしたがさすがヨーロッパで戦う選手だと思いました。こういうメンバーが活躍し始めると日本チームは決勝リーグでも十分に上位に食い込めると思いました。
アメリカ政府はイラク政府軍兵士などの訓練を支援するために米兵450人規模を追加派遣することを決めました。既に3100人が派遣されているのですが更にそれを強化する目的です。これらの米兵はあくまでもイラク政府軍等を支援・訓練するためのもので、ISIS掃討のための地上戦闘部隊ではありません。
先月(5月)中旬にISISはイラク中西部アンバル州の州都「ラマディ」に侵攻してそこを守備していたイラク政府軍を蹴散らしました。アメリカから強い非難を浴びたイラクの首相は数日間で奪回する豪語し、五月下旬からイラク政府軍のほかにシーア派武装組織も動員して奪回作戦に取り掛かりました。しかしいつになっても戦果の報道は聞こえきません。
イラク政府軍の軍人の話としてCNNは以下のようなコメント伝えています。「アメリカとその連合軍は2003年当時たった22日間でサダムフセイン政府軍を打ち負かしてしまった。アメリカとその連合軍は自分達の望むことを実現する力をもっている。彼等が本気になればISISを打ち破ることは難しくないはずだ。」たぶんイラク政府軍兵士の気持ちはこの通りでしょう。アメリカがいくらイラク軍兵士を訓練し武器を供与したからといってイラク軍兵士の士気は上がりそうにありません。
一方でアメリカ国防省が発表した昨年8月からシリアとイラクでISISに対する行われてきた爆撃等の戦闘に要した費用は「27億ドル」を超え、一日当たり費用は9百万ドルなっているのだそうです。このうち2/3の18億ドルは空爆のためのUS空軍の費用が占めているとのこと。残り9億ドルでは武器弾薬供与のコストが6.5億ドルとなっているようです。ISISとの戦いは10カ月に及んでいますがまだまだ延々と続きそうです。今後も続く「一日11億円」に上る戦費はどのような分担となっていくのでしょうか。
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