KENの日記
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2011年06月16日(木) JR事故で遅れ

午後6時過ぎにJRの新子安付近の踏み切りで事故があったとのこと。横浜からの上りJRは、京浜東北線、東海道線、湘南新宿・総武横須賀がほぼ並んで走っています。その線路6本をわたる踏み切りでの事故のようなので、全ての線がストップしました。

私は京浜急行線で神奈川新町からJR東神奈川(京浜急行仲木戸駅と繋がっています)に着いたとたんに、京浜急行駅仲木戸駅のホームの大混雑を見てやばいと思いました。JRの東神奈川駅では京浜東北線の電車が停まっていて、乗っているお客さんに聞くと「1時間後にしか動かないそうだよ」との応えが返って来ました。仕方が無いので代替輸送の京浜急行線を使うことにしました。再び仲木戸駅から神奈川新町に戻り、そこで京急の特急で品川まで迂回しました。

横浜から川崎まで京浜急行はJRと「付かず離れず」といった距離感で平行して走って居ます。踏み切りは別です。JRと京浜急行は鶴見とか川崎では駅舎が少し離れていて乗り換えに不便な感じがしますが、離れている分JRの踏切事故には巻き込まれません。今日も大動脈が滞ってしまったJRを横目に見て走っていました。振替客が押し寄せるので定刻には走れませんが。

この路線(京浜東北、東海道、湘南新宿、総武横須賀)でJRが停まるといつもながら品川駅(JR・京急)が大混雑します。京浜東北が停まることによって山手線がまず大混雑。そして南を目指すJR客は京浜急行に殺到します。京浜急行線からは品川までたどり着いた北行きの客が山手線ホームに押し寄せます。この結果品川の1番2番の山手線のホームおよびホームへの階段は、入れ替え客で埋まってしまいます。

3月12日も動かないJRとは別で、元気の良い「京浜急行」はいち早く動き出しました。その結果品川駅がものすごい事になったのでした。リニアの駅を品川にもって来るそうですが少し考えたほうが良いかも。



2011年06月11日(土) 血液検査結果

6月4日の献血時の血液検査結果が到着しました。グリコヘモグロビン比率は「18.7%」で前回より若干改善しているものの、改善のテンポは落ちました。この辺りからの改善はやはり難しいのですね。しかも少し油断すると直ぐ悪化する。

H22.11.21 : 17.9
H23.01.09 : 19.5
H23.02.13 : 20.0
H23.04.17 : 21.9
H23.05.03 : 20.1
H23.05.21 : 18.9
H23.06.04 : 18.7

今日は午前中朝から雨模様だったので朝の散歩は中止です。その代わりに昼頃雨がやんだので散歩をしてから昼食を外でとることにしました。武蔵浦和駅近辺は新鮮味がないので、逆方向の西浦和方面に行くことにしました。目指したのは西浦和のダイエーの直ぐ手前のイタリアンレストランです。前から出来たのは知っていたのですが、駐車場が無いようだし少し入り難い感じだったので今日まで行かずに居ました。

そこは「クレージオ」というレストランです。「桜」と言う意味らしい(妻が調べた)。予約のお客さんが沢山いたようで奥の個室に通されました。古民家のの障子や梁を生かしたセンスの良い個室です。大きなガラス窓から庭を見渡すことが出来ました。ランチはパスタのセットを注文しましたが、非常に美味しく頂きました。基本的な味付けがしっかりしていることに加えて、振りかけ用のチーズが非常に美味しかったです。西浦和も侮れません。



2011年06月06日(月) さすがベルリンフィル

週末に録画しておいたベルリンフィルのヨーロッパツアーの模様を見ました。最初は最後まで見るつもりはなかったのですが、あまりの名演に最後まで一気に見てしまいました。曲目・演奏者は下記のとおり。

狂詩曲「スペイン」(シャブリエ)
アランフエスの協奏曲(ロドリーゴ)
交響曲 第2番 ホ短調 作品27(ラフマニノフ)
ギター:カニサレス
管弦楽:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:サイモン・ラトル
2011年5月1日 マドリード・レアル劇場での公演

大変洒落たプログラムでした。3曲とも傾向の違う曲のように考えていたのですが見事に一体感を見せていました。メインのラフマニノフ交響曲第2番(ラフ2)を貫く「情念」というよなものが全体を貫いた感じでした。シャブリエもアランフェスも尋常ではない「こだわり」と「掘り下げ」が見事で稀にみる名演だったと思います。ラトル・ベルリンフィルの関係の成熟もすばらしい域に達していると思います。(ウィーンフィルに望めない特定の指揮社との濃密な関係です)

アランフェスのソロは「カニサレス」(フアン・マヌエル・カニサレス)。非クラシック系の世界的に有名なスペインのギタリストだそうです。今回のアランフフェスでは独特の雰囲気を醸し出してました。とにかくその技巧に加えて、神秘的とも言えるその音楽性は大したもの。ベルリンフィルの伴奏に背景にして自分の世界を作り出していました。スペインの「哀愁と熱情」が見事に表現されていたと思います。

カニサレスさんのホームページ(日本人の奥様訳のカニブログは大変興味深い内容です。)

結構重くなった「アランフェス」の後の「ラフ2」。これは超ヘビー級の音楽でした。帝政・革命後を通したロシアの情念。ヴィシネフスカヤが表現していましたがロシア芸術の特徴の「過剰性」。ドストエフスキーの表現にも通じます。とにかく「過剰さ」を典型的に表現している音楽だと思います。私のベストは「ゲルギエフ・キーロフ」の演奏です。ロシアの演奏家の方が地味に演奏する傾向があるのかなと思っています。

ラトルの表現はとにかくラフマニノフが書いた音符をひとつ残らずに表現したような感じでした。まさしく音の洪水(それも非常に高度な)でした。それも弦楽器・管楽器の息の長さは只者ではないし、自然に聞こえるkれど微妙なテンポの揺れはあざとくなる一歩手前で踏ん張っていました。オケの燃焼度もたいしたものでした。ラトル。ベルリンフィルの音楽のひとつの頂点を見た思いがしました。ベルリンフィルの演奏水準(燃焼度)は「ドゥダメル」との出会いで一段上がったような気がします。



2011年06月05日(日) アナログ録音

来月7月24日にテレビ放送がアナログ放送から地上デジタルに切り替わります。NHKを含めてどのチャンネルでも移行の周知がしつこい程放送されています。我が家のテレビはまだ「アナログ」。そろそろ本気に切り替えを考えようかと思っています。ところで我が家にはアナログ録音がかなり蓄積されています。

CDが導入される前からのFM放送のクラシック番組の録音、テレビで放送された音楽会・オペラ公演の録画などです。現在ビデオテープ再生デッキは壊れてしまっています。今のところ購入の予定はなし。更にテープデッキも不具合があって再生できない状態が頻発していました。従ってこれらアナログ録音をどうしようか悩むところです。

というわけで、テープデッキを直そうか買い換えようか、いっそのこと録音テープを捨てようかと思案しているのですが、時々機械の何かの拍子で再生に成功するテープがあります。そしてその音が驚くほど生き生きしていることに驚いています。CDのクリアな録音をずっと聞いてきましたが、昔エアチェックした音楽が非常に新鮮に聞こえてきました。

昔はNHKFM放送の来日音楽家の演奏会放送を録音していました。正直言ってCDの音楽よりも生々しく心に伝わる感じがします。雑音も多い代わりに伝わる情報も多いようです。アナログ録音を聞いてしまうと、CD録音は上手に人工的に調整された音であるという感じが否めません。それが感動を与えることとなるかというとそう単純ではないのです。貴重なアナログ音源は、記録性ということに加えて臨場感というめんでも優れています。暫くは保管しておくことにしました。



2011年06月04日(土) やばい血糖値

今日献血に行ってきました。(場所は池袋東口)
私の献血は「世の中ため」もありますが、最近は糖尿病対策効果の確認の意味合いが増しています。昨年から献血者の血液検査項目として「グリコアルブミン比率」が追加され、血糖値の状況を把握することができようになったからです。

これまで血糖値の状況把握では「HbA1c比率」が主流でした。血液中の糖とくっついた蛋白質のHbA1cのは半減期は約30日。これに対してグリコアルブミンの半減期は約17日なので、グリコアルブミン比率は比較的最近の血液の糖の状況を反映しているのです。つまり血糖値対策をした場合の変化が比較的早期に把握できるのです。比率自体の特性としてグリコアルブミン比率はHbA1cの3倍程度の値を示すものだそうです。

私の最近のグリコアルブミン比率は以下の通り

H22.11.21 : 17.9
H23.01.09 : 19.5
H23.02.13 : 20.0
H23.04.17 : 21.9
H23.05.03 : 20.1
H23.05.21 : 18.9
H23.06.04 :  ?

2月末から3月始めにかけてフィリピン出張し、その後4週間献血禁止だったので2月13日以降2ヶ月のブランクがあります。そして4月17日には過去最高値「21.9」。HbA1cに直せば「7.3」。これは完全に糖尿病の領域に入ってしまった数値です。これはまずいということで連休前から食事療法・運動療法を強化しました。

まず朝晩の食事の際に「野菜摂取量」を増やすと同時に食べる順番も野菜を最初のほうに持ってくるようにしました。妻とも話したのですが、ご飯が目の前にあると、最初はご飯を食べてしまう癖がついています。日本料理でも西洋料理でも最初は前菜とか付け出し・八寸が最初に来るのに、家ではご飯を先に食べているのが現実です。最初に野菜を食べると良く噛むようになります。ご飯はそれほど噛まなくても食べることができますが、生野菜は良く噛まないと食べられません。そんなところも役立つのではないかと思います。

また運動量を追加しました。土曜日曜の散歩とどちらかの日の水泳に加えて通勤時の歩く距離を増やしています。会社は京浜急行の神奈川新町が最寄駅ですが、ここで降りずにその前後の駅を利用する機会が増えています。

神奈川新町−会社 1.1Km(1500歩)
仲木戸  −会社 1.8Km(2500歩)
神奈川  −会社 2.8Km(4000歩)
横浜   −会社 3.4Km(4800歩)
新子安  −会社 2.4Km(3500歩)

どのコースを選ぶかは、その日の気分・天候・横浜までの列車の状況等により決めています。最近は神奈川で降りる機会が増えています。



2011年05月12日(木) 長崎のカステラ

大震災以来の長崎出張でした。
長崎の名所「眼鏡橋」近くに出張の際良く行く飲み屋の「再来居」さんがあります。ここは地元の素材をふんだんに使った料理と品数豊富な日本酒が特徴です。同僚に船の経験者が多く陸に上がったときの酒肴には結構うるさい人が多いのですが、そういう方達のお勧めなのも納得できる店です。

前から分かっていたのですが、この「再来居」さんの目と鼻の先に和菓子の老舗の「岩永梅寿軒」があります。ここはもともと和菓子屋さんなのですが和菓子製造の片手間で「カステラ」を作って居ます。片手間ということで1日限定で40本から50本しか作らないということなので、夕方にいっても殆ど売り切れで入手することができないのです。店に人に聞くと開店時から行列ができることもあるそうなのです。「再来居」に飲みにいくときは寄ってみるのですが、これまで一度もカステラを買うことが出来ませんでした。

12日の夕方もあまり期待せずに軒先を覗くとなんと「カステラ」が何本か残っていました。さっそくお店の人に声をかけ1本購入しました。




長崎のお土産といえばカステラで文明堂とか福砂屋等が多くの店を出して居ます。これら全国的に有名な店に加えて、長崎で小さなお菓子屋さんも独自のカステラを作っています。その数は数えられないほどでそれぞれが独自の味わいを持っているのです。岩永梅寿軒さんのカステラのネットで一部の方達の間で評判を呼んで居ました。

カステラといっしょに岩永梅寿軒の名物和菓子の「もしほ草」も買ってみました。これは名前の「藻塩草」のとおり昆布を使った和菓子です。

岩永梅寿軒さんのホームページはこちら



2011年03月11日(金) 東北大震災

今日は夕方から長崎で仕事があるために昼過ぎに羽田空港から長崎に向かいました。3時過ぎに長崎空港に降り立ってみると空港ロビーのテレビで津波の洪水に押し流される東北沿岸地方の模様が実況中継されていました。妻から携帯電話にメールが入っていて東京でも大き揺れを感じたとのことでした。

長崎事務所に着くくと事務所はテレビに釘付けになっていました。津波の被害は甚大なものとなりそうです。長崎には津波も押し寄せないので直接的な影響はないのですが関東・東北方面が心配でした。

首都圏は鉄道が全てストップしたために、ちょうど勤めの日で新橋に来ていた妻は職場で一晩過ごすことになったようです。近くまで来ていた長男も妻の職場のお世話になるようです。東京から歩いて帰るとか、駅で一晩過ごすこととなっていたら大変でした。



2011年02月28日(月) マニラ出張

今日からマニラ出張です。昨年5月以来なので9ヶ月振りなので、成田空港までのアクセス方法が変わり、航空会社もこれまでとは別なANAが利用できることとなりました。

まず空港アクセスですが京成が新しいスカイラーナーの運行を開始しました。新しいスカイライナーは上野・日暮里経由で京成高砂までは従来と同じルートですが、京成高砂から成田空港までは京成本線を通らずに北総鉄道北総線と京成成田スカイアクセスを通って行きます。停車駅は京成日暮里の次が空港第二ビルとなります。停車駅が少なく距離が短いことに加えて、カーブの少ない線路区間なので列車速度が速くなったことから、成田空港が随分近くなった感じがしました。その分これまでのスカイライナーより料金が上がりました。この路線は特別料金のかからない急行も走っていて武蔵野線東松戸から乗り換えることが出来ます。武蔵野線沿線居住者としては便利な線が出来た感じです。今回は日暮里からの新型スカイライナーを利用したのですが真新しい車両は快適でした。電源コンセントも利用出来るのでパソコンも電池切れを気にせずに使えます。

京成スカイライナーのホームページ

もうひとつのANAのマニラ就航ですが、これは大きな状況変化でした。これまで「日本−フィリピン」日系キャリアとしては日航が独占状態でしたが、この2011年2月27日から全日空が運行を開始したのでした。今回の出張が2月28日出発ということでこの新しいANA便を使ってみました。

スターアライアンスの成田空港施設(空港第一ビル)は暫く使わなかったのですが随分綺麗になりっていました。日航中心の第二ビルとは違ってなんだかアジアの新しい空港に居るいるみたいな感じが」しました。ANAマニラ便の飛行機は最新鋭のB767で、座席のクッションがしっかりしてるのでエコノミークラスでも快適でした。また全席にオンデマンドで映画・ゲーム等を楽しむことが出来るモニターが付いているために4時間の飛行時間は全く退屈しませんでした。

ANA便はマニラの国際空港の第3ターミナルに到着しました。これまで国際便は古い第一・第二ターミナルを使っていて、新しく建設された第三ターミナルは国内線専用だったのですが、海外キャリアとしてANAが最初に第三ターミナルに就航したとのことです。イミグレーションも広々としていますが入国手続き職員の数が少ないため、入国審査で長い行列が出来ていたのはこれまでの第一・第二と同じでした。

飛行機がエプロンに付いたときにタラップの接続に時間がかかり30分くらい待たされました。空港の運営体制がまだ整っていないように見受けられました。しかし第3ターミナルはこれまでのターミナルより市内に近いし、新しいビルは広々としているのでフィリピンの玄関口としてこれから発展して行くだろうと思われます。



2011年02月27日(日) 母が介護施設入居

長らく更新しませんでした。

昨年暮れ頃から自宅で介護していた母の衰えが進み、主に介護に当たっていた妻が腰を痛めてしまったため、そろそろ自宅での介護が限界にきていると考え至りました。そこで母から介護施設に入っていいという了解を得て、介護施設を探していました。そして適当な施設があったの母の引越しを済ませました。大きな懸案が一段落したので更新を再開したと言う訳です。

これまで介護業界・介護施設の状況はあまり知らなかったのですが、既にひとつの重要な事業になっていることが分かりました。インターネットで調べて判ったことですが、さいたま市はベネッセとワタミが施設拡充に力を入れており、南浦和駅近くにはワタミの新しい施設がオープンしたし、武蔵浦和から少し南にいったところでベネッセの少しグレードの高い介護施設が出来たばかりでした。

これらの施設は基本的に個室が準備されており、施設の設備の充実度、一人当たりの介護者数で料金が違ってきています。高齢になる前の比較的若い時期から入居する場合には、長期間お世話になることから入居一時金を払い、将来の負担が小さい施設を選ぶことが出来ます。一方高齢になり動けなくなった時点等で入居する場合、それほど長期間お世話になることが想定されないことから、入居金タイプではなく月額均等料金を選ぶことになります。

グレードだとか立地を考えて最終的にベネッセの「まどか武蔵浦和」に決めました。この施設は自宅マンションから歩いて7〜8分程度の距離にあり、ベネッセの施設そしては普通程度のグレードです。普通程度といっても母には少し広すぎるぐらいの個室に住むことになります。自宅から母の荷物を少しづつ運びました。母は少し不安そうで緊張が解けません。暫くすれば慣れてくると思います。



2010年11月23日(火) 朝鮮半島緊張

午後、灯油(ついでにお酒も)を買ってきてから別所沼公園までランニングに出かけました。帰ってきてテレビを点けると北朝鮮が韓国領土を砲撃したという緊急ニュースを放送していました。ニュースの報道によると韓国の軍事演習に対する報復措置がなされたということです。

韓国(米国と一緒に)と北朝鮮との間で海上の国境線の解釈が違うのだそうです。韓国側は自分の領海で演習をしていると認識していますが、北朝鮮は韓国の軍事演習は国境侵犯であると認識していたようなのです。今回の南北の衝突の原因は「領海の解釈の差」が根にあると思われます。

国境・領土問題でいうと、つい最近ですが、日本と中国の間の「尖閣列島問題」、日本とロシアの「北方領土問題」がありました。どちらも第二次世界大戦後の国境確定問題です。日本側には歴史的な文書・交渉などのそれなりの正当性を主張するだけの理由がありますが、中国・ロシアはそれを認めていません。新たな国境画定交渉を始めようという雰囲気です。

北朝鮮の主張も、この中国・ロシアの主張と基本的に同じものです。今回の北朝鮮の行動は、北朝鮮に影響力のある中国・ロシアの最近の動きに触発されたものではないのかと危惧されます。中国とロシアの組み合わせはまさしく「坂の上の雲」の明治時代の構図そのものです。さて、平成時代にどのような解決方法があるのでしょうか。100年以上の歴史で、日本は当時より賢明になっているのかしら。




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