| 2015年03月17日(火) |
ベルリンフィル「ラトル」の後は? |
ベルリンフィルの首席指揮者「サイモン・ラトル」の契約期間が2018年で終了することになっていて、ラトル自ら契約を更新しないことを宣言しました。ラトルは2017年にイギリスのロンドン交響楽団首席指揮者に就任して故郷に恩返しをすることになるようです。ラトルの交替までまだ時間があるのですが、余計な雑音の発生を抑えるためにベルリンフィルはラトルの後任指揮者選び急ぐことになったようです。具体的には今年5月11日にベルリン・フィル団員による非公開の投票で後継者が決定されるのだそうです。後任選びの予想は非常に難しいのですが、ネット情報を見る限り下記の指揮者の中から選出されるという見方が多いようです。順序は若い順です。
○ロビン・ティチアーティ(29歳)(スコットランド室内管弦楽団) ○グスターヴォ・ドュダメル(31歳)(ロスアンゼルス交響楽団) ○アンドリス・ネルソンス(34歳)(ボストン交響楽団) ○ヴァシリー・ペトレンコ(36歳)(オスロ管弦楽団、ロイヤルリヴァプール管弦楽団) ○ヤニック・ネゼ・セガン(40歳)(フィラデルフィア管弦楽団、ロッテルダム交響楽団) ○キリル・ペトレンコ(44歳)(バイエルン国立歌劇場監督) ○パーヴォ・ヤルビ(52歳)(ドイツカンマ―フィル、パリ管弦楽団) ○クリスチァン・ティーレマン(53歳)(ドレスデン国立歌劇場監督) ○リッカルド・シャイー(62歳)(ゲバントハウス管弦楽団、スカラ座監督) ○セミヨン・ビシュコフ(62歳)(BBC交響楽団) ○イワン・フィッシャー(63歳)(ブダペスト祝祭管弦楽団)
私の個人的な予想では「ドュダメル」が本命だと思います。「ドュダメル」の才能は誰しもが認めるところです。ベルリンフィルが採らなければスカラ座・ウィーンフィルが触手を伸ばすでしょう。一方これまでの実績を勘案して堅く選ぶなら「シャイー」と「ヤルビ」でしょう。両者とも既に名門オケのシェフにあって非常に忙しい身ですが、ベルリンフィルの首席ポストなら受けるはずです。この二人は非常に人間味溢れた暖かい演奏をする指揮者だと思います。ベルリンフィルに君臨するフルトヴェングラー・カラヤン・アバド・ラトルの路線とは少し違うことが気になりますが。
「ダークホース」は何と言って「C・ティーレマン」です。彼はウィーン・フィルでメストに敗れて「ベルリン・フィル」の仕事を虎視眈々と狙っていると思います。「ティーレマン」は上のリストの指揮者の中でも非常に特に個性的な演奏をする指揮者だと思います。フルトヴェングラー・カラヤン等の独特な個性を持つ指揮者の典型のような感じがします。ベルリンフィルで「大化け」するか「オケもろとも自爆するか」のどちらかだと思います。今回長期的な人事を決められないとすると前回ラトルに敗れた「バレンボイム」を中継ぎに選ぶという選択もあるようです。中継ぎなら「ヤンソンス」も可能でしょう。5月の選挙が楽しみです。
14日に開通した上野東京ラインに平常日として初の今日月曜日に乗りました。乗った列車は赤羽を6時42分に出発する「新前橋発の熱海行き」です。赤羽駅から横浜駅までは45分かかりました。赤羽東京間が18分、東京横浜間が27分かかりました。赤羽・尾久・上野・東京・新橋・品川・川崎・横浜の8駅に停車しました。駅間7区間なので平均駅間走行時間は6分半程度です。上野駅手前の大きなカーブでスピードを若干落とすのは従来通りです。更に「上野・東京間」は速度をスピード落としていました。その他の区間の線路には大きなカーブがないため電車の揺れは少ないので快適です。以下途中駅の出発時刻です。
赤羽 06:42 発 尾久 06:47 発 上野 06:54 発 東京 07:01 発 新橋 07:04 発 品川 07:10 発 川崎 07:19 発 横浜 07:27 着
車内の状況は「赤羽−上野間」がもっとも混雑ししていたようです。上野で比較的多くの客が降りますが、予想に反して乗って来る客は非常に少なかったです。常磐線も品川まで繫がったので「常磐線→東海道線」の乗り換えは品川に移ったのではいかと思われます。東京では降りた乗客・乗ったきた乗客が多かったです。車内で立っている乗客が総入れ替えした感じでした。これまで東京から始発電車を利用して座っていた常連客が座れなくなりました。これは少しかわいそうな感じがしました。
会社からの帰りにも「上野東京ライン」を利用しました。「国府津発宇都宮行き」で横浜発5時54分初の列車に間に合いました。この列車の各駅通過時刻は以下の通りでした。
横浜 17:54 発 川崎 18:03 発 品川 18:12 発 新橋 18:17 発 東京 18:21 発 上野 18:27 発 尾久 18:32 発 赤羽 18:37 着
東海道線からの客が横浜で降りるので横浜駅から座席に座ることが出来ました。横浜から品川まではそれ程混雑していません。これは従来の東海道線でも同様でした。列車が混雑しだすのは品川以北でやはり東京からの乗客が多かったです。この方々はこれまで上野で東北線に乗り換えていたと思われますが、今日からは東京から乗り換えがなくなりました。上野からは予想外の乗ってくる客が少なかったです。赤羽では降りる客が少なく、まだまだ混雑が続く感じでした。ここは変わる要素はありませんね。
インド式カレーが食べたくなったなったので機能の夕飯に「本格インドカリー」を作りました。我が家のインドカリーは「銀座アショカ風」です。結婚して間もない頃にまだ珍しかったインド料理店を妻と食べ歩いて「銀座アショカ」のカリーが1番美味しいという結論に達しました。その後「銀座アショカ」のカリーレシピーを載せている料理本を買いて自宅で「アショカ風のカリー」が我が家のカリーメニューとなっています。
「銀座アショカ」はその後再開発で弊店となり、銀座高速道路下に移転しましたが現在は弊店しています。新宿ヒルトンホテルで営業しているそうですが、そこには行ったことはありません。今でこそインド料理店は街中で多く見かけますが、昔(30年以上前)は非常に貴重でした。新宿中村屋・銀座ナイル等の有名店はありましたが、高級北インド料理としては銀座アショカと赤坂タージの二軒が有名でした。
銀座アショカは本格北インド料理の店でした。北インド料理は南インド程は辛くはありません。マイルドな味に仕上げるために、アーモンドナッツ粉やヨーグルト、刻みゆで卵などを加えます。我が家の場合はレジピー本に従ってケーキ作り用のアーモンドとヨーグルトをたっぷり加えます。そうすることによってスパイスの市絵g気的な味を円やかにするのです。「玉葱」を刻んで油で炒めるのは新婚当時からの私の役割です。玉葱を良く炒めることがカローの味の一つの秘訣でもあります。昨年ガスコンロを更改したことによって火が回りがよくなったので上手く炒めることができました。カリー作りには「トマト」が欠かせないのですが、缶詰めトマトは味が良すぎてカリーの味が甘くなりすぎる感じがします。非常に原始的な味のするインドのトマトが欲しくなります。インドで沢山カリーを食べましたが、我が家のカリーの味が本場インドカリーと遜色ありませんでした。
| 2015年03月14日(土) |
越谷のイタリアンレストラン |
加須市に本社のある「ロマンチック街道」という会社が埼玉県を中心にレストランを展開しています。さいたま市の自宅に理解レストランを探したところ、大宮の「ボア・ソスカーナ」、越谷の「ベッロ・カンパーニャ」の二軒があるということが分かり、両方の店に電話したところ大宮店は「ローマタイプピザ」、越谷店は「ナポリタイプピザ」だということなので越谷店にいってみることにしました。この会社が展開しているイタリアンレストランには「薪窯」が設置されているということなので「ナポリピザ」を食べることが目的です。
土曜日の外環下の国道は大変混雑していましたし、外環からレイクタウンに伸びる4号線バイパスも混雑していたので予想外に時間がかかりました。帰りは越谷駅を超えて旧4号線を南下して外環にでましたが、帰りの方がスムーズですた。
「ベッロ・カンパーニャ」は越谷郊外に駐車場を広く確保したレストランで如何にも子供が喜びそうな雰囲気をしていました。そして店のメニューも「パスタ料理・ピッツァ・イタリアン」に加えて、ケーキ・ジェラートが豊富で子供が喜びそうなメニューを揃えていました。目的の「マルゲリータピザ」ですが、コーヒーとサラダがついてモッツァレラ追加のピザセットが1300円程度でした。野菜とか飲み物は普通に美味しいのですが、マルゲリータはナポリを連想させるものではありませんでした。トマトソース・モッツァレラ等それなりの美味しいのですが「オリーブオイル」の量が少ないせいか「全体のまとまり」を欠いていました。
厨房の客から見えるところにイタリア製という「薪窯」が設置されていますが、ピザの注文はそれ程多くないようでピッツァイオーラの女子は少し手持ち無沙汰気味でした。規模が大きいファミリータイプのイタリアンレストランでは「薪窯」のコストも他で吸収できるのかもしれません。妻の注文したトマトソースのパスタは麺にひが通り過ぎていました。味は濃厚でパルメザンチーズを多く振りかけたソースはそれなりに美味しかったですが、ナポリの「パスタ・ポモドーロ」の味とは別物でした。とにかくピザを始めとしたイタリア料理がブームでいといろなタイプのレストランでができることはあり難いことです。
大相撲3月場所は非常に盛り上がっているようです。看板力士の横綱「白鳳」がどんどん記録に挑戦して非常に引き締まった姿勢を見せているので全体に緊張感があると思います。白鳳の横綱の自覚・稽古量はすごいのでしょうが、白鳳を止められない横綱・大関陣は一層の奮起が必要でしょう。
白鳳は先場所の行事軍配に対する批判とか最近発言が少し気になるところがあります。大記録挑戦で神経質になっているとの報道もありましたが、相撲界の潜在的な問題(外国人力士に対する待遇)に対する警鐘である可能性は否定できません。モンゴル出身力士にとっては年寄名跡取得条件に「日本国籍者」があることには抵抗感があると思います。過去「曙」「朝青竜」等外国人力士が相撲界から不自然な形で去って行きました。白鳳の相撲界への貢献を考えれば「一代年寄」の権利が与えられのは当然だとは思いますが、その上の相撲協会となると話は別でしょう。しかし貴乃花の次を担える日本人力士はいるのでしょうか。
モンゴル出身の若手が相変わらず元気です。白鳳・日馬富士・鶴竜の後には「逸ノ城」「照ノ富士」が続くことでしょう。この二人は共に白鳳の父親から柔道を習っていて、その師匠に進められて日本の相撲界にやってきたのだそうです。日本へやってきた飛行機も同じ便であったそうです。
二人とも非常に恵まれた身体を持っています。今場所東関脇に昇進した照ノ富士(1991年生まれ)は、モンゴルウランバートル市出身、伊勢ヶ濱部屋、身長191cm、体重180Kg。西関脇から落ちて西前頭筆頭の位置の逸ノ城(1993年生まれ)はモンゴルアルハンガイ県バットツェンゲル郡出身、湊部屋所属、身長192cm、体重202Kg。身体の小さい「遠藤」が早々に怪我をして休場したことに比べると非常に安定感のある相撲を取っています。
| 2015年03月12日(木) |
中国で鳥インフルエンザ発生 |
2013年春に中国・香港等で流行した「H7N9型鳥インフル」が昨年秋以降再び流行の兆しを見せていて、この「H7N9型鳥インフルザ」は「パンデミック」に繋がる危険性が増しているという報道がありました。香港での研究によると、鶏が伝染する「H7N9ウイルス」は変異しやすい遺伝子構造を有しているため、鶏から人間に感染してから人間の体内で突然変異して「人から人への感染するタイプ」に変異する可能性を持っているのだそうです。このインフルエンザの致死率は約3割で毒性はかなり高いインフルエンザです。
一方、今年の「春節」では非常に多くの中国人が日本に押し寄せました。この背景には円安局面の他に今年一月から実施された中国人に対する日本滞在ビザの発給要件の緩和がありました。今年の春節では多くの中国の方が「数次の日本滞在ビザ」を取得しましたので、春節が終わってチャンスがあれば簡単に日本観光にやって来ることが出来るようになりました。次に中国で連休となる時期は「清明節」で、最低でも4月3日からの3連休となります。前後に休暇を取れば日本旅行も可能な連休となります。丁度日本が桜開花シーズンなので多くの観光客が訪れそうです。
もし「人から人への感染力」を獲得したインフルエンザに罹った人が日本の満員電車に乗ったことを考えると非常に恐ろしい事態が予想されるのです。「エボラ出血熱」の場合には飛行機便がかなり限られていたし、西アフリカから長時間のフライトとなるので空港での水際検疫が有効でした。しかし中国国内の多くの空港から日本の地方空港にも飛行機が飛んでいることから、中国でパンデミックが発生した場合には空港での検疫で侵入を防ぐことは相当難しいのではないかと思われます。
| 2015年03月11日(水) |
東日本大震災から4年 |
東日本大震災から4年が経過しました。今日のテレビ放送では各社が震災後の復興状況を様々な角度から報道していました。仮設の復興住宅に住んでいる人がまだ沢山いること、ただでさえ地方では商店街が消えてく状況にあるのに震災でそれが加速されていることなどなど。しかし鉄道・道路などのインフラが次第に復興していることは明るい材料だと思います。
問題解決の出口が見えないのが「被災した原発」です。「福島第一原発」では溶けてしまった燃料棒を取り出すまでに数十年かかる見込みです。そしてその取り出した「燃料」をどのように処理するのか、燃料棒取り出しまでに発生する莫大な量の汚染された冷却水をどのように処理するのか目処が立っていません。最初から怪しいと思っていた地下水の流出・流入を防ぐ「凍土壁」は予想通り役に立たないことが判明しました。現在のようなやり方で総合的に上手くいくのか、ひょっとして大きな落とし穴があるのではないかという心配があります。
小泉元首相が「原発廃止の政治決断」を迫っていますが、稼動できる原発は稼動させるという方針のようですが、将来どうするのかという大原則についての自民党政権は態度をはっきりさせていません。どうもその背景には日本の産業政策とか科学技術政策があるような気がします。つまり「原子力」の研究を継続していかないと、産業競争力も落ちるし、核兵器開発は横においておいても科学技術分野で「核保有国家」に置いていかれてしまうという心配があるのだと思います。更には「原発事故対策技術」が確立できれば、将来非常な有力な商売の「種」になるという目論見もあるでしょう。
しかし「原子力エネルギー」が本当に制御可能な技術なのか、東北大震災のような地震・自然災害にが発生しても大丈夫だという保証があるのでしょうか。科学者は出来ないことを可能にする方策を探そうとするのでしょうが、そういう科学者に任せておいて良いのでしょうか。多分「政治家」は「科学者」に責任を押し付けるし、科学者の方は「判断」するのは「政治家」だと最後には責任をとらないでしょう。なんだか嘗て「統帥権問題」が元で国民不在の無責任体制となってしまったどこかの国の指導者層みたいですね。
3月14日からJR東日本の鉄道ダイヤが大幅に改正されます。今回は例年・例月にない大きなイヴェントがあり大幅なダイヤ改正なので時刻表を買いました。今回の目玉は「北陸新幹線の長野以西開業」と「上野東京ライン開業」です。信州出身でさいたまに住む身としては北陸新幹線開業も大変期待の大きいイヴェントですが、埼玉から横浜に通勤していることから「上野東京ライン」の開通は非常に有難い出来事です。
これまでも「湘南新宿線開業」によって東京北部・埼玉県以北と横浜の連絡は非常に便利になっていたのですが、今回「上野東京ライン開業」によって高崎線・東北線・常磐線が東海道線に繫がるので、例えば赤羽・横浜間についてみるとこれまでの湘南新宿線を使うより「約5分」短縮されます。更に東海道線は湘南新宿線に比べて格段に運行本数が多いので湘南新宿線については多少混雑緩和になるかもしれません。
湘南新宿線が混雑するのは「渋谷・新宿・池袋」の3駅の乗降客のせいです。赤羽方面の北向きでいうと「池袋」でピークを迎えるます。池袋・赤羽間の混雑は大変な状況です。しかし神奈川方面から埼玉県以北向かう乗客はそれほど多くないように思えます。今回埼玉以北から「大手町・東京・新橋・品川」に通う通勤客にはかなりの便利になります。それより埼京線の混雑が緩和されるのではないかと思われます。というのも「赤羽−品川間」はについては、湘南新宿が通らないし、高崎・東北線は上野止まりだったので、大崎乗り換えがあっても本数の多い「埼京線」利用が便利でしたが、「上野東京ライン」を使った方が格段に便利になるからです。
今後の課題としては「埼京線大崎」以南の「りんかい線」です。大崎―大井町は一駅の乗車でもかなり割高です。りんかい線を使うと「天王洲アイル」で羽田モノレールに乗り換えできますし、将来の羽田アクセスと期待されるJRの貨物船とも接続可能となります。りんかい線は早期にJRと一体化して、乗客を獲得しておいた方が得だと思います。
| 2015年03月09日(月) |
過去に正面から向き合うこと |
「ぺリリュー(レイテ島)の戦い・硫黄島の戦い」では1944年後半から1945年前半にかけて日本の敗戦が濃厚になる中で太平洋の軍事拠点で「玉砕」という非常に悲劇的な「大量死」が発生しました。この二つの戦いは圧倒的な米軍の装備・兵力に対して、補給が途絶え弾薬の数の限られた守備部隊が知恵を凝らして戦い、短期間で制圧可能と考えていたアメリカ軍の大損害を与えて数か月もの間米軍を釘づけにしたものでした。
戦国時代の「真田昌幸」が上田の城を徳川の大群から守り抜き、大阪夏の陣で「真田幸村」が家康本陣に迫ったように少数精鋭兵力が強敵に立ち向かって善戦する戦記は人気があります。大阪冬の陣・夏の陣の豊臣軍の状況とその精神構造は、70年前の敗戦の状況にかなり似ていると思います。たぶん70年経った今でも多くの日本人の「心」は変わっていないのでしょう。この二つの玉砕戦における「守備隊」の戦い振りとか「特攻隊戦士」を英雄的に評価する論調は多いようです。
アメリカ軍は豊富な武器弾薬の兵站に加えて病院船の配備・戦車等の修理部隊の配備等非常に用意周到に戦いの準備をしたことに比べ、日本軍の戦い方は極度に精神力に頼ったゲリラ作戦でした。当時アメリカ軍は日本軍の行動を理解できずに非常に恐れたようですが、それはちょうど「ISIS」や「ボコ・ハラム」のゲリラ戦法に対応している現在の心境と似ていると思います。日本人としては非常に複雑ですが、過激派のテロ行為はかなりの部分、70年前に日本軍が思い至った強敵に立ち向かう戦法なのです。
そろそろ「桜」の季節ですが、毎年綺麗に咲いた「桜」が潔く散る姿は日本人の精神構造に深く影響を与えてきました。しかし国全体がそちらを向いていてどうしようもなかったからと言って「玉砕戦法」・「特攻隊の戦士」を英雄視するのは、過激派テロ組織の女性兵士が自分の身体に爆弾を巻いて爆発させるテロを英雄視することに近いと思います。家族が暮らす日本本土への攻撃を遅らせようとする玉砕決戦のために兵士に「死」を強要するのことを決して英雄視してはいけないと思います。
今日ドイツのメルケル首相が来日しました。記者会見で問われて答えたメルケルさんの言葉は非常にシンプルですが日本人に対して真摯なアドバイスとなっていると思います。メルケルさんは隣国フランスの理解もあったが、ドイツが"had faced its past squarely"したことが戦後の隣国との関係修復に役立ったことを述べられました。国内世論には安倍首相のタカ派的姿勢を評価する向きもありますが、政治指導者には過去に正面から向き合って欲しいと思います。
| 2015年03月08日(日) |
「フェイギンさん」に感謝 |
ロシア人チェリストの「フェイギンさん」のリサイタルを最前席で聞いて非常に勉強になりました。その後フェイギンさんの演奏からヒントを得て色々試してみていますが、昨日と今日集中的にチェロを弾いてみて、これまでの自分の欠点をかなり明確に意識することが出来ました。その欠点に気をつけて演奏することによってこれまでの悩みが解消されて全体として非常に「心地よい」練習ができるようになりました。まだまだ障害は沢山あるとは思いますが長い階段の最初の方の一段を登った感じです。これも「フェイギンさん」のお蔭です。
今回「フェイギンさん」の演奏で感心したのは、チェロの「音の立派さ」と、その音とは対照的とも言える程の「控え目な動き」でした。特に左右の「肩」「腕」「手」が常に動きが小さく「力が抜けている」ことです。低音・高音の非常な力強く輝かしい「音」は非常に「小さな動き」から奏でられていることにでした。情熱的・感動的に聞こえる演奏は実は冷静な頭脳と、リラックスして効率的に動く筋肉から発せられるのだと思いました。
今回トライした演奏姿勢は一言でいうと「左右両方の肩・腕・手を連動させて「四本の弦」がより小さい力でより良い音を発することができるような姿勢を準備すること」でした。これまでは「D線とG線」については結果的に「左右の両手」の連動が出来ていたようなのですが、「A線・C線」については左右の腕・手にどうしても窮屈感を感じていました。この原因を考えてみると「弓の移弦の問題は右手」「音程の問題は左手」だけに気持ちがいっていて両方の肩・腕の相互作用を見逃していたことが大きいと思いました。
C線の音程を確かなものとするために左手の肘を前に出すときに、右肘を後ろに引いてやれば左手の動きはよりスムーズになりますし、逆にD線からA線への移弦が窮屈であれば、左肩を後ろに引くことによって右肩・右腕の動きをサポートできます。片方だけの腕・肘・手で処理するより、両方の腕・肘・手を連動させることによって必要な力は少なくて済みます。その結果身体全体の力を少し抜くことができることに成ります。体の力を少し抜くことによって「脳」は別のことを考える余裕が与えられ、音楽的な事についてより多くの注意を払うことが出来るようになるみたいです。「脳」が音楽の事をより多く考えるようになっていく程、奏でられる音楽が豊かになっていくのだと思います。
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