KENの日記
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2015年03月07日(土) 今年4回目の献血

今日今年四回目の献血にいてきました。場所は池袋のイースト。土曜の夕方に予約したのですが予想外に混雑していました。予約しておいたのでズムーズに行きましたが予約が無ければかなり時間がかかったと思われます。混雑していても献血する人が多いということは良いことなので我慢しなければなりません。最近のGA(具リオアルブミン比率)は以下のようになっていて、年末年始の暴飲暴食での悪化を2月になってから改善傾向にあります。前回以降も体重管理も概ね出来ているので、前回に引き続いて良い結果が出るのではないかと思っています。

2014年12月21日・・・18.2
2015年01月10日・・・19.4
2015年02月01日・・・17.7
2015年02月18日・・・17.7
2015年03月07日・・・(?)・・・・・・17.6(後日追記)

因みに日赤のパンフレットでは、以下のような判断評価になっています。GA(グリコアルブミン比率)は「HbA1c」の約3倍が目安だとされいますが、少し厳しい数値のように思われます。

GA 15.6〜16.5・・・注意が必要。
GA 16.5〜18.3・・・超尿病が否定できない。
GS 18.3以上・・・・・・糖尿病が強く疑われる。



2015年03月06日(金) 首都圏の高速道路が便利になります。

明日「中央環状線の渋谷−品川間」が開通して中央環状線が全線開通となるということです。これまで「さいたま市」の我が家から中央道・東名には中央環状線を使って都心環状線を使わずに行けましたが、横浜方面に行くには都心環状線を使うか、環八経由で第三京浜を使う方法を取るしかなかったのでした。これからは中央環状線で品川まで行って首都高速1号線をりようすることができるようになります。相当の時間おの短縮になると思います。

この他に来年度(2015年度)には「圏央道」の「桶川北本〜白岡菖蒲間」が開通して、「圏央道」が「東名・中央・関越・東北・常磐・東関東」の各高速道路を結ぶことになるのだそうです。「圏央道」が繫がると、東北・信越からの「成田空港」へのアクセスが大分便利になります。また東名・中央道から東北道への連絡が格段に便利になります。個人的には「桶川北本」インターに接続する「上尾道路」が整備されると、長野に帰省する際に非常に便利になるので期待しています。中央環状線・圏央道の整備は進みますが「外環」の整備はなかなか進みません。1番便利そうな場所は土地が高いのでしょうね。



2015年03月05日(木) 天皇陛下パラオ訪問

天皇は今年4月にパラオ共和国を訪問することになっています。フィリピンの東の太平洋(赤道以北)海域には、現在、アメリカ領となっている「サイパン・グアム」、独立国として、マーシャル諸島、パラオ共和国、ミクロネシア連邦の3か国があり、天皇はパラオ訪問に合わせてマーシャル諸島・ミクロネシア連邦の首脳とも交流する予定だそうです。

これらの島国は第二次世界大戦中の当初は日本の領土となっていました。サイパン、マーシャル諸島・パラオ共和国、ミクロネシア連邦は第一次世界大戦の結果、ドイツ領だったところが日本の委任統治領となっていました。グラム米西戦争の結果アメリカ領だったのですが、真珠湾攻撃直後に日本が侵攻した結果アメリカ軍が放棄していったものでした。

アメリカ軍は体勢を立て直して東から徐々に挽回して、1944年夏以降サイパン・グアム奪還を果たし、パラオの「ペリリュー」の日本軍基地を苦戦しながらも攻略する一方、1944年末にはフィリピンに再上陸を果たします。サイパン・グアム等に空軍基地を建設した米軍はそこから直接日本本土空襲が可能となったのでした。長崎・広島に原爆を投下したエノラ・ゲイもサイパン諸島のテニアン島から飛び立ちました。

「敗戦70周年」の年に天皇陛下が意欲的に第二次世界大戦で日本軍が戦った地域を訪問し、連合軍・日本軍・現地住民の犠牲となった人々を追悼しようとされる姿は非常に立派だと思います。それは昭和天皇の後ろ姿をずっと近くから見てきて固く決意してきたことでしょうし、ひょっとしたら昭和天皇からの遺言だったのかもしれません。しまし今上天皇は「靖国神社」には参拝していないし韓国訪問も果たせていません。

どうもそれらの仕事については皇太子に引き継がれていくのではないかと思われます。今の日本政府の姿勢からするとこの二つの問題は簡単に解決しそうもありません。中国国内にも天皇が訪れたい場所は幾つかあるでしょうがこれも非常に難しい状況です。皇太子も55歳ですからそれほど悠長なことを言っていられない状況です。私は敗戦「100周年」の状況がどのような時代となっているのかぜひ立ち合ってみたいと思います。



2015年03月04日(水) 「Beef Ban」

インド西部のマハラシュトラ州で「牛肉の販売・消費」を禁ずる法律が施行されたそうです。マハラシュトラ州では州議会が20年前に「the Maharashtra Animal Preservation (Amendment) Bill」で決議していたのですが、国会での承認・大統領の許可が保留されていたのだそうです。昨年10年振りに政権交代があって、ヒンドゥー教を大切にする「BJP」政権が発足し、国会でヒンドゥー教徒に歓迎されそうなこの法案に「Goサイン」が出されて3月3日に大統領が署名したということです。

マハラシュトラ州ではこれまで「Cows」の屠殺・販売・消費は禁止されていたそうですが、今回はこれに加えて「Bulls」も禁止種類に指定されるとのことです。但し水牛「Buffalos」の屠殺・販売・消費は許可されるようですが、その量は「牛」全体の25%程度に過ぎないので牛肉の流通量急激に減ることが予想されるのだそうです。この法律の罰則規定では法律を犯した者に高額の罰金や最長5年の禁固刑が適用されるとのことです。

マハラシュトラ州はインド金融の中心都市の「ムンバイ」を擁する非常に有力な州です。ここには外国の金融機関が進出しているし、インドの有力企業の本社が集中していて海外からの渡航者も多く国際都市と言えるのですが、だからこそこのようなヒンドゥー教寄りの法律が施行されるところが「ムンバイ」らしくもあるのです。

金融・商業都市のムンバイにはインド人の高学歴層が集中しています。表現が少し適切性を欠くかも知れませんが、高学歴の人々は上位カーストの方が多いのは否定できない現象です。ヒンドゥー教徒では上位カーストの人日とほど節制します。当然ですが「肉食・アルコール」の習慣は殆どありません。ヒンドゥー教徒でも上位カーストの人達ほど菜食主義者が多くなるのです。また会計士・弁護士のような職業は厳しい戒律を守り自己統制能力の高い「ジャイナ教徒」の人々が就くことがおおいようです。ジャイナ教はヒンドゥー教より徹底して「生き物」は食べません。国際金融都市ムンバイの産業を支えるのがこのような人々なので「BeefBan」の法律も無理も無いと思われるのです。

ムンバイに住んでいた頃は「牛肉」の調達にはひどく苦労しました。そもそもムンバイでは「牛・豚肉屋」は見かけることはありませんでした。市場には「チキン」は売っていますが「牛・豚」は売っていませんでした。どこで買うかというと特定の食料品屋さんの奥の方に大きな冷蔵庫があって、そこで他人の目に触れないような形で豚・牛肉の販売が行われていました。街の人に聞けばどこに売っているか直ぐに教えてくれますが、堂々と胸を張って買うような品物でないことは確かでした。当時はそれでも牛肉を買えましたが、これからは購入そのものが難しくなります。スケーキ大好きのアメリカ人などムンバイでは暮らしていけないでしょう。

ユダヤ教の「Kosher」、イスラム教の「Halal」程ではないようですが、インドのヒンドゥー教も自らの宗教のアイデンティティを全面に押し出す時代が来たように思えます。「セクハラ・パワハラ・アカハラ」など様々な「ハラスメント」が「宜しくない」とする時代に入りつつありますが、他人の「宗教」に関してハラスメントにならないような細心の配慮が求められるようになりそうです。

嘗て香港で仕事をしているインド人の知り合いと彼の祖国インドのムンバイの「菜食主義レストラン」で食事をしたことがありました。完全菜食主義の彼が非常に満足した様子で美味しそうに「完全ベジ料理」を食べている様子を垣間みることとなりました。多分彼は何でも食べてしまうような「香港料理」に非常に苦労していたのだと想像できました。



2015年03月03日(火) フィレンツェ観光番組のミス

昨日放送されていたBSTBSの「世界一周鉄道の旅(イタリアまるごと3時間スペシャル)」を途中から見ました。番組はミラノの観光を終えた後に鉄道の「Italo」に乗ってフィレンツェに移動して、ルネサンス名画の宝庫フィレンツェのウフィッツ美術館を紹介していました。昨年の秋の録画のようでフィレンツェ観光客は厚手の服を着ているし、ミラノの文房具屋さんでは来年(2015年)年の手帳を作っているという紹介がありました。

びっくりしたのがフィレンツェ市内案内の場面でした。市内中心部にある有名な教会の紹介として「サンタ・クローチェ教会」とテロップで書かれていて、案内約の女性ナレーターもはっきりと「サンタ・クローチェ教会」と紹介しているのです。しかし画面はどう見ても「サンタ・マリア・デル・フィーレ大聖堂(花の聖母教会)」なのです。普通に考えてもフィレンツェ中心部の教会を紹介するならば、まず「花の聖母教会」が出てくるはずだと思います。どう間違えて「サンタ・クローチェ教会」となってしまったのか。番組製作スタッフもナレーターの方も疑問を持たなかったのかしら。

BS放送が始まってから観光番組が充実してきたので楽しみが増えました。出かけてみないと本当の醍醐味は味わえないのですが、そのヒントになったり旅のプランを練るのに役立ちます。番組制作会社は現地でスポンサーを探すことが忙しくて、現地の観光情報については観光ガイドを参考にして簡単に作ってしまうのでしょうか。「観光案内の番組」がこのような間違いに気付かないほど「現地情報」を軽く考えているとしたら困ったものです。



2015年03月02日(月) 春節の中国人観光客

2月18日から24日までの春節休暇の間に海外旅行に出かけた中国人の数は518万2千人に達したという報道がありました。前年同期比に比べて10%増加しているとのことです。(中国国家旅游局「2015年春節旅行状況に関する報告」データ)

渡航先別では、団体旅行はタイ(18%)、日本(18%)、韓国(10%)欧州(10%)、台湾(9%)。個人旅行では日本(17%)、タイ(11%)、韓国(9%)、モーリシャス(9%)となっているそうです。日中関係は決して良いとは言えない状況ですが、お金持ちの中国人観光客にとっては日本が人気No.1のようです。特により裕福な層が好むと思われる「個人旅行」では韓国・タイを引き離して一位となっているところが特徴です。円安局面であることに加えて、日本の観光業界・小売業界などの努力が功を奏したのではないかと思われます。

百貨店大手4社(三越伊勢丹、そごう西武、高島屋、Jフロント)の2月の速報売上高が発表されました。4社揃って対前年増加を記録したとのことです。免税品の売上増加が全体の増加に寄与している模様です。百貨店に来る客は「高級品購入」が目的だと思われますが、そういう富裕層が高級品を買い漁る以上に「家電量販店・ディスカウントストア」などではお目当て商品に的を絞った「爆買い」が行われたと想像されます。

また長崎には2月19、23、24日に中国から3隻のクルーズ客船が入港して約1万人の観光客が長崎に上陸したのだそうです。長崎中華街を中心にした旧正月イヴェントを楽しんで、近辺のデパート・ショップで買い物を楽しんだようです。飛行機のような大量の持込荷物に追加料金のかかることのない「客船」での来日なので思いっきり大型の買い物を楽しんだことと思います。

日本から海外旅行するというと「飛行機の旅」が当たり前になりますが、距離的に近い中国・台湾の場合、旅行の目的のひとつに「買い物」があるのであれば「船旅」という選択は非常に有益だと思われます。今年の春節旅行客の人気商品が「洗浄機能付き便座」だったそうですが、持ち帰るにはこれが最大級でしょう。勤務先関係でフィリピンから日本にやって来る「船」の船員は日本で炊飯器をはじめ洗濯機・テレビなどの大物を買って帰ります。船まで配達してもらえば後は自国に戻った時の家までの輸送手段を考えれば良いだけです。そうなればもっともっと買い物の範囲は広がると思われます。



2015年03月01日(日) 娘が無事に帰国

先週の日曜日からドイツに出張していた娘が無事に帰国しました。娘は勤めている会社の取引先との打ち合わせなどでドイツのフランクフルト近郊の街と少し北部のハノヴァーに出張したのでした。一緒に出張する会社の同僚の都合で「関空−フランクフルト」のフライトとなったので、行きは新幹線利用の前泊、帰りはANA便の「関空−羽田」便を追加ということで大分面倒くさいことになったようです。

関空−フランクフルトの行き・帰りの両便とも満席だったとのことです。またフランクフルトで滞在したホテルには日本人客が沢山逗留していたとのこと。円安局面ですが原油安でサーチャージが下がっているので海外旅行客は減っていないようです。南ドイツ方面はロマンチック街道が人気なので観光客が多いのでしょう。

「ISIS」絡みでヨーロッパではテロの危険性が高まっていたので、何事もなく無事に帰ってきてくれるように願っていましたが安心しました。自分達夫婦の旅行より心配の種の多かった娘の出張でした。



2015年02月28日(土) 別所沼の河津桜開花

別所沼に植えられている河津桜が開花しました。昔からある桜の木ではなく数年前に植えられた「桜」ですが、今年も元気に春の訪れを告げています。武蔵浦和から別所沼に通ずる遊歩道沿いや別所沼の広場には多くの「ソメイヨシノ」がありこちらは一斉に開花します。河津桜はそれより随分前に開花します。

別所沼にはソメイヨシノとは別の「ウコン桜」の大木があります。こちらはソメイヨシノの花が散ってしまった頃に黄色かかった白色の花を付けます。ソメイヨシノが散ってしまって少し寂しい感じのする頃に満開となり、花見の賑やかさを思い出させてくれます。少しずつ開花の時期がズレルのも趣があります。



2015年02月27日(金) ドレスデン空爆記念日における独大統領のスピーチ

1945年2月13日・14日にドイツのドレスデンは連合国空軍から激しい空爆を受けました。この二日間のドレスデン市の大多数の建物が破壊され、住民等数万人の犠牲者がでました。大規模な都市殲滅作戦とも言えるドレスデン爆撃は同じ年の3月の東京大空襲、長崎・広島への原爆投下と並んで戦争末期におけるの敗者側が被った悲惨な不幸とし記憶されています。2015年は70周年目の節目の年なので復興したドレスデンの「聖母教会」において記念式典が行われました。その式典の中でドイツのガウク大統領が非常に立派なスピーチをされたということです。ドイツの国際放送DW(ドイッチェ・ヴィッレ)のサイトの主要な言葉を引用します。

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Remembrance can be a source of productive energy for a society. But in many parts of the world we are today once again seeing how a selective and, as it were, biased remembrance serves to further destructive, revanchist or nationalistic goals. Here in our own country, too, we will continually have to talk, and sometimes argue, about what we want to remember, and how.

A country which stood for the monstrosity of genocide, could not expect to emerge unpunished and unscathed from a war which it had itself waged. We know who it was that begun the murderous war, we will never forget the victims of German warfare, when here today we remember the German victims.

過去を思い出すことは社会の生産的なエネルギーの源となり得ます。しかし今日世界多くの場所で再び我々は過去を選択的に見ようとしています。別の表現を取るならば、偏見を持った「過去の振り返り」が更なる破壊、報復主義的なあるいは国家主義的な目的に向かわせるこ可能性を秘めているということです。

途方もない大量殺戮の代名詞になった「国」が、罰せられずに無傷で「自分の始めた戦争」から復興できることは殆ど期待できないことなのです。我々は誰が残忍な戦争をを始めたのか知っています。我々は今日ここでドイツ人の犠牲者に思いを馳せていますが、ドイツによる戦争の犠牲になった人々のことを決して忘れてはいけないのです。
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数万人のドレスデン市民が犠牲になったことは大きな悲劇でした。しかしどんな大きな悲劇を被ろうがドイツ自ら犯した戦争犯罪が軽減されるものでないことをドイツの良識ある国民は分かっています。日本においても家族を亡くした遺族、愛する者を奪われた人々の無念の気持ちは十分想像できますが、だからと言って日本が戦争で犯した罪は軽減されるものではないのです。ドイツにおいてはナチの時代を肯定するような右翼の動きがありますし、戦争末期の大規模爆撃は非人道的な戦争犯罪だとして非難する意見もありますが、ガウク大統領はそうした考えはっきり戒めました。

日本の満州事変以降の戦争によって近隣国に大きな被害を及ぼした責任は、日本人が悲劇的な犠牲を払った沖縄戦や東京大空襲・長崎・広島の原爆によって被った大きな犠牲によって、また戦後の日本の世界への平和的・人道的経済支援等による貢献によって軽減されるものでは決してないことを肝に銘ずるべきだと思います。国民の一部にそのような感情的に考える人達がいたとしても、日本国政府はその声を厳しく抑え、外国に対しては決して口に出すべきではないと思います。



2015年02月26日(木) 終戦70年首相談話

「20世紀を振り返り21世紀の世界秩序と日本の役割を構想するための有識者懇談会(21世紀構想懇談会)」が設置されました。この懇談会は終戦70周年の節目として今年の夏に発表される阿倍首相の談話に材料を提供するための懇談会だということです。終戦節目の談話は50周年の「村山首相」、60周年の「小泉首相」に引き続くものです。村山首相は人柄もあってか非常に率直なお詫びの言葉を盛り込み、最後に「「杖るは信に如くは莫し」と政治信念を引用して結びました。

村山談話においては将来の日本の進むべき方向性として「深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。」という思いを盛り込んでいました。

この部分については当時と現代に相当の状況変化が起きていると思います。「富める国・貧困にあえぐ国」の格差の問題とか、そうしたことを背景とする過激派組織(テロ組織)の問題等これまでに無かった難しい問題が表面化していて、日本が貢献できる分野が変化し範囲も拡大してきているように思えます。こうした状況変化に対する対応策については独善的にならない範囲で言葉を補えばいいのではないかと思えます。

阿倍首相にもしっかりと「お詫び」の言葉を盛り込んで欲しいと思います。そして二度と「道」を踏み誤らないよう、謙虚に歴史を振り返って、日本の誤りの原因は何処に有って、その「原因」は今どのように克服されているのか、それが再び再燃することを防ぐためには日本がどういうことに気を付けなければならないか、ということをしっかり考えて表明することが大切なことだと思います。

今年1月に行われたアウシュビッツホロコースト追悼セレモニーで「過去あったことは将来起こらない保証はない。ホロコーストの関する歴史をしっかり将来に語り継がなければならない」と当時を知る人が次第に少なくなってきていることに対して警鐘がならされました。皇太子様が誕生日記者会見で述べられたように「歴史を正しく語り継ぐ」ことは非常に重要になってきていると思います。

日本国内では「20世紀に日本はなぜあのような「道」を辿ってしまったのか」ということについて現在でも議論が分かれていることは困ったことです。何時かの時点に後戻りできなくなった分岐点があったのか無かったのか、「20世紀の日本の振る舞い」は「19世紀の明治政府(安倍首相の故郷の人達が国の方向性を決めたのですが)」に原因があったのではないかという視点もあります。ここを曖昧にしている限り「誤りの芽」を事前に摘むことは難しくなると思います。




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