| 2014年11月22日(土) |
新宿東口に3つ目の献血センター |
今日は定例献血で新宿東口の献血ルーム「新宿ギフト」に行って来ました。新宿駅東口には昔から「東口献血センター」があり、数年前から「新宿ギフト」献血センターがオープンしました。ビルの8階にある「新宿ギフト」に行くには、一般の洋服店の店舗内を通ってエレベータに乗る必要がありちょっと場所的に問題があります。そのため「東口献血センター」に比べて若干人気がないようで空いています。
この12月に新宿駅東口にもう一箇所献血センターができるというお知らせがなされていました。場所は「新宿ギフト」より新宿駅に近い場所です。名称は「新宿東口駅目献血ルーム」ということになるようです。若者が集まる新宿ですから3つ目の献血センターが必要かもしれません。しかしちょっと集中し過ぎの感じです。地下街が発達し副都心線が開通した新宿ですから、もう少し地理的に分散させたほうが良かったと思います。個人的には新宿に増設せずに、「品川」あるいは「赤羽」に献血センターを作ってもらうと非常に有難たかったのですが。
今日衆議院が解散されました。多くの国民は今回の解散を「何故今なの?」と考えていると思います。これから非常に虚しい選挙戦に突入します。国民は「安倍首相の政治は嫌いだけど野党はもっと信用できないから自民党に入れよう」か「安倍首相の政治は嫌いなので、どうなうるか分からないけれど野党に入れよう」の二つの選択肢の間で揺れるのではないでしょうか。どちらにしても国民は今回の解散が「何のため」の解散なのか分からず、安倍首相の強引な権力濫用に少なからず怒りを感じていると思います。
安倍首相は記者会見で「衆議院全員の首を切るという思い決断をした」と自分の判断の重さを強調しましたが、それって「権力者の驕り」以外の何者でもないと思います。首相に与えられた「集銀全員の首絵を切る権限」は多分日本の政治家の最大の権力だと思います。与党(自民党・公明党)の誰からも反対されること無く一人で決断した首相は多分「権力の頂点に君臨」する快感を味わっているのだと思います。しかし「驕れる者久しからず」だと思います。
| 2014年11月20日(木) |
ボージョレ・ヌーボー |
11月20日(第三木曜日)はボージョレ・ヌーボーの解禁日。次第にお祭り騒ぎが衰えているとは言えニュースの「ねた」にはなります。我が家で昨日安いポルトガルワインを飲んで終わりです。これまで作り立てのワインが美味しいと思ったことは一度もありません。「安物」を飲んでいる人達には「美味しさ」が分からないといあれれば反論できませんが。
最近フランスのワインは全くと言っていいほど買わなくなりました。日本でワインブームが絶頂期に達した時代には、ボルドー、ブルゴーニュの高級ワインが世界最高峰で一度でも良いから最高級のワインを飲んでみたいと思っていました。ボルドー、ブルゴーニュの銘酒のマーケティングも巧みなら、ボージョレ新酒のマーケティングも大成功でした。日本人は見事に術中に嵌りました。レストランもソムリエ達も「ワイン」で生活していますから、一緒になってマーケティングに参加しました。その効果はまだ日本には残っていて、ボージョレ・ヌーボーの輸入国としては日本は世界でダントツなのだそうです。
一方でワインブームの結果ワインの消費量が増えて、フランスだけでなく多くの生産国からワインが輸入されるようになりました。特にフランスに匹敵するくらいの生産量・消費量を誇るスペイン・イタリアなどのワインが豊富に入るようになりました。庶民にとっては非常に有難いことです。今では私のワインへの思いは「安くて美味しいワインに巡り合う」ことに完全に変わっています。その意味では「ボージョレ・ヌーボー」は「高くて美味くないワイン」の代名詞のように思えます。
18日火曜日BSジャパンで小学生チェリスト「北村陽」さんの演奏を放送していました。演奏曲目はハイドンの「チェロ協奏曲第1番」で伴奏は藤岡幸夫指揮の関西フィルでした。何気なくチャンネルを回していたら偶然に出くわした珍しいクラシック音楽の番組。ハイドンのチェロ協奏曲であることは直ぐに分かりましたが、驚いたことは演奏しているのは小さな男の子でした。
この少年は10歳(2004年生まれ)の「北村陽」さんだといことが後で分かりました。彼の演奏を音だけ聞いていたら「大人のプロ」が弾いているとしか思えないでしょう。別の部屋でパソコンに向かっていた妻に「誰が弾いていると思う?」と難しい問いを発してしまいました。画面を見た妻も驚いていました。
「北村陽」さんは4歳からチェロを習ってきたようで、左手はの指は見事に「チェロ向き」な指になっています。音程が正確で早いパッセージも難なく押さえてしまいますが、一番感心したのは「トリル」の速さです。本当に見事なトリルで指の強さが現れていました。「ボーイング」に何の不便さも感じられないことは驚きです。大人と比べて腕の長さは大分違うと思いますが見事なボーイングで、弓を一杯に長く使って力強く芯のある音を奏でていました。
「北村陽」さんの魅力はその演奏だけにとどまらずその表情にもあると思いました。伴奏の「藤岡幸夫&関西フィル」がテレビ出演で緊張したせいか固い表情で演奏していることと対照的に、「北村陽」さんは音楽が楽しくてしかたがないというような嬉しそうな表情で弾ききりました。技術的に難しい場所でもあくまでも「音楽を奏でる顔」です。曲全体を全体として掴み、かつ細部も丁寧に演奏されていたと思います。
このような少年の演奏に出会うのは嘗て仙台のコンクールで聞いた「ランラン」以来です。記録によると当時ランランは13歳で圧倒的な素晴らしい演奏でコンクールに優勝しました。彼の演奏を素晴らしいものとしたのは彼の技術だけではなく、純粋に「音楽を楽しむ」態度が伴奏者の共感・応援を得た結果だったと思っています。ランランは今でも演奏が楽しくて仕方ないという表情で演奏し続けています。「北村陽」さんもこれからずっと楽しそうな表情で音楽演奏を続けていってほしいと思います。そして周りを「楽しさ」に引き込むような笑顔を忘れないで欲しいと思いました。
「解散に言及したことは一度もない。この言い方を今、変える段階にない」「一般論として、国民の理解と協力なくして政策を進めることはできない」「民主党の大失敗はマニフェストで消費税を上げると書かず、国民生活に関わる問題を選挙で信を問うことなく決めたことだ。」
阿倍首相のブリスベーンでの記者会見時(16日)の発言です。この発言が阿倍首相の解散の決意の表れだということでマスコミが一斉に衆議院解散の報道に流れました。今晩(18日)安倍首相は記者会見を行い、「今変える段階にない」というフレーズを変更して、今週21日にも衆議院を解散する旨をはっきり宣言しました。「国民の生活の直結する税制度について国民の審判を仰ぐ」という根拠のようです。
国民の誰だって「税金」は少ないほうが良いと考えているはずです。他の要素、具体的には社会保障費・医療費だとか国会・行政の運営費だとか素人の国民では解決できない問題あるので、代表者を選んで考えてもらっているのだと思います。そして「年金・医療の一帯改革と抱き合わせで消費税率を上げる」ことを民主党・自民党が合意して前回の総選挙が行われました。その結果で消費税は既に今年4月に消費税率は5%から8%に改定されています。10%にすることの可否をめぐって「国民の声」を聴くというのは非常に唐突に感じます。国のリーダには国民を啓蒙していく役割もあります。ただ国民の声に従うのは「衆愚政治」になりかねません。そうでなければ足並みの全く揃わない野党を横目で冷静に見て、国民には政権交代の選択肢がないことを確信して選挙に打って出る作戦だとしか思えません。
もし安倍首相が「バーの低い勝利(過半数確保)を確信して」選挙に打って出るのであれば、有権者は重大な決断をしなければならないと思います。阿倍政権の方向性に「NO」を出す方法を真剣に考えなければなりません。代わりになる受け皿がないから「阿倍政権にYES」を投ずるとすれば、それは日本を間違った方向に進めてしまう可能性があります。「細川内閣」で日本は混乱しましたが、一時の混乱を覚悟で「NO」を言う決意が求められると思います。沖縄県民はその「心意気」を示しました。この際野党は共産党の「四位委員長」を首班候補とする大連立内閣構想でも打ち出して、安倍首相と真正面から戦ってほしいところです。
| 2014年11月17日(月) |
アルゲリッヒ・バレンボイムのドュオ |
昨日の日曜日の深夜(正確には月曜日の午前0時から)に録音しておいたBSプレミアムクラシカル音楽番組「アルゲリッチ・バレンボイムのピアノリサイタル」を聴きました。このリサイタルは今年4月にベルリンのフィルハーモニーホールで収録されたもので、既にCDも発売になっているようです。演奏曲目は以下の3曲でした。
モーツァルト:2台のピアノのためのソナタニ長調 K.448 シューベルト:創作主題による8つの変奏曲変イ長調 D.813 ストラヴィンスキー:春の祭典 演奏:マルタ・アルゲリッヒ、ダニエル・バレンボイム
演奏はバレンボイムが3曲とも高音部パート(右側)を受け持ち、アルゲリッヒは低音部(左側)でした。曲目によって入れ替わっても面白いと思ったのですが、バレンボイムがリードしアルゲリッヒが「無愛想」に着いて行くといった感じで進んでいったと思います。アルゲリッヒが1941年生まれ、バレンボイムが1942年生まれと言いますから二人とも70歳になっています。「ドュプレ」が生きていればもうすぐ70歳です。更に調べてみたら「ポリーニ」が1942年生まれ、「パールマン」がドュプレと同じ1945年生まれ。ピアノ・ヴァイオリン演奏者ではこの年代生まれ優秀な音楽家が若い頃から随分長く活躍していることに改めて気づいた次第です。
バレンボイムのピアノでは昔放送されたベートーベンピアノソナタ集を録画して随分聞きました。モーツアルトやベートーベンのような「音の粒揃い」が求められる音楽は得意のように思えました。決して指は長くないのですが「コロコロ」と器用に小回りが利きそうな手をしています。肘を少し伸ばして「腕全体の重さ」でフォルテを出す場面が多々あり、少し無理をしているような印象を受けます。アルゲリッヒは見事な「手」をしています。指の先端は細いのですが関節の盛り上がった長い指で古典派からロマン派・現代音楽何でもバリバリ弾き熟すいった感じの手をしています。2曲目のシューベルトは連弾でひとつのピアノを二人で引いたのですが、二人の演奏スタイルの違いで少しギコチナイ印象を受けました。バレンボイムは左手が両者にとって窮屈そうでした。
前半のモーツァルト、シューベルトの2曲では二人の巨匠の演奏にしては迫力がこの程度かしらと思ってみていました。同じようなパッセージを順番に二人が弾く場面が多くのですが、そういう場面では二人の音の違い・指回りの違いが見事に垣間見えてしまいます。妻は「プロはこのような演奏は嫌だろうね」と言っていましたが本当にその通りだと思いました。「指揮者バレンボイム」でなければ実現しない組み合わせで、アルゲリッヒの「多彩な音と粒立ちの素晴らしさ」が所々でバレンボイムを凌駕していました。ハスキルとリパッティが連弾を楽しんだという話が残っていますが、そのくらいの技量レベルで二人の演奏家が揃わないと惨めなことになりかねません。
しかしストラビンスキーが始まると「音」の興味は消え失せて、「春の祭典」の原始的な音楽、そして二人の名人の「ぶつかり合い」に圧倒されてしまいました。ここではさすがにオケを相手にするバレンボイムが見事なリードを見せたと思います。ファゴットとか弦楽器の強奏とかトランペットとかオケ版での音に慣れ親しんだ旋律をピアノでもそれに負けないくらい魅力的なニュアンスが伝わってきます。それにしてもこの難解な曲を息を合わせて完璧に引ききってしまう二人の名人芸には脱帽しました。途中で拍が合わなくなるのではないかしらという心配を他所に最後までとんでもない集中力で弾き切りました。とんでもない名演に接して興奮が暫く治まりませんでした。
| 2014年11月16日(日) |
「Georg Christian Schemelli」について |
バッハ宗教合唱曲集(CD10枚組)をネットで購入し、IPODに入れて少しずつ聞いていますが、10枚目のCDに「Schmelli Song Book」からキリスト誕生に関する歌が9曲が入っていました。比較的単純な音型で簡素な歌ですが「シュライアー&オジェー」が丹精に歌っていて非常に魅力的です。このこれまで知らなかった「Georg Christian Schemelli(以下シュメッリ)」について調べたので記録しておきます。収録曲は以下の通りです。
Uns ist ein Kindlein heut geborn BWV 414 Auf, auf die rechte Zeit ist hier BWV 440 Ermuntre dich, mein schwacher Geist BWV 454 Ihr Gestirn, ihr hohlen Lüfte BWV 366 & 476 Ich steh an deiner Krippen hier BWV 469 Ich freue mich in dir BWV 465 O Jesulein süß BWV 493 Beschränkt, ihr Weisen BWV 443 Gelobet seist Du, Jesu Christ BWV 314
シュメッリ(1678−1762)はバッハ(J.S.Bach1685−1750)と同時代の音楽家でり、教会で歌われていた「讃美歌」を954曲の歌詞を記録して「讃美歌曲集」として纏め出版しました。シュメッリがバッハの後妻のアンア・マグダレーナの出身地「Zeitz」の宮廷歌手を勤めていたとか、シュメッリの息子が聖トーマス教会付属学校でバッハの教えを受けていたとかの関係で、シュメッリはバッハと知り合ったようです。シュメッリがバッハより7歳年上です。
シュメッリの954曲の讃美歌の中で69曲には「旋律・BASSコード」が付されていて、その幾つかはバッハの作品だと言われているのだそうです。どの作品がバッハ手製のものであるか。部分的にバッハが手を加えているものもあるのでしょう。バッハ研究者の中でも見解が分かれていて、29曲がバッハ作とする研究者がいれば、24曲あるいは22曲だとする研究者もいるとのことです。最新の研究では3曲だけがバッハの作であるとする説が有力のようです。その3曲は以下だと日本語ウィキペディアでは解説しています。
「主よ、汝に向かいて」(Dir,dir,Jehovah) BWV452 「来れ、甘き死よ」(Komm,süsser Tod) BWV478 「われを忘れたもうことなかれ」(Vergiss mein nicht) BWV505
バッハ宗教合唱曲CD所収の「9曲」は最新の研究ではどれもバッハの作ではないことになります。しかしその9曲はシュメッリが旋律を整備して伴奏を付けたとすると、シュメッリさんも結構立派な作曲家だったのだと思われます。
| 2014年11月15日(土) |
サッカー「日本対ホンジュラス」 |
昨日「日本×ホンジュラス」の練習試合が行われました。私は帰りの電車の中で「ワンセグ」で前半戦を見ました。携帯電話の画面は小さいし、しばしば「固まる」ので日本代表の試合の様子を詳細まで見ることはできませんでした。家に帰って後半戦を見ましたが、既に点差が開いており日本代表は気分を良くして闘っていました。
この試合ではこれまでの「どうしようもないパス回し試合」から戦い方が大きく違っていました。最大の変化は「本田」が縦に走りパスの受け手に回ったことです。自陣でボールを奪ってからの攻め方として、これまでのように中盤の選手がボールを保持してじりじりと攻めるのではなく、建てに走る「本田」にロングパスを通し、反対側に「乾・岡崎」、本田の背後に「内田」が走り、相手の守備を撹乱するようなスピードサッカーを展開していたことでした。「乾」が2得点したのもこの日の日本代表のサッカーがヨーロッパ並みのサッカーを展開していた証拠だと思います。
「本田」をパスの受け手にすることは現在のい日本代表の最も確実な戦い方です。現在の日本代表の選手の中で「本田」がボール操作能力に最も優れているからですから。ミランで鍛えられているだけあって本田の能力は進化していると思いました。後は右の「本田」に対して「左の武藤」が本田並みに走りボールをキープすることが求められます。機動力サッカーが漸く見えてきました。欲を言うとこういうサッカーをシンガポールでのブラジル戦で試して欲しかったです。遠藤が久しぶりに「日本代表」に復帰しましたが、残念ながら遠藤のサッカーは今後の「日本代表サッカー」の方向性とは違うものだと思いました。
安倍首相からは国民に向けて何んら直接のメッセージはありませんが、マスコミによると「消費税率10%の延期・年内衆議院解散」という政治情勢の報道が活発化しています。報道では与党幹部から緊張感ある発言が流され、政治解説者は「消費増税延期・衆議院解散」に関するもっともらしい解説がなされています。阿倍首相はAPEC出席nために北京に行き、日本に戻らずにそのままミャンマーの新首都ネピドーで開催されているASEAN+3サミットに出席しています。色々なルートで「解散情報」を日本国内で流し、国民の反応を遠くから冷静に観測しているのだと思います。
さて今年年末に解散して「阿倍自民党」は勝てるのかどうか。残念なのは何と言っても「野党」が戦える状況にないということです。「維新」は石原・橋本分裂、「みんな」も分裂、民主党はもともと「分裂状態」。元気が良いのは「共産党」だけという状態です。それに対して自民党は内閣改造に併せて比較的清潔感のある「谷垣幹事長」、将来の総理候補「茂木選挙対策委員長」を配して負けない体制を構築済みです。特に選挙対策委員長に就任した茂木議員には手腕発揮の舞台が整ったと言って良いでしょう。選挙の勝つための「態勢・人材」では自民党が圧倒的に有利に立っていることは明らかです。
しかし、自民党に代わる勢力が無いからと言って国民は自民党を支持するかどうか。ここは非常に予想が難しいです。デフレ脱却・財政再建に向けた増税・アベノミクスへの審判も分からないではないですが、国民の心配の種は「安倍首相の東アジア外交」ではないでしょうか。来年の終戦70周年を控えて「阿倍首相」の「タカ派的政治姿勢」に懸念を抱いている国民は多いと思います。
集団的自衛権・特定機密保持法・中国・韓国との冷え切った外交関係などの最近の自民党政権の対外諸政策には危険な匂いが付き纏います。70年前に全国民の生活を破壊し数百万の国民の生命を奪ったのは、時の政治指導者の 世界情勢を冷静に省みることなく進められた独善的な侵略行為でした。マスコミも随分政府を焚き付けました。
来年の終戦70周年に関して欧州では嘗ての枢軸国・連合国が揃って記念式典を挙行できるような関係が既に構築されています。これに対して東アジアにおいては「中国・日本・韓国・北朝鮮」の当事国が意識を合わせて式典を行うことなど現時点では到底考えられません。むしろ中国・韓国は70周年を契機として日本に軍国主義の反省を求めてきそうな勢いです。
私としては、どういう政権でも良いですから、今回の選挙では「終戦70周年」を東アジア諸国を含めて関係国民が真摯に戦争を振り返り、共に再び不幸なことが起こらないという誓いができるような真摯な外交を展開する政権が発足して欲しいと思います。
| 2014年11月13日(木) |
日中首脳会談(その3) |
岸田外務大臣が11日の記者会見で、中日間の「四つの原則的共通認識(11月7日)」に対する質問に対して「尖閣に領土問が存在しないという日本政府の立場には変化がない」と答えたということです。7日の「四つの原則的共通認識」を確認することによって10日の日中首脳会談が実現しました。正式文書には「尖閣諸島領有権」とは書いていませんが、「東シナ海の緊張状態に関して見解の相違がある」と書いている以上、その原因となっている「領有権」に関する見解に相違があるとハッキリ言わなくとも透かして見ればそのように見える表現でした。私はこれを契機に政府はこれまでの主張のトーンを下げ、少しづつ方向修正を行っていくものと思っていました。この予想は崩れました。外務大臣が阿倍首相の真意を代弁したのだと思いますが、日本はこれまでの主張を繰り返すこととなりました。
中国(駐日中国大使館)は12日以下の反論を行いました。 「日本側の関連発言に対して、厳重な関心と不満を表します。釣魚島は中国の固有領土であります。中日双方が先日に発表した四つの原則的共通認識の中身と精神ははっきりとしています。近年来、日本側が中国側の釣魚島問題における立場を無視し、一方的な挑発行為をとったことは、当面釣魚島の緊張情勢の源であります。中国側が国家領土主権を維持する決意と意思は断固として揺るがないものであり、それと同時に終始して対話と協議を通じて釣魚島問題をコントロールして解決することに力を入れています。われわれは、日本側が歴史と事実を直視し、約束を守り、原則的共通認識の精神に基づいて中国側と向かい合って行動し、釣魚島問題において言動を慎み、中国の領土主権を損害するすべての行為を中止するよう、要請します。」
日本の外務省の「交渉の巧みさ」はたいしたものです。「曖昧・意味不明」な確認文書によって7日には日中首脳会談の約束を取り付け、その会談開催直後の11日には文書の真意を自分達の都合に合わせて解釈して「日本政府の立場従来と全く変わらない」と世界中に宣言しました。外交テクニックでは満点を取れるのではないでしょうか。
海外のメディアは今回の日中間の妥協を「agree to disagree」という言葉を使って報道しました。「agree to disagree」という認識は現在の日本政府の立場を危うくするものではないと思います。アメリカがはっきりと証言するように「尖閣列島の施政権」は日本にあることは明らかなのですから。世界は日本の態度変更を一旦は歓迎して受け入れたものと思われます。しかし日本政府は「disagree to disagree」に戻してしまいました。
第二世界大戦時の日本政府の判断ミスはいくつもありますが、その中でも重要なものは「ポツダム宣言」に対する「黙殺行為」だと思います。13箇条の非常に明確な外交文書に記載されたことを日本政府は軽んじました。その結果「広島・長崎への原爆投下、ソ連の参戦」という国民に甚大な被害を及ぼす状況を招いてしましました。もしポツダム宣言(7月26日)を即刻受け入れていれば、何十万の日本人の命が救われていたし、不幸なソ連への強制抑留という事態を避けられたと思います。外務省の「言葉」を自分勝手に解釈する外交は永遠に不滅のようです。
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