| 2014年10月13日(月) |
台風19号関東北部へ |
台風19号は九州に上陸しその後四国・近畿を通過して関東平野北部を通って太平洋に抜けるようです。前回の18号でもそうでしたが、関東地方南部は雨・風こそ強いですが「巨大台風の直撃」という事態にはなりません。台風が通過する地域で甚大な被害がでているだけに「関東南部」の「運の良さ」は注目に値します。そもそも太平洋で勢力を強めた台風も九州は四国で日本列島に上陸すると「勢力が弱まり、速度も上げて」足早に通り過ぎてしまう感じです。
関東平野南部の現在の首都東京のある「地域」は広い関東平野の最南端で、関東平野は生産力の高い豊かな後背地であり、水利が良く自然環境も恵まれています。大きな自然災害といえば「関東大震災」が思い浮かぶくらいです。戦国時代にこの豊かな関東に「移封」されたのが徳川家康でした。NHK大河ドラマの「軍師官兵衛」は今丁度その当たりの話しに差し掛かっています。
小田原攻めに成功した豊臣秀吉は徳川家康に無理を言って関東に遠ざけました。実力では適わない秀吉の命令ですが、背けば合戦になって家康の勝ち目はありません。家臣団共々の愛知県岡崎から関東への引っ越しは大変だったと思いますが、徳川家康は秀吉の「無理な命令」に粛々と従って関東に移りました。
家康は関東移住についてはかなり「チャレンジング」ではあるものの、将来を見据えた長期的展望に立つ時「悪くはない」と考えていたと思われます。家康は少なくとも「武蔵の国の平将門、鎌倉幕府、足利・新田の出現、駿府での経験、北条氏小田原城」など色々情報を集めて考えていたものと思われます。その結果として京都・大阪から離れているため関東の地は、秀吉の指示命令を受けることなく自分の思い通りに開発することができると考えたと思います。
家康は「秀吉との年齢差、秀吉が後継者に恵まれないこと、秀吉家臣団の乱れ」を考え合わせれば、秀吉から遠く離れて地力を養うにためには関東は絶好の土地に思えたと考えられます。家康の関東入府は1590年、関ヶ原の合戦まで10年ありました。5年後の1615年には大阪夏の陣で豊臣家は滅亡します。そして家康は「天下取り決戦」まで10年間必死に関東を開発したのだと思います。
この「徳川家関東移封」はその後の徳川300年の安定を基礎となりました。しかし「大阪・京都」から関東に移ったことにより「九州・中国地方」からは却って遠く離れてしまいました。そこには「島津・毛利・黒田」などの一癖も二癖もある大名が居を構えていました。徳川幕府300年間に営々と力を養った鹿児島・山口の「島津・毛利」が次の時代を切り開くことになったのでした。
ここ一ヶ月以内のことですが愛用の電化製品が二つ連続して故障しました。
一つはズボンプレッサー「CORBY」です。このズボンプレッサーはイギリス製で、非常に使いやすく気に入っていたものでした。説明書には「濡れたズボンは使用禁止」とあったのですが、ついうっかりして雨で濡れたズボンをプレスしてしまいました。ヒータ部分が「水濡れ」に弱いようでヒータが熱くならなくなってしまいました。
輸入代理店に電話で相談したところ「修理部品はまだあるのでズボンプレッサーを修理センタに送れ」とのことでした。この製品は非常に大きくて重いので近くのスーパーからダンボール箱をもらってきて、それを広げて梱包して修理センターに送りました。2週間程して奇麗に修理完了した「ズボンプレッサー」が到着しました。修理代は18000円程でしたが、新品を買うよりはずっと安く済みました。
もう一つはBOSEの「IPODスピーカー」です。この「IPOD]スピーカーはインドで購入したものです。小さいながら非常に良い音がするので便利に使ってきました。但し私の「第3世代IPOD」に対応している古い型なので、この「スピーカー」が修理できても「IPOD」が壊れてしまえば最新式のIPODは接続できないので使い道が無くなってしまうという代物です。
こちらは「IPOD」をマウントしてもIPODに電源が供給されなくなりました。当然ですが音も出ません。「電源アダプター」か「スピーカー本体」の故障のようです。池袋西武デパートに「BOSE」の営業所があるので電源コードとスピーカー本体を持ち込んで修理してもらうことにしました。今週中に直るのかどうか、費用はどれくらいかかるかを知らせてもらえると思います。直れば良いのですが。
| 2014年10月11日(土) |
イタリア鉄道会社「イタロ」 |

イタロ(Italo)はイタリアの新規参入鉄道事業者です。線路設備、駅舎設備等のインフラをイタリア国鉄(トレニタリア)から借りて、自前の最新式列車とサービススタッフを擁して営業しています。営業開始は2012年4月28日でした。私達の前回のイタリアの旅の時にはまだ営業を開始していませんでした。
現在はイタリア国内の主要都市を結ぶ3路線を運行しています。その路線は「トリノ−サレルノ線」、「トリノ−アンコーナ線」、「ベネチア−サレルノ線」です。イタリアは南北に細長い国で北部の北部イタリアの中心都市ミラノと中部にある首都ローマを結ぶ路線が主力ですが、世界遺産を多く抱えるイタリアの観光都市を結ぶ観光客を取り込むネットワークともなっています。3路線の停車駅は以下の通りとなっています。
Turin-Salerno, stops in Milan, Reggio Emilia (Mediopadana), Bologna, Florence, Rome and Naples トリノ−サレルノ線:ミラノ、レッジョエミリア、ボローニャ、フィレンツェ、ローマ、ナポリ
Turin-Ancona, stops in Milan, Reggio Emilia (Mediopadana), Bologna, Rimini and Pesaro トリノ−アンコーナ線:ミラノ、レッジョエミリア、ボローニャ、リミニ、ペ−ザロ
Venice-Salerno, stops in Padova, Bologna, Florence, Rome and Naples ベネチア−サレルノ線:パドヴァ、ボローニャ、フィレンツェ、ローマ、ナポリ
ミラノ―ローマ間はノンストップ列車が一日3往復しています。所要時間は2時間40分です。ミラノ−フィレンツェ間は1時間、ローマーフィレンツェ間は1時間40分で結んでいます。南イタリアは終点がナポリではなく「アマルフィ」への玄関口のサレルノまで伸びています。「ボローニャ」は3つの全ての路線の列車が停車します。このネットワークを把握して観光順路や利用する飛行場を選ぶとイタリア旅行はより楽しくなりそうです。
私達は今回のイタリア旅行で「ナポリーフィレンツェ」間でイタロを利用しました。所要時間は2時間30分で料金は一人42ユーロでした。イタリア国鉄特急列車の早割り切符に間無い会わなかったのでイタロにしたのですが、結果は大正解だった思います。朝8時15分ナポリ発の列車に乗ると11時前にはフィレンツェに着きます。その日は午後一杯フィレンツェ観光ができます。最高速度は300Km/hだということですが、この列車は250Km/hが最高のようでした。

8時15分ナポリ発の列車はあまり混雑していませんでしたが、9時20分頃到着したローマからは中国からの団体観光客らしい方々が大勢乗車してきました。皆さん大きな荷物を持たず軽装なので、旅行荷物をローマにおいての日帰りフィレンツェ観光のようでした。フィレンツェからローマに戻る最終列車はフィレンツェ21時33分発のローマ23時9分着なので、特急列車を利用すれば日帰りでフィレンツェでタップリ観光ができるようです。
イタロで更に付け加えておかなければならないサービスあります。一つは「駅の待合室」です。イタリア国鉄の駅舎の一部部分を借りて切符販売、出発までの休憩などのための小奇麗なスペースが確保されています。ここに集まっていれば乗車時間になると係員の方が列車まで案内してくれました。新規参入のイタロの列車には一番端の遠いホームが割り当てられていることが多いようです。更にナポリでは地元バス・鉄道会社とタイアップして「イタロ」切符を持っていれば、出発前・到着後「1時間」の交通機関が「無料」になります。
日本では地下鉄と私鉄・JRの相互乗り入れは行われていますが、JRの新幹線の線路を別の会社の特急が走るなどということは現在とても想像できません。東海道新幹線の運転間隔は非常に短くて別な会社の列車が走る余地はないでしょう。でもこれから新幹線網が拡大し「赤字ローカル新幹線」が出現するかもしれません。或いは貨物列車のように深夜に札幌から鹿児島まで列車を運行することが可能かもしれません。東京・大阪間のJR新幹線運賃の「高止まり」も気になるところです。競争導入の効果は大きいと思います。
アメリカの株式が暴落した影響をモロにうけて日本の株式を大幅に下落しました。欧米の評価は「アメリカの景気は良いものの、中国の成長率鈍化、欧州のデフレ傾向、日本の低成長が全世界の株式相場を押し下げている」と見ているようです。日銀総裁(阿部首相も)が必死にそうした見方を否定していますが、客観的には当たっているのではないでしょうか。
とにかく「3本の矢」といっていた、財政出動、金融緩和に加えての「成長戦略」について全く前進がみられないことが事実ですのでそういわれても仕方ありません。円安による企業業績好転も結局アメリカの高金利頼みですし、株式相場の一時的上昇も消費税増税で消えてしまいそうです。
世界規模で言うと、ウクライナ問題、中東問題(ISIS)、エボラ出血熱問題等、難しい問題が山積しています。これらの影響をモロに受けるのがヨーロッパですからヨーロッパのデフレは避けられそうにありません。こうした問題にリーダシップを取れない「アメリカ」はオバマ大統領が「レイムダック」となってしまって解決能力を失いつつあります。
来年は第二次世界大戦終了から70年・冷戦終了から25年です。パックスアメリカーナが限界に来ているとすれば次の世界の牽引役は誰が担うのか。来年2015年まで残り3ヶ月となりましたが、明るい希望が持つことができない非常に暗澹たる年末を迎えそうです。
| 2014年10月09日(木) |
北朝鮮で何か進行中? |
北朝鮮の「金正恩氏」が9月初旬を最後に姿を現していないようです。既に消息が途絶えてから一ヶ月が経ちます。今のところ公式には「膝の骨を痛めて治療・療養中」ということのようですが、あの国のことですから本当の所は何か異変があった可能性も捨て切れません。
この間「北朝鮮」絡みではこれまでに例の無いような唐突な動きがあったようです。ひとつは北朝鮮高官の突然の韓国訪問。この訪問団は南北対話の再開を話し合ったようで韓国側からは大歓迎されたようです。更に国連では北朝鮮の国連大使が北朝鮮の人権状況を説明し、その後記者からの質問にも答えたとのこと。こうした動きは之まで例のないことだそうです。また「金正恩氏」の妹の「金与正氏」(キム・ヨジョン)が代行の地位についたという噂もあります。
明日10月10日は朝鮮労働党の創立式典が行われるとのこと。この国家的行事に「金正恩氏」が現れるのかどうか注目されます。
| 2014年10月08日(水) |
「私戦予備及び陰謀罪」 |
「私戦予備及び陰謀罪」:外国に対して私的に戦闘行為をする目的でその準備や陰謀をする罪。就職に失敗したという北大生が戦闘員となるために「イスラム国」に渡航しようとして警察の事情聴取を受けているそうです。日本でも「イスラム国戦闘員リクルート活動」行われていたことには驚かされました。件の北大生は「イスラム教への入信」「アラビア語学習」などの準備活動をやっていたとのこと。欧米ではこのようなリクルート活動によって戦闘員となった多くの若者が「イスラム国」のシリア・イラクに渡っているようです。
「イスラム国」がこれまでに前例の無いような「恐ろしい集団」であることが次第に明らかになっていました。彼等は欧米先進国において「社会に馴染めない・あるいは社会から落ちこぼれた」若者が多数存在することに目を付けました。そうした若者を勧誘して戦闘員に仕立て上げ、最新鋭の武器で武装させて残額な領土拡大戦闘を展開しているのです。こうした若者はシリア・イラクで戦闘するばかりで無く、世界各国に散らばって「テロ行為」を実行する役割をになうことが予想されます。
「傭兵」という存在はバチカンを警備する「スイス軍」とか中世イタリアの都市が自分達の存続のために雇った武力集団が有名です。大阪城に立て篭もった秀頼・淀殿が金で武装集団を雇ったのも一種の「傭兵」でしょう。現代の紛争においても「傭兵」は欠かすことにできない存在になっているようです。
アメリカ軍は現地で傭兵会社に警備を委託しているそうですし、アフリカ・中東の油田・製油所警備などのテロと戦いにおいては傭兵会社が活動しているようです。これまの傭兵会社の「傭兵」は世界各国の軍人OBであったり発展途上国からの出稼ぎであったようですが、「イスラム国」は別な集団に目を付けたのでした。欧米先進国の若者がそのターゲットになったのです。「イスラム国」の人質処刑シーンは欧米出身のテロ戦闘員が欧米人人質を殺害するというショッキングなものとなってしまいました。
アメリカはシリア空爆を開始しましたがシリアへの地上戦力投入には躊躇しています。地上部隊を投入するとこれまで地域紛争同様に「泥沼化」の惧れが多いからでしょう。もしアメリカが地上戦を「傭兵」によって行うことににでもなれば、外国人部隊どうしの戦いになる惧れさえあります。
戦争が国家間の軍隊組織によって行われるものです。「戦争」を擁護するものではありませんが、各国の軍隊は歴史的に規律を保持し兵隊は軍律・作戦に従って行動し、間違いがあれば軍法会議で捌かれるというルールはありました。しかし戦争の一部分が傭兵会社に「アウトソーシング」され、当事国の軍とは別の組織によってなされるとすれば戦争のルールはどうなるのでしょうか。発注者(当時国家)はアウトソーシング先の行動に責任をもつことができるでしょうか。逆にアウトソーシング先の社員(傭兵)が死んだ場合は、自国の戦死者としてカウントするのでしょうか。
第二次世界大戦終了から来年は70年ですが、インターネット等の発達によって「戦争」が無くなるどころか現在の戦争の様相は非常に高度化してしまいました。戦争が自分達と離れた所で行われていると考えていた先進国の人々は、思わぬ形で戦争に身近なものになってしまったことに戸惑っているようです。
| 2014年10月07日(火) |
「フィレンツェカード」について |

今回のイタリア旅行でお世話になった、フィレンツェ観光に欠かせない「フィレンツェカード」を紹介します。フィレンツェカードは価格が「72ユーロ」、72時間(三日間)の有効期間の間で下記のサービスが受けられるカードです。上が入場管理用のカードとバス乗車カードです。
○フィレンツェの美術館・教会など主要観光スポットに簡単に入場できる(カードリーダでのチェックだけ)。 ○観光客で混雑する人気スポットでは優先入場ができる。 ○市内のバスは乗り放題 ○観光スポットで提供されている「WiFi」がフリーで使える。
今回の中年夫婦の三日間のフィレンツェ滞在で観光したスポットはこちらです。入場料だけ計算してもカードを買った方が安くあがりました。私達の「旅」は中年にしてはかなりアグレッシヴなものだったと思いますが、三日間という短い滞在期間を、自分達の価値観で効率的に、且つ面白く過ごすには非常に役立った「カード」だったと思います。三日間で入場した観光スポットは以下の通りでした。
Cappella Brancacci 6(€) Santa Maria Novella 5 Santa Maria del Fiore 10 Cappella Medicee 6
Galleria degli Uffizi 6.5 Plazzo Vecchio 10 Museo di San Marco 4 San Lorenzo 4.5 Galleria dell Accademia 6.5 Plazzo Pitti 8.5 Santa Croce 6 Total 73(€)
今回のフィレンツェ旅行では「市内バス」での移動が多かったのですが、そのためには「フィレンツェカード」は必須のものでした。所謂「乗り放題」なので間違って乗ってしまっても、また乗り過ごしてしまっても気楽なのです。循環バスで反対方向行きに乗ってしまったことがありましたが、それも旅の楽しい思い出になりました。
「市内のバス」乗車毎に料金を現金で払う必要がありませんし、美術館・教会の入場料を現金ではらう必要が無いので、現地の小銭を持ち歩く費用が無く財布のことを気にする必要が無いのが有難かったです。終日観光では荷物が多くなりがちですが、できるだけ身軽にかつ「気軽」に観光できたことは大変ありがたいことでした。
また「時間」を「金」で買って効率的な観光ができます。有名な美術館・教会などでは入場券を買うための「列」、更に入場券を買ってから入場を待つ「列」ができることは珍しくありません。入場券を買う事自体不慣れで手間がかかることがあります。フィレンツェカードはその手間を省いてくれます。私達はサンタクローチェ教会、ドーモのクーポラ、アカデミア美術館で長く並んでいる一般観光客には大変申し訳ないような差別的な計らいを教授しました。もし一般客に混じって並んでいたら列の中でかなりの時間過ごしていたはずです。
「バス」を利用することは「時間節約・休憩」にかなり役立ちます。フィレンツェは小さい町なので「歩いて」移動することも十分可能です。しかし三日間の滞在の間歩いて回っていたのでは多くの観光地を回ることはできません(三日間リムジンが雇えるような豪華な旅は別ですが)。そこで少し離れた観光地の移動はできるだけ「バス」を使うことにしました。移動時間短縮に加えて殆ど空いているバス車内で「休憩」ができたことは非常に有難かったです。見学で少し疲れた身体はバス内での数分から10分前後の休憩で元気になります。回りに気を配る必要のないバス内でキャンディとか水を飲めば非常にリラックスできます。車内では次の観光地の予習もできます。
フィレンツェ市内バスを活用するためのポイントは幾つかあります。観光に重宝な「C・Dライン」の主要な通り道を把握しておくと。その延長で主要なバス路線が集まっているターミナルを把握すること(SMN駅、サンマルコ広場)。そうすることで複数のバスを乗り継いて目的地に向かうことができるようになります。特にフィレンツェでは「アルノ川」の南北を移動するバスは少ないです。そのために「SMN駅乗り換え」が役立つことになります。ホテルをSMN駅近くに探しておくと、3日間の観光地巡りをより効率的に回ることが出来ます。
私達は旅行前にネットで購入手続きを済ませていました。フィレンツェ入りがSMN駅だったので、SMN駅正面のサンタ・マリア・ノベッラ教会(SMN)の観光センターでカードを入手しました。情報ですがSMN教会の「フィレンツェカード専用入口」はこの観光センター内にあるのです。SMN正面ファサードを見る為に広場まで行ってしまうと再び戻ってこなくてはなりません。一般入場口とフィレンツェカード入場口が違うのは、SMNとウフィッツ美術館ぐらいだと思いますが注意が必要です。
もし個人でフィレンツェの旅をアレンジするなら、三日間有効のフィレンツェカードは断然おすすめです。下はカードについてくるカードホルダーと観光案内です。

| 2014年10月06日(月) |
台風18号接近の中で通勤 |
昨日から「台風18号」が日本列島に接近していて、さいたまでも「風」はまだ強くは無いのですが「雨」はかなりの強めに降り始めていました。その状況は今日月曜日の通勤時間帯には更に激しくなっていました。通勤で歩く部分は「自宅−武蔵浦和駅(約800m)」と「神奈川新町−会社間(約1Km)の二箇所です。朝6時20分頃の「さいたまの雨」はそれほど強くはなかったのですが、朝8時頃の横浜の雨は、風も強くなり大粒の雨が横殴りに降り付けました。神奈川新町駅で「雨カッパ」を着たので、カバンとか上半身は助かりましたが、ズボン・靴・靴下はびしょ濡れになりました。
私の会社の強いところは「大型乾燥機」を備えていることなのです。作業服を洗濯・乾燥させる必要があるからです。ズボンと靴下はこの乾燥機に入れておくと数時間で乾きました。更に「台風」の雨・風は午前中には止んで、午後からは青空が見え始め気温も上昇しました。びしょ濡れになった「靴」を外に乾しておいたら帰りには奇麗に乾いていました。
| 2014年10月05日(日) |
俊友会管弦楽団演奏会 |
今日は昔からの友人が所属する「俊友会管弦楽団」の演奏会に行ってきました。台風18号が接近して強い雨の中でしたが会場の墨田トリフォニーホールは大勢の観客がつめかけました。このオーケストラには固定ファンが付いていることがわかりました。演奏曲目等は以下の通りでした。
俊友会管弦楽団代53回定期演奏会(2014.10.5、於:墨田トリフォニーホール) 指揮:御法川 雄矢 ピアノ:青柳 晋 ブラームス:ピアノ協奏曲第一番 ニ短調 作品15 ベートーベン:交響曲第3番「英雄」 変ホ長調 作品55
ブラームスのピアノ協奏曲第一番は、田園的で大らかな感じの第2番と対照的に、非常に力強く・かつ「片意地張った」ような感じの曲です。私は若い頃は1番の方が好きでしたが、年を経るに従って2番の方に魅力を感じてきました。昔好きだった1番だけに好きな箇所は幾つもあります。第一番の演奏にはまずガッシリした音楽作りが必要になり、強靭な緊張感を保ち続ける必要があります。
ところが1楽章冒頭第一ヴァイオリンによる主題提示が予想に反して「軟弱」でした。最初から「これはまずいな」という印象を受けました。ブラームス演奏ではどの曲でも大事に演奏しなければならない「付点音符」も「甘く」なっています。更に第一番で「緊張感の元」になっているのが「トリル」ですが、ピアノソロの緊張感あるトリルに比べて弦楽器のトリルが全般に音が小さく貧弱になってしまいました。弦楽器による「トリル強奏」が大変難しいのは分かりますが、もう少しなんとかならなかったものかと思いました。
こうしたオケの伴奏を補ったのがピアノソロでした。非常に「見通しの良い」ソロ演奏だったと思います。左手の音が力強くて且つ澄んでいるので全体に非常に安定していて堂々としたものとなっていました。早いパッセージも澄んだ音で演奏され、3楽章冒頭の緊張感も立派だったと思います。知的で整然とした演奏なので第二番、モーツァルトを聞いてみたいと思いました。
休憩後は「俊友会第一会定期」で取り上げたという「英雄」でした。古株の団員にとっては「故堤俊作氏」の思い出を脳裏に浮かべての演奏だったのではないかと思います。「故堤氏」がどのような演奏をしたのか私は知りませんが、今日の「御法川氏」の英雄は「団員達」の共感を得ていたのかどうか少し疑問の演奏だったと思います。まさか「台風接近」状況下で急いだのではないでしょうが、3楽章・4楽章はテンポが速すぎてオーケストラが十分に音を鳴らす状況にはなっていなかったようです。
特にヴァイオリンは「弓の長さ」がどんどん短くなってしまい、大事なところで「しっかしした音」が出ていなかったと思います。そんなハイスピードでも木管族は名手が揃っているらしく見事なアンサンブルと個人芸を聞かせてくれました。特にフルートはハイレベルな演奏だったと思います。
「俊友会」は学生オケOBの集まりです。学生時代には十分に練習を積んで濃厚な演奏ができたのだと思います。25年前の第一回演奏会も若い団員のエネルギーで「英雄」を演奏したのでしょう。そして今回第53回演奏会での「英雄」はどんなものを目指したのか。楽章が進むにつれて判らなくなっていきました。
| 2014年10月04日(土) |
インチョンアジア大会閉会 |
韓国のインチョンで行われていたアジア大会が閉幕しました。水泳・体操などの日本人選手の活躍があってテレビ観戦は結構楽しめたと思います。全体を通して幾つか気になったポイントがありますので記録しておきます。
まずインチョンの競技場での観客の数が極端に少なかったことは競技をする選手にも寂しかったのではないでしょうか。テレビ中継が収入源になっているので、競技場へ入場者を集めることには特段の手立てをしなったのかもしれません。しかし決勝種目が夕方から夜に設定され、各国選手がメダルを競い合った陸上競種目で、パラパラしか観客が入っていない状況は非常に寂しいものがありました。韓国選手向けの声援は確かに大きかったですが、折角外国の選手が韓国を訪れたのですから、激励の声援をもっと欲しかったと思います。
日本でのテレビ放送はNHKとTBSが行いました。NHKは外国選手同士の試合なども放送して公共放送として役割を果たしたと思いますが、今回のTBSの放送には非常に「戸惑う」ものがありました。それは並行して行われている競技、あるいは既に終了している競技を「番組を面白くしようとする小細工」で、あたかもこれから行われるかのように放送したことです。画面の下隅に「LIVE録画」と小さく入れていますが、進行役のアナウンサーは結果がすでに分かっているにも拘わらず、これから競技が始まるかのように場を盛り上げていました。
このような番組編集は、「LIVE]と違ってコマーシャルを自由に挿入することができるし、美味しい場面だけを繋いで提供するので、視聴者を「飽きさせない」で番組に繋ぎとめる効果があることは分かります。しかし「嘘」を言ってはいけません。生放送の番組進行役が既に終わっている競技を「これから行われます」と表現するのは明らかに「嘘」です。
外国で行われるスポーツ番組録画があたかも「LIVE」のように放送される例は確かに増えてはいますが、それは視聴者も納得済みで見ている場合が殆どです。今回のインチョンアジア大会のように時差の小さくて数時間前に行われた競技などでは事実をキチンと知らせるべきだと思いました。競技は「録画」で番組進行が「LIVE」の場合と競技・番組進行ともに「LIVE」であることの区別ははっきりさせるべきだと思います。
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